第45話  美女達の井戸端会議。そして、降臨する美少女。

「さて、あたし達はどうしようか?」


 甲板横のバー。両隣に紫苑と歌方を据えた茉利理は、ジンジャーエールを一口飲み下し、鋭い目つきで言い放つ。


「……まあ、一旦は彼らの働きに期待しようじゃないか」


 と歌方。その手には、氷の浮かんだオレンジジュース。


「ええ。そうね。それはさておき、歌方さんと言ったわね、貴方、礼君とはどういった関係なのかしら」


 じっとりとした目で歌方を訝しむ紫苑が続く。

 既に、礼と晶が怪盗の捕獲に動き始めて、二十分余り。そろそろ帰ってくるとは思うのだが……。


「それにしても、この豪華客船で犯人を絞ると言うのも、難しい話だね」


 紫苑の視線に脂汗を浮かべながら、歌方はそっと呟く。

 確か、搭乗員数は、150名。一人一人に話を聞くにはあまりにも多く、二日という短い時間では足りないだろう。


「何か、調査に秀でた人材がいれば……」


 歌方ごそう言った束の間。


「ん? 一人いるぞ?」


 あまりにもすんなりと茉利理が思い当たったようだった。


「え?」


「今日のこのパーティ。なんで開かれたのか知ってるか?」


「確か、大財閥の令嬢……その誕生日だと聞いているが」


 確か、そうだったはずだ。歌方はパンツ怪盗からの挑戦状を受け取った令嬢の知り合いに頼まれてここにいるからだ。


「その令嬢、だけど実は知り合いなんだ。というか、紫苑も面識あるぞ」


「あら、そうなの? 令嬢……そう言われても私には茉利理くらいしか思い当たらないのだけれど」


「よーし、とりあえず呼んでみるよ。そろそろ用事も済んだことだろうし」


「ん、つまりはその令嬢が調査の得意な人材だと?」


「ああ。そうだよ、あたしの可愛い後輩さ」


 茉利理はスマホを取り出すと、手元に視線を落とし、ぽちぽちとメールを送る。

 そうして、数分が経った頃。


「おぉー! なんと美しい!」


「……筆舌に尽くせない美しさだ」


 辺りの乗客は何処かに皆視線を向け、ため息混じりに、あるいは女神でも崇めるようにそう言った。


「な、なに? なんの騒ぎ?」


 まるで、街中で芸能人でも歩いているような雰囲気。間違いなく、多くの人たちがその者に見惚れている。


「──お待たせしました。お姉様」


 三人の前に現れたのは、少女。

 一目見ただけで、ただならぬ高級品であると分かる深い青のドレス。その胸元に大きな宝石のついたブローチ。


「おう、誕生日おめでとう。凛」


「凛? テニスサークルの砂橋凛、か?」


 砂橋凛。テニスサークルの所属の2回生。


「あまり情報がないな」


 見たところ、幼い頃からの顔見知り。ほとんど彼女の言う通り、妹のようなものなのだろう。そう言った空気感が伝わってくる。


「ええ。ありがとうございますわ。それで、わざわざお姉様が直々に私を呼び出すなんて、どのようなご用件でしょうか? あ、勿論、迷惑だとか言いたいのではなくてですね? その、逆で、嬉しすぎて『粗相』をしてしまいそうでしたので」


 モジモジと体を揺れ動かす凛。『粗相』とは、一体どんなことなのだろうか。いや、その恍惚とした表情を見るに、想像するのは難くはないが……。

 


──唐突だが、説明しよう。砂橋凛には、二つの顔がある。


 一つは、大学にいる時などに見せる超インキャ側面。基本的に人と目を合わせられないし、口の中でごにょごにょと話すせいで何を言っているのかも分からない。


 しかし、そんな彼女には、もう一つの顔。即ち、『お嬢様モード』なるものが存在するのだ!




「勿論分かってるとも、凛。主賓としてもう用事は済んだのか?」


「はい。関係各所へとご挨拶はもう伺いましたし、あとは着替えて眠るだけです」


「そっか。ならさ、ちょっとあたし達に付き合ってくれないか?」


「お、お姉様と付き合う!?」


 ああ、ダメだ。凛の中で別側面が暴れ回っている。急に凛ははあはあと興奮気味に吐息を漏らすと、自分を諌めるようにこほんと咳払いを一つした。


「……き、聞き間違いですわね。きっと突き合うの方ですものね。突き合う……突き合う……ぐへ、ぐへへへ」


「おーい、凛―。帰ってこーい」


「こ、個性的な人だね」


「ええ。私もそう思うわ」


 てか、突き合うって何をだ? ……いや、考えるのはやめておこう。そっと歌方は目を伏せる。


「茉利理。とりあえず、砂橋さんに着替えてもらったら? その格好だと何かと目立ってしまうでしょう?」


「お、そうだな。よーし、凛。着替えに行こうか」


「えっ!? お姉様とお着替えプレイ!? そ、それは一時間あたりいくらなのでしょうかっ!? 私っ! 貯金の半分までなら出せますわ!」


「そんなに長くは掛からないぞー。よし、じゃ。ちょっと行ってくる。二人はそこで待っててくれー」


「わ、分かった」


 なんとも不思議な人だ。

 砂橋凛ではなく、安斉茉利理の方が。

 性格はもっと粗暴で傍若無人だと思っていたが、関わってみると初めの印象とは随分と違う。場の空気をよく読めるし、気配りも出来る。人間がよく出来ていて人柄もいい。


「これは、恋敵かもしれないな」


 歌方がそう呟くと、隣の紫苑は首を傾げた。


「恋敵? ……まあ、そうね。可愛らしいものね、砂橋さん」


「ん、あー、そうかも」


 対して、西園寺紫苑。

 常に冷静かつ頭もよく、スポーツも万能。容姿は控えめに言って、美しすぎる程だ。しかし、こうして話してみると、可愛らしさの方が目立つ。

 彼氏である卯花礼のことを一番に考えており、ちょっとしたことでも嫉妬してしまう子どもらしさを感じた。


そして、何より。


「さて、さっきの話の続きだけれど、貴方と礼君は一体どんな関係なのかしら」


「え、えぇー」


 ──卯花礼が絡むと、目が少し怖い。

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