第28話  第二のヒロイン降臨。横には彼女。

 目が覚める。唐突に瞼に朝日が当たったからだ。


「眩しい……」


 茉利理が目を開けると、最初に目に映ったのは、知らない部屋だった。一眼見ただけで、掃除が行き届いているのが分かった。体を包んでいるのは、ふかふかの羽毛布団とマットレス。普段使っているものより少し柔らかい。


「え、どこ? ここ? ……ぐっ、頭が痛い」


 先日の記憶がない。頭痛もひどい。これは、二日酔いで間違いないだろう。


「……ようやく起きたんですね。部長」


「そ、その声は! 卯は……」


 体を起こして、声の聞こえた方を見てみると。


「……お前、どうした?」


「何が、ですか?」


 その目の下には深いクマが、しかしそんなことよりも。


「な、なぜお前は、椅子にパンツ一丁で拘束されているん……だ?」


 手には手錠。足には結束バンド。あまりにも、人質のような見窄らしく頼りない卯花がそこにいた。


「簡単なことです。酔った部長に何かあった時すぐに助けるために見守っていたんです」


 本気で言っているのか? 見守っているというより、助けを待っているようにしか見えない。


「いや、お前正気か?」


「正気です。俺、部長に何かあった時、絶対に助けますよ」


「……卯花」


 その顔はきっとこいつにとって、こちらを安心させるつもりだったのだろうが、むしろ身の危険しか感じない。状況を冷静に考えてみれば、ただの変質者だ。


 とりあえずこんなやつは放っておいて……そう思い、茉利理は状況を確認するべく、室内を見回した。


「紫苑の部屋、だよな? 昨日何が……っ!?」


 そこで気づいた。下着姿出会ったことに。


「お前か! お前の仕業か! 卯花!」


「見損なわないでください。俺が部長の服を勝手に脱がすと思いますか? そもそも、紫苑先輩のダイナマイトボディならまだしも、部長の下着姿なんて……」


「ふんぬ!」


「ぐへぇ!」


 茉利理の繰り出した拳は、的確に礼の顎を下から捉える。

 一瞬、椅子の足は浮き上がり、横倒しに倒れる。


「やっと、いつも通りの……部長に……」


 がくっ。卯花はそう言って、意識を失ったようだった。


 結局、なんだったんだ。まあ、ともかく今のは間違いなくこいつが悪い。

 茉利理が鼻息を荒げていると、ドアが開く。


「──おはよう。二人とも。朝食、出来てるわよ?」


 あまりにも自然に、何食わぬ顔で紫苑が部屋に入ってきた。

 やばい! この状況は、また誤解させてしまうかも知れない!


「ち、違うんだ紫苑! これは!」


「茉利理。とりあえず服を着たら? 風邪を引くわ」


「え?」


 どういうことだ? 怒らないのか?


「ほら、礼君も起きて? もう朝よ」


「すまん、もう少し……寝かせておいてやってくれ。……死ぬほど疲れてる」


「そう、なのね。まさか……」


「ちっ! 違うぞ!? 誓って、やましいことはしてないからな!? ベットの上で……だ、抱き合って……そのチューとか、は」


「ふふ、知ってるわ。だって、私は茉利理を信用しているし、礼君だって簡単に手を出すような人じゃないもの」


「じゃ、じゃあ。ご馳走になろうかな」


 とりあえず、お腹は空いていた茉利理は紫苑の言葉に甘えることにした。


………

……


「「いただきます」」


「ええ、どうぞ」


 リビングのテーブルに並んで食事は始まる。

 献立は焼き魚、味噌汁、サラダ。the日本人というような朝食だ。


「それで、さ。いい加減教えてくれよ、どんな状況なんだ?」


 味噌汁に口をつけ、茉利理はほっと一息吐いてから尋ねた。


「部長、昨日紫苑先輩のお酒がぶ飲みして吹っ飛んだんですよ」


 と卯花。


「あ、あー。うん、まだなんとなく覚えてる」


「それで、そのまま帰すのも心配だから、私の家に泊めたのよ」


「な、なるほど」


 どうやら随分と迷惑をかけてしまったらしい。


「それで、茉利理。一つ提案があるのだけれど、聞いてくれる?」


「ん、なんだ?」


「う、うーん」


 何処となく、気まずそうな卯花。


「茉利理。貴方さえ良ければ──三人で付き合わない?」


「はぇ!?」

 

 いきなり何を言い出すかと思えば、意味が分からなかった。

 そもそも、それは付き合うというのか? ただの二股のような……。

 というか。


「紫苑、お前はそれでいいのか? 卯花と折角付き合えたのに!」


「……悩んだわ。勿論。でも、仮に私と貴方が礼君に告白したとして、普通ならどちらかは振られてしまう。私……それだけは嫌なの」


「それ……は」


 確かに。そう思ってしまった。もし、紫苑の言った通りの状況になったなら、今まで通りに紫苑と接することは無理だろうし、卯花ともそれは同様だ。


「でも、あたしは」


 わざわざ、そんなことをしなくたっていい。何せ、自分が一歩退くだけで……。


──『好きなら好きって、言えよ』。


「っ……」


 あー、あの時なぜあんなにも戸惑っていたのか、よく分かった。確かに、自分は卑怯だったのだ。


「部長」


「……なんだよ」


「俺は好きですよ。部長のこと。出会った時から」


「はぁ!?」


 冗談だろ? そう思って、卯花を咄嗟に見た。

 真面目な顔だった。少し、恐ろしいほどに。


「でも、俺は……少し前の俺は、人と付き合うのが怖くて、とても言えやしなかった。けど、今の俺は、紫苑先輩と出会えたから。部長と出会えたから俺は変われました」


 慎重に言葉を選んでいる。少なくとも茉利理の目にはそう見えた。


「無責任だってのは、分かってます。我ながら二股なんて、最低だと思う。でも、部長と紫苑先輩のためなら、どうなったっていい、他の奴にどう言われたっていい」


「……本気、なのか?」


 正直、泣いてしまいそうだった。こんなことを、言ってもらえるとは思わなかったから。


「勿論です。だから、部長。俺と先輩と、付き合ってくれませんか?」


 ばっと視界の全てがきらきらと色づいたような感覚がした。心の中には、暖かいものが広がって、じんわりと不安を溶かしていく。


 ああ、我ながらちょろいなぁ。ちょろすぎる。分かってはいたのだ。


 でも、断るなんて、とても出来なかった。


 だって。


『あたし』は二人とも、大好きだったから。


「全く、あたしがいないとお前らはダメだなぁ。……紫苑!」


「ええ」


「あたしは負けないぞ? 同じ彼女とは言え、気づけば私にゾッコンになってる可能性だってあるからな!」


「ふっ、同じく私だって負けるつもりはないわ。茉利理こそ、頑張りなさい」


 勝ちも負けも本当は多分、この関係には存在しない。けれど、宣戦布告してやろうと思った。


「そして、卯花っ!」


 茉利理はぴしりと指差す。


「は、はい!」


「前提として、お前は二股クソ野郎だ! あたしがお前を彼氏扱いすると思うなよ!」


「うん。それは、そう」


「よっしゃぁ! 学校行くぞぉ!」


 あんなにも苦しかったはずなのに、胸の中は今や、晴天のように晴れ渡っていた。

 今日も、講義を受けて、サークル活動を楽しんで……それで。


「茉利理、今日は完全休講よ?」


「ん、あれ? そうだっけ?」


「ええ。だって……」


 その時、紫苑の言った言葉に、茉利理と礼は石のように固まったのだった。


 その言葉とは。


「──だって、来週から学期末試験だもの。今日からは自習期間よ?」


 悪魔のイベントが今、顔を覗かせた。


 






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