第41話  ヤンデレ彼女とあまあまナイト

 夕食の後、最寄駅に到着するなり、改札口を飛び出した部長。


「それじゃ、あたしは帰る。二人ともまたなー」


 どうやら、西口から出るつもりのようだ。俺と先輩は真逆の方向。


「家まで送りますよ?」


 そう言えば、部長はどんなところに住んでいるのだろうか。ここら辺は学生が多く住むベッドタウン、うちの大学で下宿ならこの駅周辺か、大学の周辺に二分される。

 というか、そもそも下宿なのだろうか。


「い、いや! それはその……遠慮しとくっ!」


「え? ほんとにいいんですか?」


 まだ九時前ではあるが、戦闘能力の塊とはいえ、女の子を一人で返すのは少し……。


「大丈夫っ! ……その、帰りは車だから!」


「あー、そう言えば、車持ってるんでしたよね」


「そ、そう! だから平気! それじゃーね!」


 そのまま部長は走ってゆく。今日は一日、凄く機嫌が良かった。やはり、喜んでもらえたのか。だとしたら、嬉しい限りだ。

 ……可愛かったなぁ。


 俺がそう思った矢先。


「うっひょ!!」


 いきなり腕が柔かな何かに包まれて、変な声が口から出る。


「ど、どうかしたんですか? 紫苑先輩」


「別に……大したことじゃないわ。少し、密着したかっただけ」


 密着……なんというか、えっちな響きに聞こえてしまうのは、きっとおかしなことではない。


「ねえ、礼君」


「なんでしょう」


「私今日、泊まってもいい?」


 どわぁぁぁ!!! 正直、心の中が激しく揺れまくった。

 けれど、それを顔に出すなんてカッコ悪いことはできない。


「ええ。勿論ですよ。でも、泊まるなら、紫苑先輩の家の方が広くないですか?」


「それじゃあ、礼君の匂いがしないもの。今日は礼君の匂いに包まれたいの」


 え? なにそれ、可愛過ぎん? 


「な、なら帰りましょっか。うちの部屋に」


「うん」


 先輩の細い薬指の指輪が、きらりと光った。


………

……


「ただいまー」

 

 先輩と手を繋いだまま、逆の手でドアを開き、電気を付ける。ほんと、一昨日掃除しておいて良かった。


「お邪魔します」


 先輩も続けて、入ってくる。ついでにガチャリと鍵を閉めてくれた。


「それじゃ、先輩。とりあえずお風呂入りますか」


 リビングに入って、荷物を部屋の隅に置く。


「……いや」


 紫苑先輩はそっぽを向いた。


「え?」


「──もう少し、一緒にいる」


「は、はい」


 そのままベッドの上に座る。先輩は頑なに離れようとはしなかった。まるで、子犬のように頬を肩に擦り付けてきたり、潤んだ瞳で上目遣いに見上げてくる。


「今日は、どうかしたんですか? その……なんとなくですけど、いつもと様子が違う気がして」


「……指輪、嬉しかった」

 

「喜んでもらえたのなら、良かったです」


「礼君は、どこに付けるの?」


「あー、ネックレスにしようかと」


 買った店が買った店だからかデザインは先輩と部長の指輪のデザインは女性向けだ。俺のはというと、シンプルなシルバー。男でも女でもあまり関係なく付けられるもの。サイズも二人のものより少し大きい。


「……そうなのね」


 先輩は少し残念そうだった。やはり、自分と同じところに付けてもらいたいのだろうか。


「安心してください。肌身離さず持ち歩きますから」


「約束だからね?」


「勿論」


 それで満足してくれたようで、先輩は小さく笑って俺の太ももに頭を置いてくる。

 さて。この状況は、どうしたものか。

 これは、ついに──そういうことをする日が来たということか。

 無論、したいかしたくないかで言えば、無論したい。というか、めちゃくちゃしたい。


「ねぇ、礼君」


 考えていると、太ももの上から声が聞こえた。


「ひゃ、ひゃい!!」


「少し、目を閉じてくれる?」


 期待を胸に、目を閉じる。キスか? やっぱりキスなのか?

 太ももの上から重さが一瞬消えて、その代わりに両足に柔らかな太ももが乗った。


「もういいわよ?」


 どういう状況になっているのかは、目を開けなくても分かった。

 先輩がこちら向きに座っている。俺の太ももの上に。いわば、対面座位の形だ。


 目を開けると、熱に浮かされた先輩の視線と俺の視線が交わる。


「大好きよ。礼君」


「っ!!!」


 可愛すぎる。というか、お互いの熱が伝わるような距離で、鼓動だって聞こえてきそうな距離。


「礼君は? 礼君は私のこと、好き?」


「当たり前ですよ先輩」


「そう。なら……」


 そのまま、肩を押されて俺はベッドに背が当たる。先輩もそのまま体を倒してきて、大きな双丘が俺の胸でむにゅりとつぶれる。

 あまりにも、それは柔らかかった。


「せ、せ、せ、先輩」


「名前で呼んでって、言ったでしょ?」


 先輩は耳元で囁いてきた。


「し、紫苑先輩? えーと、俺はどうなってしまうんでしょう?」


「それは、礼君次第」


 え? てことは、ここでしたいって言ったら、出来るってことぉ!? い、いや、待て。冷静になるんだ俺。性欲に流されるわけにはいかない。


「……き、今日はだめ、でふ」


 無論、理性の精一杯の抵抗というのもあるが、そもそも……ゴムがない。


「なんで?」


「先輩との初めては……もっと特別な時にしたい、から」


「じゃあ、明後日からの旅行の夜かしら?」


「い、いや、部長もいるんですよ!?」


「けど、きっと茉利理は期待しているわよ? 私と一緒で」


 なん……だと? ま、まさか初めてのエッチが3P!? そんな、そんなことがあり得るのだろうかっ!


「まあ、礼君がしないというなら、今日はハグと添い寝で許してあげる。でも、いつでも、したくなったら言ってね? 私は──貴方専用だから」


 先輩は妙に妖艶だった。それこそ、理性なんてぐずぐずに溶かしてしまいそうなほどに。


「あ、ははー。お世話になるかも……しれません」


「ええ。その時を楽しみにしてるわ。……とりあえず、今日は」


 先輩は体を起こして、言った。


「一緒に、お風呂に入りましょうか」  


 そのいたずらに笑う顔は、あまりにも……。


「じゃ、じゃあ。お湯を張ってきます!!」


 バクバクとうるさい心臓を押さえながら、俺はリビングを飛び出した。


 ああ。誰か。

 助けてはくれないだろうか。

 正直このままでは、理性が、もたない。

 あんなにも可愛い先輩。そして、俺。

 今晩は……寝れないかもしれない。

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