第46話  驚愕、パンツ怪盗の正体とはっ!?


「あれ、部長は?」


 パンツを片付け終えた俺と晶がバーに戻ると、そこには歌方さんと先輩だけが座っていた。ちなみに、ポケットの中には、パンツがモリモリだ。


「今、着替えに行っているわ。……ところで、礼君。なぜ、そんなにポケットが膨らんでいるの?」


「あ、あー。これは夢と希望が詰まってるんですよ。……男にとってのね」


 嘘はついていない。

 そっと俺は先輩の隣に腰を下ろした。


「どうだった? 伊坂」


 歌方が尋ねると、伊坂は机の上にあったお冷を手に取り、口へと運んだ。


「ダメっすね。得られたものはないっす。……何かを失ったような気はするんですが」


 じっと軽蔑するような目を向けてくる。  あ? なんだ、こいつ。自分からは何も提案しなかったくせに、一丁前に文句つけやがって。

 いっそ、このパンツの塊を口に押し込んで、窒息死させてやろうか。


「いやぁ、悔しいなぁ」

 

 そんな感情を押し殺して、俺は言った。

 実際悔しかった。晶のやつに反論できない事が。


「お待たせー。お、卯花に伊坂。帰ってきてたのか」


「うーす。ん……そっちの美少女は?」


 部長に手を引かれる形で連れて来られた少女。どこかで、見た覚えがある。

 多分大学……だよな。あそこくらいしか思い当たらない。


「ご機嫌よう。……ちっ、なんでいるんだよぉ」


「ご、ご機嫌よう? って返せばいいんですかね」


 というか、この人今舌打ちした? したよな?

 なんとなく、晶に視線を送ると、何やら難しい顔をしていた。


「なあ、間違ってたら悪い。もしかしてその子。砂橋、か?」


「はぁ!?」


 耳を疑う。そんなわけが……。


「「……」」


 帰ってきたのは、部長と美少女の驚きを伴う沈黙。


「え、その、え? マジ……?」


 驚愕の事実。正直、顎が外れそうだった。


「そうだよぉ、だったらなんか問題あるのかよぉー。……ぐぅ、恥ずかしいぃ」


「ふふっ、どうだね? 私の助手は優秀だろう?」


 そして何故だか一番誇らしげな歌方。


「助手になった覚えはないんすけどね」


 なるほど、そういう関係性だったとは。いかがわしい関係ではないとは思っていたが、なんとも意外と言えば意外。……まあ、この美少女が口を開けば、悪態ばかりついてくる砂橋だという事実に比べれば、些細なことだが。


「うぅ、ばれた……お姉様ぁ」


「お、おぅ。びっくりした」


 まるで、子犬のように砂橋は部長の胸にしがみつくと、しくしくと鼻を鳴らしながら、顔を擦り付ける。しかし、その口からは。


「ぐ、ぐへへ、ぐへへへ」


 ダメだこいつ、この状況を利用して、部長の匂いを堪能してやがる。あー、言ってやりたい。

その心、笑ってるね? と。


「さて、役者は揃った。怪盗を捕まえようか」


 キメ顔を作る歌方。


「あ、その前に……マスター。ウーロン茶を」


「はいよ」


 マスターはグラスを拭った白い布をベストのポケットに仕舞い込み、背後の冷蔵庫を開いた。


「伊坂! 今のは決めるところだっただろ!」


「え? そうなんすか? すみません、気づきませんでした」


 うーん。実はこの二人相性が悪いんじゃなかろうか。

 カウンターの中の様子をちらちらと眺めながら、ごくりごくりと飲み下す晶。

 ほっと一息をついてから口を開く。


「さて、歌方さん。どんな策を悪巧みしたわけですか?」


「ふふーん。聞いて驚くといい。まずは、これを使う」


 歌方が取り出したもの。それは。


「……パンツ。しかも、柄入り……」


 デフォルメされたパンダのようなキャラクターが描かれた小学生女児が好きそうな物体。


「あははー、流石の怪盗もそれは取らないんじゃないですかね?」


「そうだなぁ。あたしらが取られたのも黒系の奴だったし」


 部長が頷いた。ほう? 黒系とは中々セクシーじゃないか。その話をもっと詳しく聞きたいのだが、そんな場合ではないか。くそぅ。


「そうね、私が取られたものも……いえ、こんな場所ではとても言えないわね」


「な、なんですって!」


 気になる! 気になりすぎる!


「取り返したら、見せてあげるから楽しみにしていて」


「はいっ!!!」


 ああ、怪盗め。絶対に捕まえてやる。殺してでも、だっ!


「……」


「ん? どうしました? 歌方さん。そんなに顔真っ赤にして」


 歌方は真っ赤で泣きそうな顔をして、精一杯頬を膨らませている。

 あ、そういうことか。俺は事態を察知した。と、とはいえだ、歌方さんは見た目が幼いとは言え、そんな訳が……。


「そんなに、幼い……のかなぁ」


 あー、やっぱりか。どうやら、思った通り。


「い、伊坂は!? 伊坂はどう思うの!」


 ほー、ここで伊坂に慌てて尋ねるあたり、歌方さんと言えど乙女なのだろう。というか、まさか晶のことが好きだったとは。今度飲みに行った時にでもこれをネタに弄ってやるか。


「あー、そすね。まあ、そんなに気にすることじゃないっすよ。歌方さんが好きなもの着りゃいいでしょ」


「伊坂ぁ……」


「それより、見つけました。犯人」


「「「はぁ!?」」」


 素っ頓狂な言葉を上げたのは、俺、部長、歌方さんだった。


「だ、だれがっ!」


「お、お、お、落ち着け! 卯花! 勘付かれるぞ!」


「むぅ、私の事件! 私の事件なのにぃ!」


 慌てふためき、ぐるりぐるりと視線を惑わせる俺と部長に対して、歌方さんはただただ拗ねたように頬を膨らませている。

 犯人! 出てきやがれ! 二人のパンツを返すんだ! 俺の心は性欲に突き動かされていた。


「まあ、落ち着きましょう? ね、マスター。何かおすすめのドリンクでも、お願いできますか?」


 ぎゅっと伊坂の瞳が細められた。


「いや、それよりも、さっきグラスを拭いていた布。見せてもらう方が早そうだ」


「ちっ!」


 マスターは手裏剣を飛ばすように、何かを飛ばしてきた。


「おっと」


 とりあえず、俺はキャッチしてみる。

柔らかい感覚、すべすべとした肌触り。

こ、これはっ!!


「こ、こいつ! パンツを盗むだけでは飽き足らず! パンツでグラスを拭いていたのかぁぁ!!!」


 紛れもなく、パンツ! ショーツ! パンツ! あー、頭がおかしくなりそうだ!


「ふっ! ははっ! お客さん、あんた勘がいいようですね」


 先程までとは打って変わって、マスターはハードボイルドな空気感を振り払うように笑う。


「き、きさまかぁ!!!」


 部長は憤慨し、ずしずしとマスターへと近づいていく。

 しかし、その瞬間だった。


 パン。何かが炸裂するような音が頭上から響き、花びらが、辺りに吹き込んだ。

 いや! これは!


「──パンツの雨だぁぁぁ!!!」


 まるで、桜吹雪のように、切なく甲板に降り注いだのは、緩やかな風に巻かれ、ヒラヒラと宙に漂う何百枚と言うパンツ。


『客船や、空から降るは、パンツかな』


うん、あまりにも予想外すぎて、一句詠めてしまった。


「ふっ! 今回は、私の負けのようだっ! 奪ったパンツはお返ししようっ!!」


 マスターは俺達の視線が真上を向いた隙に、人混みの中に紛れ込み、最後の言葉を残し、何処かへと消えていく。


「くっ!! 待て!」


 追いかけなくては! そう思った俺が力強く床を蹴った。しかし、すぐに肩を叩かれる。晶だった。


「待て、礼。流石に今のこの状況で、恐らく変装しているであろう奴を見つけるのは無理だ。それよりも」


 晶は言葉を途中で不気味なほどに、朗らかな笑みを浮かべる。


「──パンツ拾うの、手伝ってくれるよな?」


「……あ、はい」


拒否は、出来ないなぁ。とんでもない意趣返しだ。


そうして俺達は、パンツを拾い始め、持ち主を探すと言う地獄のような時間が始まった。


考えても見てほしい。

『このパンツ、貴方のですか?』と女性一人一人に聞いて回る地獄を。


そうして、全てのパンツを返し終えた頃には、すでに水平線からは陽が顔の先端を見せ始めた。


「……終わったな」


「ああ。終わった」


 事情の説明を部長達に任せた俺達は、甲板の手すりに寄りかかり、日の出を見つめていた。


「なあ、礼。最後に一つ、聞いてもいいか?」


「……ん? なんだよ、親友」


 お互いの両頬についた真っ赤な手形。


「パンツを返して回る最中。お前は、何発ぶたれたんだ?」


 俺は、答えなかった。

 いや、答えられなかったんだ。


 ──だって、もし、こいつよりも俺の方が打たれた回数が多ければ、悔しいじゃないか。

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