第44話  電撃作戦《純白のホワイトロード》……大学生RUくん考案


廊下の赤いカーペット。その上にあったのは、真紅に生える白。

それは、──白いパンツだった。


「よし、これで恐らくは釣れるはずだ」


「お前本気か?」


 廊下の角、俺の隣でため息をつく晶はぼりぼりと頭を掻いた。


「何が不満なんだ? パンツ怪盗を捕らえるなら、パンツは必須だろ?」


 よほどパンツが好きで欲しいから、そんな妙な肩書を名乗っているのだろう。

 ならば、囮にパンツを使うというのは、的をいた作だと思うのだが。


「逆に聞くが、こんな道端にパンツが列をなしてるの見たら誰だって勘繰るだろ」


「いや、その点は俺も考えた」


 無論それも計算の範疇。

 確かに、人ならば誰だって、好きなものが幾つも地面に落ちていれば、誘導されているのではないかと思って当然。

 だが。


「パンツ怪盗は、恐らく……そんな理性より、衝動が勝るタイプ。てか、じゃなきゃ、下着泥棒なんてしなくね?」


 普通の人間なら。そう付け加える。


「くそぉ、言い返せねぇ」


「はっ! だろうな!」


「お前、なんかムカつくわ」


「おっと、誰か来たぞっ」


 廊下の先から人影が見える。

 タキシードに身を包んだ体躯のいい男。

 

「さあ! 取るかっ!? 盗るのかぁ!?」


「礼、お前楽しんでるだろ?」


「おいおい、勘違いするな。俺は怒ってるんだ。彼女のパンツを盗まれて、怒らない彼氏はいない」


 ふと、足音が消える。

 男の視線は下。一番手前のパンツへと向いていた。


「こんな手で捕まるわけが……」


「黙ってろ、晶」


 今は少しでも集中したかったのだ。奴が、パンティー怪盗変態仮面であるかもしれないのだから!


「……あ、拾った」


 男は首を傾げながら、親指と人差し指でパンツの端っこを摘み上げると、じっと見つめ始める。


「はっ!? まさかっ!」


「お、おう。どうした礼」


 痛恨のミスに気づく。あ、あのパンツは……。


「くそぉ! フリル付きの奴が好みかぁ!」


「……礼……今日ほどお前を馬鹿だと思った日はない」


 男は興味を失ったように、ぼとりと指を離す。なんとも、釣りで餌だけ取られたような気分だ。


「いやしかしっ!!」


 まだパンツの大名行列は続く。

 全ては最も期待値が高いと俺の性癖が導き出した白のパンツ達。


「やはりっ! 俺の性癖は間違っていなかったっ!」


 男は二枚目のパンツへと手を伸ばす。


「礼。お前、ちゃんと昨日寝たか?」


「今はそんなことを話してる場合じゃないだろ! ちなみに緊張しすぎて寝てない! 2回もえずいた!」


 俺がはっきりと言い放ったところで、男の行動に変化が訪れる。

 先程までは、凝視するだけに止まっていたが。


「あの野郎、クロッチの部分を執拗に睨んでやがるっ!」


 まるで、親の仇を見るような目だ。

 間違いない、あれは数人は冥土に送っているタイプの人間。つまりは、カタギではないっ!


「なあ、礼」


「なんだよ! さっきからっ!」


「お前、めちゃくちゃ見られてるぞ」


「はっ!!」


 違うっ! 気づくのが遅すぎたらしい。

 睨まれているのは、パンツのクロッチではないっ!


 ──この、俺だ。


「……」


「……」


 視線が交わり、なんとも気まずい空気が続く。

 俺は逃げるに逃げられず、男は状況的に恐らく怒るに怒れない。


 要は、パンツを並べた変態と、パンツを吟味する変態が今ここに対面を果たしてしまったのだ。


 な、なんと声をかける? あの体躯の男だ。殴られれば、結構痛いだろう。

 とはいえ、このまま退散するわけにも……。

 俺の逡巡。男の沈黙。


 それを先に断ち切ったのは……。


「……違うから」


 男だった。


「へ?」


「いや、これは落ちてたパンツを拾っただけで……匂いを嗅いでるとか、汚れを確認してるとか、そんなんじゃないから、違うから」


 え? やべぇぞ、こいつ。どうやらとんでもねぇ魚が釣れてしまったらしい。


「そもそもさ? こんなところにパンツ落ちてたら拾うでしょ? 道端に五百円落ちてたらそっとポケットに入れるじゃん? そう、それと一緒だから」


 めっちゃ早口。正直、内容の半分は聞き取れてない、いや、なんとなく見当はついてしまったが。


「だからさ? 俺が悪いんじゃなくて、ここにパンツを置いた奴が悪いわけで、俺はただ親切心から拾ってあげようと思っただけだし。違うしぃ? パンツなんか興味ねぇしぃ?」


 男はまるで自分が被害者だと言わんばかりに、「やられたわぁ」などと口ずさみ始め、

 ついには「くそぉ! 許せねぇよなぁ? こういうことする奴はっ」とこちらに同意すら求めてきやがった。


 いや、お前。パンツのこと五百円に例えてたじゃん。俺は五百円拾ったら嬉しいよ? 


 なんて、男の鬼気迫る顔を見ているととてもじゃないが言えなかった。


「はっ、ははー。そうっすよねぇ。卑怯っすよねぇー」


「そ、そうだよなぁ! しかも、これ全部新品だろ!? ありえねぇよなぁ!」


「いや、それは知らんし、普通にキモい。さっさと部屋に帰りな。おっさん」


 晶は白い目であまりにも無慈悲に言い放つ。


「……けっ!」


 男は謎に悔しげな顔を噛み殺して、来た道を遡って何処かへと消えた。


「なぁ? 礼? なんか、言うことあるか?」


 ほら見ろ、と晶の目が語っていた。


「いや、考えてみろ。晶、あれはある意味ニアピンだったと言えないか? というか、もうあいつが犯人で良くないか? あいつ下着泥棒だよ、うん。なんか妙にキモかったもん」


 実際、発言だけ見れば、立派な犯罪者予備軍だ。


「あくまで狙いは、下着怪盗だ。ああいう誰の迷惑にもなってないタイプの変態はそっとしてやるもんだ」


「ちっ、そうだな」


 結局、俺の罠にかかったのは、ただの変態。謂わば、カブトムシを狙ったトラップにカナブンしかいなかったような結果だったと言える。


 ……いや、この例えはカナブンに失礼か。


「さて、一回バーに戻ろう。あの人達も、策を講じてたはずだしな」


 晶は背筋を伸ばした後で、親指で甲板へと続くドアを指差した。


「そう、だな。その前に晶」


 ずっと、言いたかったんだ。


「ん? なんだ?」


「一つだけ頼みがある」


 お前にしか出来ない。いや、お前にしか頼めない、そんなこと。


「ほう? 言っとくが金は貸さんぞ?」


「いや違うんだ、その……」


 恥ずかしながら、俺は晶へと言うしかなかったのだ。


 事情を知っているこいつにしか。


「──パンツ、拾うの手伝ってくれ」


 俺は出来るだけ、爽やかに笑った。

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