第43話  熱き友情に乾杯、そして怪盗現る。

「それ、乾杯」


「おう」


 グラスを打ち合わせると、中の丸い氷が涼しげな音を立てる。


「にしても、ここでお前に会うとは」


「そりゃお互い様だろ」


 甲板横についたバー。そのカウンターに腰と下ろした俺と伊坂はとりあえずお互いにあったことを話すことにした。


「それで? 晶がなんでここに?」


 単刀直入。ウイスキーを一口舐めるように飲んでから聞いてみる。……あー、カッコつけて頼んでみたものの、やっぱ苦手だ。


「歌方さん、分かるだろ? あの人の付き添い」


「へぇ、付き合ってるのか?」


「付き合ってねぇよ」


 強く否定するところがますます怪しい。

 晶は不満そうに溜息を吐いてから、俺と同じ銘柄のウイスキーが入ったグラスを口へと運ぶ。……こいつ、さては飲み慣れてやがるな。


「礼、お前はなんでここに? ……ってもなんとなく分かる気もするが」


 言葉通り、晶は大体の事情を知っているようだった。普段は、馬鹿やっているくせにこいつは時々めざといのだ。


「ははー、そうだよ。旅行中」


「旅行、ねぇ。部長と西園寺先輩とだろ? よもや、親友がこうも堂々と二股掛けてると、複雑な気分になるわ」


「……返す言葉もございません」


 ぺこりと小さく頭を下げる。もしも、自分の行いで迷惑でも掛かった日には腹でも切るしかあるまい。


「まあ、けしかけた俺にも責任があるんだけどな」


「ん? なんの話?」


「こっちの話。あんま気にするな」


 晶は誤魔化すように、グラスを再び持ち上げると、今度はぐっとウイスキーを呷った。


「マスター、おかわりを」


「はいよ」


 よくもまあ、こんなにアルコール臭いものが飲めたものだ。とはいえ、こいつに負けるのも癪だ。

 俺もぐびぐびと飲み干して、マスターへと声を掛ける。


「こっちも」


「はいよ」


 とくとくとく、と渋いラベルの瓶からウイスキーが注がれる。


「んで、二人とはいい感じなのか?」


 頷ければ、良かったのだろうが……。


「……正直、分からん」

 

 正直なところ、自分でもあまり分かってはいないのだ。努力はしている……と思う二人を大事にしようと、少しでも喜んでもらおうと。

 けれど、人の心を推し量るのは苦手で、傲慢だとも思ってしまう。


「ふっ、なんだそれ」


 晶は何故だか嬉しそうに笑う。


「ここだけの話、なんだけどさ。俺、二人のことはすげぇ好きだし、それこそ二人のためなら命だって張れる自信はあるんだ」


 紛れもなく本音。二人の為なら火の中、水の中何処へだって飛んで駆けつけれる。


「それが出来りゃ、なんだって……」


「いや、違う。びびってんだよ。まだ……俺はきっと、トラウマから、解放されてないんだ」


 先輩や部長には、ああいったけれど、付き合うことは出来ているけれど、まだ心の何処かで疑っている。……のかもしれない。

 そして、その根本にあるのはトラウマと。


「自信がない。二人を幸せにする自信が」


 凡庸で、馬鹿な俺があの二人の隣に居てもいいのか。何一つとして、二人に勝るものを持ってないのに、何一つとて、あの二人の隣に立つ資格なんてないのに。なんて考えをどうしても、捨てきれないでいるせい。


「礼。お前……」


 晶は息を呑む。こちらの緊張が伝わったのだろう。

 掛ける言葉に迷ったのか、晶は顎に手を当てて、考え始める。

 そして、ついに口を開く。


「──つまりは、ヘタレだから二人に手を出せない、と?」


「はぁ!?」


「あー、すまん。EDの方か」


 それはそれは申し訳なさそうな顔で晶が言ってくる。


「違うわい!」


 真面目に話して損した。そもそも、なんでこんな話に。


「冗談はさておき──礼。結局どっちなんだ? 大切にしたのか? それとも自分の身がまだ可愛いのか」


「は?」


「考えてみろよ。矛盾してないか? 大事にしたい、けど自信がないから手を出せない。なんてさ? ……大事にしたいから、大事にすることを誓う行為ってのが、お前にとってのそういう行為なんじゃねぇの?」


「……それは」


 言われてみれば、すっと胸に入ってくる。妙に納得感があって、自分でも不思議だ。


「決めたんだろ? どっちかを幸せにするんじゃなくて、三人で幸せになるって」


「……ああ、決めてる」


「なら、努力しろ。出来なきゃ頼れ。いつまでもカッコつけんな。人が人頼るのをダサいって言う奴はただの世間知らずの馬鹿たれだ」


 勇気づけてくれているのだろう。応援してくれているのだろう。

 しかしだ。俺は耳を傾けながら純粋に思った。


「──お前、そんなに賢いこと言う奴だっけ?」


 正直、それに尽きた。無論、こいつの言葉のおかげで心はだいぶと軽くなったが、それよりも心配なのは、こいつのキャラ崩壊だ。

 まだ偽物だと言われた方がしっくりくる。それぐらい今の晶は言っちゃ悪いが、変だった。


「大丈夫か? 今頃、インテリぶっても遅いんだぞ?」


「ぷっ! ははっ!! やっぱお前といると飽きないな、礼」


 自分でも自覚があったのか、晶は愉快そうにゲラゲラと笑った。

……俺からすれば、飽きる以前にお前が怖いわ。ノケモンカードはどうした? Vチューバーは? あの頃のお前は……うん。馬鹿だったなぁ。


「そりゃどうも。俺は結構詳しく話したぞ? 次はお前が詳しく話す番じゃないのか?」


 閑話休題。俺は二杯目のウイスキーに口をつけた。……うーん、やっぱ美味しくない。これが美味しいって言ってる奴は、多分葉巻をふかしながらセンチメンタルにでも浸ってる玄人だけだ。


「あー、そういや忘れてたな。……他言無用だ、守れるな?」


「はっ! 晶よ。俺が守れないのは、レポートの期限くらいだ」


「よし、なら言うぞ。実は、この船には……」


 晶が何かを言おうとした瞬間だった。


「礼君っ!」


「卯花!」


 部長と先輩が血相を変えて、船内から飛び出してくる。そして、一歩遅れる形で。


「伊坂っ!」


 歌方も来る。


「ど、どうしたんですか?」


「とりあえず、落ち着いて……」


 俺と晶が諌めようとするも、


「これが落ち着いていられるかぁぁぁ!!!」


「ええ。茉利理の言う通り」


「そうだ! この際、何故君たちがいるのかなどはどうでもいいほどにっ!!」


 三人は顔を真っ赤にして、怒っていた。それはもう、怒髪天を衝く。そんな勢いで。


「な、何があったって言うんだっ!」


「ああ! これは只事じゃない予感っ!」


 俺たちが戦慄していると、三人は声を荒げて言った。


「「「盗られたのっ!」」」


「「えっ!? 何を!?」」


 しーん。急に三人は言葉を詰まらせた。


「んん? あ、晶、どういう状況だと思う?」


「いや、今は言葉を待とう」


 こしょこしょと三人の井戸端会議が始まる。しばらく……というか三十秒ほどで、部長が大きく息を吸い込んだ。どうやら、代表して言うことになったらしい。


「パンツ。パンツを盗まれた」


「どういう状況ですかぁ!?」


 俺はそう叫んだ。しかし、晶は違ったのだ。

そう、その目はまるで。


「おーけー、完全に理解した。やはり、奴か。ですね? 歌方さん」


 さながら、怪盗を追いかける刑事のような瞳。

 

「……ああ、奴だ。この世界を股にかける下着泥棒……いや、下着怪盗、ルパンツ四世だっ!!」


 あー、なるほどね。そうね、そういうことね。


 ……俺の出来の悪い頭じゃ、処理しきれないなぁ。それだけは理解できたのだった。

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