第29話 僕たちは勉強をしたくない
「よくぞ、集まってくれた。晶、慎二」
「ふっ、そろそろ召集がかかる頃だと思っていたぞ。礼」
「……てか、わざわざ部屋暗くする必要なくね?」
かちり、スイッチの音が鳴った。同時にカラオケルームは白く照らされ、机の上に置かれたドリンクバーのジュースがキラキラと光る。
放課後、補講を終えた俺たちは。駅前のカラオケ店へと入った。放課後とはいえ、講義は昼過ぎまで。部屋はいくらでも空いていた。
「てか、今日って試験の対策会議とか言ってたよな、なんでこんな場所なんだよ」
「晶。落ち着いて聞いてくれ、俺の部屋は今、何が置かれているかわからないんだ」
「はぁ? 何がって?」
「盗聴器、盗撮機、エトセトラのことだ。俺一人なら別に大した問題はないんだが」
「いや、問題しかないだろ。ほんと、大丈夫か? お前」
「大丈夫だ。きっとそれも、愛の形だからな!」
晶の顔は引き攣っていた。なんともマジで、俺の頭を心配しているらしい。
「まあ、それは置いておくとして。実際、やばい状況だろう。試験だけは俺のバルクで解決できん」
いや、お前のバルク結構負けてるからな? 正直、最近は勝ったことの方が少ないぞ?
うむ。これをわざわざ言うほど、俺は鬼ではあるまい。
「はあ、お前らなぁ。真面目に勉強すればなんの問題も……」
「「勉強なんかしたくない!」」
俺と慎二は力の限り叫んだ。
「考えてみろよ、晶。うちの大学、何故だか偏差値だけは高いだろ?」
「まあ、そうだな。一応、そこそこの頭のいい学校って分類だが……」
「つまりは! 俺たちは超えたんだ、そのラインを。高校の時にした努力によって! なのに? 大学に入ったら入ったでまた勉強、勉強……って言いたくないですよね!?」
「よし、礼。お前は一度両親に謝れ」
くっ、真面目ぶりやがって! お前だって、合コンの時はめちゃくちゃバカじゃん!
「もう、帰っていいか? 対策会議だからてっきり、勉強会だと思っただが、違うみたいだしな」
「いや、ある種の勉強会ではあるぞ。晶」
慎二はそう言って、リュックサックから一枚の紙を取り出した。
「これは、俺たち三人が取っている講義の一覧だ。そして、その中からレポート提出ではなく、試験がある講義を抜粋すると」
蛍光ペンがすーと音を立てる。
「英語Ⅱ、簿記、ヨーロッパ史。これらは正直、どうにかなる。何故ならば、教科書やレジュメの持ち込みが可だからだ」
「ま、そうだな」
「問題はこれだ」
慎二がぴしりと指差したのは、
「経営社会学、だ」
「別に難しくないだろ、精々高校の時、覚えた言葉の応用……」
「バッカ野郎! 高校の時に覚えたことなんて、とうの昔にクソと一緒に尻から出てったわ!」
そう。大抵の大学生など、そういうものだ。何故ならば、大多数の人間は高校卒業のタイミングが一番頭が良いものだからだ。
「えぇ、お前ら……よくそれで、去年留年しなかったな」
「そう、そこだ! 晶!」
「お、おう」
「なぜ、こんなにも馬鹿な俺たちが二回生になれたのか! それは!」
「ま、まさかお前ら、カンニングを……」
「違う! もっと簡単な話だ。即ち……」
俺は慎二と顔を合わせて、頷いた。
「「─賄賂だ!」」
………
……
「って、言うんですけど、どう思います?」
「ふむ。卯花のやつ、そこまで馬鹿だったとは。とはいえだ。私とて君に言いたいことがある」
「ん? なんですか?」
「何故、ここにいる?」
風俗研の部室。晶が訪れていたのは、歌方 彼方の所だった。
部室のくせに、ほぼ人の部屋。エアコン、こたつ、仮眠用のリクライニングソファー。少し大きめの丸テーブル。正直、部員が多いうちの部室より設備は整っている。
「いや、ほら。ノケモンカードしたくて」
「ほんとぉ!?」
「もちっす。今回はデッキ二つ持ってきたんで」
「なるほど、ならば相応のもてなしをしよう」
急に上機嫌になった歌方は、スマホの画面に高速で指を這わせた。
すると、数分してドアが開く。
「来たぞ。歌方」
ビニール袋を持った二階堂が現れた。
「やあ、例のブツは持ってきたかね?」
「ああ、買ってきてやったぞ。ほれ」
二階堂は机の上に、袋を置く。中に入っていたのは、大量のお菓子とジュース。
「というか、気になってたんですけど、二人はどんな関係なんですか?」
晶は尋ねる。歌方とは何度か顔を合わせているが、その度に大体二階堂とも合わせることになる。二人は付き合ってでもいるのだろうか。
「あー、二階堂と私は従兄妹なのさ。と言っても、年は同じだ。要は私に取って、こいつは出来の悪い弟のようなものさ」
「おいおい、何言ってる。俺の方が三ヶ月生まれるのは早かっただろうが、俺からすれば、世話の焼ける妹だ」
「へぇー、そうなんですか」
血が繋がってるとはとても思えないビジュアルの差だ。まるで、天国と地獄。そして、考えるに関係を勘違いされないためにお互い苗字で呼んでいるのだろう。
「伊坂。お前、ノケモンカードやってるんだってな」
「ん、まあ……なんか勝手に」
正直、何故始めたのか思い出せない。思い出そうとするたびに頭痛がするのだ。
「まあ、なんだ。こんな奴だが、仲良くしてやってくれ、どうやらこいつとしても対戦相手がいなくて、困ってたみたいだしな」
二階堂はそう言って、さっさと部屋を出ていった。
がちゃんと重い扉が閉まる音だけがやけに響く。
「くぅ、あいつ、三ヶ月生まれるのが早かっただけで、いい気になりやがって」
「まあ、そんなもんですよ」
「お前もなんか敬意が足りないなぁ」
まあ、正直これが年上だと言われても、しっくりこない。何せ、見た目は下手をすれば、中学生くらいだし、ノケモンという単語を聞いただけで、途端に目を輝かせる。
「まあいい。それじゃ、やろう!」
うん。こういう時の目は中学生より幼いな。
「あ、その前に、歌方さんの知識を信じて尋ねたいことがあるんす」
「お、おぉ。なんだね? 聞いてみたまえ。えっへん」
ほらでた。普通、大学三年生はえっへんとか言って、偉ぶらない。
「まあ、知ってるか。知らないかなんですけど……」
伊坂は鞄から一枚の紙を取り出した。
「─けど経営社会学の教授が好みそうなものって知りません?」
しんと部屋は静まり返る。歌方もしばらく目をパチクリした後で。
「はぁ?」
まあ、そりゃそうなるよな。
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