第51話 ヤンデレ彼女とのピロートーク
「ん、あぁ……。うん。知らない天井だ」
真っ白な天井には、円形の照明。
落ち着いた内装と、柔らかなベッド。ラブホのものとは比べ物にならないほどに、ふかふかで気持ちいい。
腰が痛い。右手と左手の感覚がない。
理由は考えなくとも分かる。うん。何せ、それしかないから。
「おはようございまーす。って、流石にまだ起きてないか」
壁についた時計には五時半と表示されている。
北海道二日目。いや、三日目か? 船に乗っていたのを計算に入れると。
やることもなく、俺が天井をじっと見つめていると。
「礼君。起きたのね?」
「あ、紫苑先輩。おはようございます」
俺の右腕を枕にしていた先輩と目が合う。うむ。今日も今日とても先輩は絶世の美女だ。
「茉利理は……寝ているみたいね」
「そう、ですね」
俺は首を回して、左腕の方を見る。
むにゃむにゃと幸せそうな顔で眠る部長。到底、起こそうなどとは思えない。
「先輩は早起きですね」
「ふふっ、だって普段から六時には起きているもの。礼君のお弁当も作らないといけないしね」
「なんか、いつもすみません」
そんなことも知らないで、いつも講義のギリギリまで眠っているバカな俺を一度殴ってやりたい。
「気にしないで。私が好きでやっていることだもの。礼君はテセウスの船って知っている?」
「ええ、と。
……確かボロボロになった船を維持するために、何年もの間少しずつパーツを取り替えて……元々のパーツが無くなった時果たしてそれは、元のものと言えるのか?
って感じの話でしたよね?」
ユーチューブの動画で見たことがある。なんで見たのかは覚えていないけど、なんとなくニュアンスだけは覚えてる。
「ええ。そう。つまり、私のご飯を食べ続けた礼君を構成する細胞はそのうちに私のご飯を源にしたものに入れ替わる。
最終的に礼君は私の作ったご飯……つまりは私の作ったものになったと言える。私はそう考えているのよ」
「あ、はい」
これは多分、踏み込んではいけないものだぁ。
「そ、それにしても、こんな時間に起きたら昼間に眠くなったりしないんですか?」
「普段は、ここまで早くはないもの。今日は特別。礼君の寝顔を見ていたかったから」
「そ、そうですか。なるほど」
寝顔とはある種、なんの警戒心も、緊張感もない完全な不防備。俺も隣でまだ寝ている部長の顔は見ていて少し新鮮だった。
「さて、茉利理は疲れているようだし、少し散歩に行かない?」
「そうですね。折角の北海道だし」
「茉利理が起きたら、きちんと謝ってあげてね? 礼君、昨日は随分と激しかったのだから」
「……は、はい。分かってます」
確かに、昨日は限界知らずだった。正直、自分が自分でなくなってしまったように。
「紫苑先輩も、体とか大丈夫ですか? 俺、初めてでその、下手くそだっただろうし」
ああ。恥ずかしい限りだ。なんかもっと練習でもしていれば良かった。……どうやってかは知らないけれど。
「正直、少し下腹部に違和感があるわね。まだ中に礼君が居るような感覚がするの。だから、歩くのも立つのも、誰かに支えてもらわなきゃ無理ね」
「な、なるほど」
要は散歩に行くなら、めちゃくちゃ密着しなければいけない。そういう意味だろう。……ん? あれ、いつもと変わらぬくないか?
「じゃあ、私はシャワーを浴びてくるわね?」
「分かりました」
「折角だし、一緒に入る?」
「そ、それは……」
正直かなり魅力的な提案ではあるが……。
「冗談よ。正直、昨日のように求められたら、いくら私だとしても負けてしまうかもしれないもの」
「負け、る?」
勝ち負けとかないような気がするが、まあ先輩がそう考えるのだから。何かあるのだろう。そういうポリシーみたいなものが。
それじゃと先輩はバスルームへと向かっていった。俺は部長を起こさないように、腕を抜いて、枕と取り替える。どうやら、簡単には起きなそうだ。
十五分ほどで、先輩は帰ってきて、次に俺もバスルームでシャワーを浴びる。
「それじゃ、散歩行きますか」
「ええ」
ホテルを出て、気の向くままに足が向かったのは、八幡坂。
坂の上からは海が一望できて、道路を脇を街路樹がずらりと並んだ独特の場所だ。
「結構、しますね。塩の匂い」
「ええ。……それにしても、慣れないわね」
「そうですね。俺達の街からじゃ、海まで少し掛かりますし」
「ふふっ、そうじゃないわよ?」
先輩は悪戯な笑みを浮かべた。こう言ってはなんだけど、先輩らしくない子どものような表情。
「──私が誰かを好きになって、こうして手を繋いでる。旅行に来て、一緒に寝て、同じものを食べて……」
感慨深そうな横顔。
過去、父親と母親の関係が愛情によって壊れてしまったことを、深く受け止めてしまった先輩は恋愛することを怖がっていた。
誰にも心開くことなく、それをたった一人で抱え込んで。
俺と、同じなんだ。昔あったことに首根っこを掴まれるような。
「ずっと、こんな日々が続けばいいのに」
ぼそっと海を眺めた先輩が呟いた。
その気持ちは凄く分かった。
今があまりにも幸せで、夢のようだから、目が覚めるのを恐れてしまう。きっとそんな気持ち。
「大丈夫です。続きますよ、何かあったら俺が絶対どうにかします。俺は馬鹿だけど、この世の誰にも根性だけじゃ負けないですから」
ぎゅっと先輩の手を握る。
絶対に、何があっても。
俺は心の底からそう誓った。
部長と、先輩と。
二人が俺の隣にいてくれる限り、俺はそれを守るんだ。と。
「ん、あ、スマホ鳴ってる」
ポケットの中のスマホが震える。
「はい、もしもし」
『何処にいるんだぁ!!』
「え、あ、茉利理先輩。おはようございます」
『あ、おはよう。じゃなくて! 二人とも今何処!? 起きたら二人ともいなくて、昨日のこと夢かと思った!!』
「あ、はは……」
どうやら、部長も考えることは一緒だったらしい。
「散歩なんで、すぐ戻ります」
この時の俺はまだ知らなかったのだ。これから巻き起こる戦いのことを。
──そう、モーニングビュッフェと言う戦場を。
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