第42話  乗り込む! 豪華客船!

 夜の港には、巨大な豪華客船が停泊している。

 キラキラとオレンジ色の光が夜の水面に降り注ぎ、うねりに揺れる。

 

「なんかその……落ち着かないっすね」


 船へと乗り込む列の中。俺はつぶやいた。

 人生において、無論こんな船に乗ったことなどない。というか、普通の大学生であれば、乗る機会などない方が大多数だろう。


「卯花ぁ。お前、動揺しすぎだ。結局のところ、たかだか船だ。内装なんてそこそこだよ。ほら、紫苑を見てみろ。こんなに落ち着いてる」


 そう言った部長が身を包んでいたのは、真っ赤なドレス。しなやかな体のラインと背中がはっきりと出ており、かなりセクシーだ。


「礼君。落ち着かないのなら、キスでもする?」


 あまりにも魅力的な提案をしてきた先輩のドレスは、白。その肩口は大きく開き、落ち着いた大人の雰囲気を醸している。


「キスなんかしなら、落ち着かないじゃ済まないっすね」


 良くて気絶。一歩間違えれば、死。

 それほどに、今の二人は魅力に溢れ過ぎている。正直、直視すらも出来ない。


「お、そろそろ搭乗時間だ。さあ、行くぞ。二人とも」

 

 いつもと変わらぬ調子で、部長は腕時計を確認する。

 その言葉通り、列は進み始め、ついに俺達は客船へと乗り込んだ。


「これで、そこそこ……?」


 中はまるで、高級ホテルのような内装。

 赤いカーペットに、シミひとつない白い壁。

バクバクと心臓がうるさくなってくる。


「おい。ぼーとしてるけど大丈夫か?」


「え、あ、はい」


 部長は妙に場慣れしてる感を振り撒いている。意外とこういう場所には良く訪れるのだろうか。実はお嬢様だったり?

 なんで思ったの束の間。


「ディナー会場に行きましょう? 礼君」


 柔らかく笑う先輩が自然に腕を組んで来る。


「あ! おい! ずるいぞ!」


 続いて、部長も逆側に張り付いた。


「あ、歩きにくい……」


………

……


船の名前は忘れたが、目的地は北海道の札幌であることは知っている。

夏は暑いからという理由で、旅行先がそう決まったのだ。そして、この船のチケットを部長が取ってくれたようで、今から確か二日。ゆっくりと北海道に向かうらしい。


「おぉっ」


 ディナー会場に着くと驚いて口から飛び出した。

 シャンデリアは燦々と輝き、その下には何十種類はあろうかという料理達。え? カレーとかないバイキングって初めてだわ。


「さて、うちらのテーブルは……お、あそこだ」


「おぉ!」


「これは……綺麗ね」


 高さもあるおかげか、窓際からは街の夜景が見える。美しく煌びやかで、それはまるで。


「光の、オーケストラや」


「は? 何言ってんだこいつ」


 部長。わざわざ言わないでくれ、俺そう思う。


「というか……部長」


「なんだ?」


 これは、はっきりしておこう。


「ここのチケット、いくらしたんですか?」


 俺の予想では、一人頭少なくとも十数万はくだらないだろう。


「あー、実はな。親父の知り合いがくれたんだよ。だから、無料」


「はぇー」


 どんな知り合いだよ。あんたのお父さんは、総理大臣かなんかか?

 俺は思いながらウェルカムドリンクに口をつける。どうやら、ノンアルコールのカクテルみたいだ。


「あら、礼君は知らないの?」


 同じく……いや、俺なんかよりも何十倍は優雅にウェルカムドリンクを飲み終えた先輩がきょとんとした顔を作る。


「ちょ、紫苑」


 部長は大慌てで先輩に何やら耳打ちをした。


「こしょこしょこしょ」


「そんなこと、知ったところで礼君が態度を変えると思う?」


「……思わない、けど」


「まあ、分かったわ。私からは何も言わない」


 どうやら話はついたようだ。俺はあまり関わらない方がいい話。そんな気がしたからの黙っておく。


「さて、料理を取りに行きましょうか」


 先輩は立ち上がる。うん。動作ひとつひとつが美しい。


「あたしはちょっと知り合いに挨拶行かなきゃだから、二人で先に食べておいて」


 部長は手を合わせて、謝罪した後で、厨房の方へと歩いて行った。


「……ま、食べますか」


 気にしていても仕方がない。待っていてあげたいところだが……バイキングは戦場なのだ。


………

……


 その後、十分ほどで部長は帰ってきた。

 バイキングに舌鼓を打ちながら、いろんなことを話していると、あっという間に一時間が経つ。すると、他の客達はぞろぞろと会場を出て行く。


「うへぇ、もう食えない」


 一生分のローストビーフを食ってやった。それ以外も相当食べたが、ローストビーフに勝てるものなどない。やはり、ローストビーフ。ローストビーフしか勝たん。


「あ、もうこんな時間か。そろそろ部屋に行くか? 荷物はもう中に入れてくれてるみたいだし」


「ええ。私はもう十分」


「同じくですね、行きま……おっとその前に少しお花を摘んできます」


 堤防の限界が近いことを思い出す。俺は立ち上がって、トイレへと向かった。


 一流の料理に、一流の接客、そして、一流のトイレ。うむ。素晴らしい限りだ。

 俺は手早く済ませて、手を洗うべく、蛇口を捻る。


「……なんか、現実感がないな」


 今日一日の感想はそれだった。

 鏡に映る自分も、今日はスーツだし、髪型もバッチリと決めてある。まるで、美容院から直接来たんじゃないか、みたいな感じだ。


「さて、戻……」


 その刹那。鏡には、とてつもなく見覚えのある何かが映った。

 めちゃくちゃ現実感ある奴がいた。


「「あっ」」


 鏡越しに目が合う。真後ろを歩いていた他の男性客だ。


「なんで、お前がここに……?」


「礼? お前こそ、なんで」


 伊坂晶だ。金髪をオールバックに纏め、やや鋭い目つきをした普段とはなんとなく雰囲気が違う晶だった。


「おーい、どうかしたのかー? 伊坂」


 外から聞こえてきた声にも聞き覚えあり。

 恐らく。


「外にいるのは、歌方さん。だよな?」


晶に問いかけると、どこか諦めたような顔で


「……ああ。そうだ。ちょっと野暮用でな。一緒にいる。お前は、西園寺先輩と部長とってとこか?」


「お、おう」


 役者は出揃う。

 豪華客船と名探偵、その助手。

そして、主人公と彼女達。


これで、何も起きないはずないよな。


 


 

 

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