第50話 彼女と彼女と俺の初体験
「──ねぇ、礼君。この前言ったこと覚えてる?」
やや遅い昼食。ラベンダー園から少し歩いたところにあったログハウスの喫茶店。
先輩は、おしゃれなパスタを。部長はケチャップいっぱいのオムライス。俺は、財布と相談した結果、サンドイッチのセットにした。
「ん、前って言うと、いつのでしょう?」
「これを買ってくれた日の夜」
そう言って、先輩は左手薬指についた指輪を大事そうにさすった。
あー。一昨日の夜の話だ。えーと、確かあの時話したのは。
『──先輩との初めては……もっと特別な時にしたい、から』
「ぶっっ!!」
思い出すなり、むせ返って、鼻からコーヒーが吹き出た。すごく痛い。
「ちょ!? どうしたの? 礼? 大丈夫か?」
気管支に大ダメージを負った俺の背中を部長が優しく叩いてくれる。なんか、凄い彼女って感じがする。当たり前といえば、当たり前なのだが。
「こ、ここでその話ですか!?」
「え? だって、今日の夜でしょ?」
「……あっ」
言われてハッとする。旅行の夜、三人きり。絶好の機会と考えても間違いはない。
「ん? 紫苑? 礼? なんの話だ?」
「えーと、そのですねー」
「私から言うわ。茉利理、耳を貸して」
「おう。…………ばっ! 馬鹿っ! 真昼間からなんて話してんだっ!」
ひそひそと先輩に聞かされるなり、顔を真っ赤にして勢いよく立ち上がる。
他の客の目がなんだろうとこちらへと向いた。
「茉利理先輩、声大きいです」
「す、すまん」
部長もも少し冷静になってくれたようで、すっと椅子に座る。
「それで? 礼君は私と茉利理、先にどっちとしたいの?」
「え! えぇ!? そ、そんなの選べるわけ……」
勿論、二人とも大好きだ。もしも、二人のうちのどちらかを選んだとあれば、今こうして三人で付き合っている意味がないではないか。
「そう言ってくれると思ったわ。なら、三人でしましょう?」
「「ひょっ!?」」
とんでもない発言だった。
「い、一応。聞いておきたいんですけど、二人は経験……あったりします?」
「ないわよ?」
「なんてこと聞くんだと、言いたいところだけどな。まあ、今日は多めに見てやろう。……経験はない」
即ち全員、未経験。童貞一人と処女二人。
ほ、本当に成立するのか。3Pなど……。
お昼のそんな会話がずっと頭の中にいっぱいでその後に行ったバザールや観光地は正直、曖昧だ。帰りのヘリも同様、何を話したか覚えていない。
そして、気がつくと。
「……ホテル帰って来ちゃいましたね」
「……だな」
函館のホテル。落ち着いた雰囲気の高い建物だ。
「ほら、二人とも。部屋に行きましょう?」
「は、はい」
既に心臓がばくばくと鳴り響いている。体は錆びついたロボットのように緊張でガクガクだ。
「れ、礼……」
「ん、なんですか?」
部長が袖をひいてきた。
「その、あたしは邪魔じゃないか?」
「え?」
「だ、だって、あたしは最近付き合い始めたばっかだからさ? その、まだちょっと早いかなーと」
視線が泳いでいる。泳ぎまくっている。
「邪魔だなんて思わないですよ。俺も、紫苑先輩も」
「ええ。勿論」
紫苑先輩も頷く。
「な、なら、いいんだけど……さ?」
「ほら、行きましょ? 茉利理先輩が嫌がることは絶対しませんし」
「べ、別に嫌がってはないけど……」
え? なんか最近すごく思うんだが、部長ってこんなに可愛かったっけ?
出会った頃から可愛いとは思っていたけれど、今の部長はあの頃よりも輝いているように見える。
「ずるい、私だけ除け者にするつもり?」
「し、紫苑先輩」
もう片方の手を紫苑先輩が握ってくる。
そうして、俺たちは三人で手を繋いだまま、ホテルの部屋へと向かった。
………
……
「礼君。少し待っていて? 私たちは少し準備してくるから。今日は先に寝てはダメよ?」
部屋は三人一緒。リビングを挟んでそれぞれのベッドルームがある広い部屋。
「は、はいっ!」
ついに、か。
俺はベッドに腰を下ろして、痛いくらいに胸の中を跳ね回わっている。
準備。あ、そうだ。
俺は俺で、先ほど買ってきたとあるものを取り出す。
──『ギンギンまかまか』。そんな名前の栄養ドリンク。そして。
「ゴム……買っちゃったな」
初めて買った。結構高いんだな。てか、なんかえっちだ。
コンコン。ドアが鳴った。
「はいっ!!」
驚いて、立ち上がる。
「礼君。入ってもいい?」
「もち、勿論です!」
ああ、やばい。緊張が限界突破だ。
やけにゆっくりとドアが開く。
「お待たせ、礼君」
「うわぁ」
先輩が着ていたのは、黒色のネグリジェ。肌が透けて見えるほどに薄手のワンピースのような服だ。
白い肌が際立ち、胸元からは谷間。白い足はスラリと長く、あまりにも扇情的だった。
「あ、あたしも入るぞ?」
続けて、部長が入ってくる。
「お、おぉ」
対して、部長はキャミソール。セクシー路線ではなく、可愛い系ではあるが、足の露出は先輩よりも多く、ほのかにあからめた表情も相まってかなりえっちだ。
二人は俺を挟み込むように座ると、上目遣いに見上げてくる。
「まずは、私。話し合った結果、茉利理も納得しているわ」
「そ、そうなんですか?」
こくんと部長は真っ赤な顔を縦に振る。
「ね? ほら、始めましょ?」
「は、はい」
先輩の顔がぐっと近づいてくる。
そうして、唇が柔らかな先輩の唇と交わる。
「……んっ」
微かな吐息。豊満な双丘が押し当てられる。
互いの口の中を掻き回し合うような情熱的で、体の芯がぐっと燃えるようなキス。
まるで、先輩の愛情を具現化したような行為だった。
「き、キスっ! それはあたしもしたい!」
「……分かってる」
先輩の唇が離れていく。同時に、唇同士をか細い糸が引いた。
「い、行くぞ、礼」
「どっ! どうぞ!」
恐る恐ると言ったキス。唇と唇を啄み合うような柔らかく優しいキス。目を開けると、部長が目をぎゅっと閉じて、一心不乱に頑張っている姿が見えた。
普段は強がりなのに、その裏ではとても繊細な部長らしいキス。
「ぷはっ……はあ、はあ、キスって、結構息苦しいんだな」
唇を離すなり、部長は息を切らせて、顔を背けた。恥ずかしくて顔も見られない。そんな風に。
「さて、礼君」
「はい」
満を持して、先輩がベッドに横になる。息をする度にその胸は揺れる。俺は促されるままに、その上に被さるように膝を突く。
「優しくなくても、いいわ。その代わり、忘れられないくらい強く……」
くすりと笑ったその顔は、あまりにも妖艶で、理性がぐずぐずに溶かされていくようだった。
「──愛して、ね?」
夜は更けていく。
深く深く、帷が天のキャンパスを埋め尽くすように。
その夜は激しくも愛に満ちて、きっと思い返せば笑い合えるような優しい夜で。
俺と、茉利理先輩と、紫苑先輩。
三人が結ばれた日だった。
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