第23話  卯花、ついに付き合ったってよ

「──諸君。聞いてくれ」


 暗い会議室。女の声が響く。それは静かな幕開けだった。


「ふっ、総帥。あなたほどの方が直々に俺たち《四天王》を集めるなんて、余程の事態……ってことなんすかね?」


 この男、一時は暗黒面(V界隈)へと落ちかけた人物にして、四天王の中でも一二を争う馬鹿。

 通称──光と闇を知る者 伊坂晶。


「全く。そこまでの急務とは。……このバルクが疼く」


 この男、背筋200キロは降らぬ。四天王きっての怪力にして、実は虫嫌い。

 通称──怪力バルク 暮宮慎二。


「わ、私は……えへへ、総帥様さえ一緒なら……えへへ、何処でもいつでも……」


 この女。一見すれば、地味な少女。だがしかし、その本質は生粋の匂いフェチにして、狂気の世界に足を踏み入れた到達者。

 通称──狂気の追走者 砂橋凛。


 そして、最後の一人。

 裏切り者という立場から這い上がり、遂には四天王入りを果たした男。


「それで、どのような事態でやんすか?」


 通称──鬼畜メガネ 毛山武。


「今日集まってもらったのは他でもない……」


 大総帥 安西茉利理は鋭く息を呑む。

 部屋には緊張が訪れる。誰かの喉が鳴った。


「卯花、どうやらあいつ……遂に紫苑と付き合い始めたらしい」


「「っ!!??」」


 雷が落ちたかのような衝撃が四天王を襲う。


「あり得ない! 奴が!」


「正直ぃ興味ないですぅ。それより、えへへ。まりりん部長と遊びたいなーなんて。ぐへ」


「ふっ、奴め……バルクよりも大切なものが出来たなど言語道断だ!」


「やはり! そうでやんすか!」


「静まれ! 四天王よ!」


 茉利理の一喝が響く。


「いいか、司令を伝える。耳をかっぽじってよく聞け」


………

……


 二限が終わり。教室を出た俺は、サイドバックを手にいつもの教室へと向かう。

 あー、今日も今日とて世界は美しい。なぜって? 

 世界で一番綺麗で可愛い先輩が自分の彼女だからだ。

 料理上手で、献身的で……うん。最高すぎる。


 カンストしてしまいそうな多幸感の中、曲がり角の先。目の前には人影が現れた。


「おっと!」


「あっ!」


 躱しきれず、ばったりとぶつかった。

 相手は女の子だった。女の子は尻餅をつく。


「すみません! 大丈……」


 ……いや、俺がぶつかった相手。それは、ただの女の子ではなかった。


 その少女は例えるなら、薔薇の生え揃った洋風の庭園の中心、燦々の煌めく陽光の全てほしいままにする一輪の白百合。


「すみません。失礼致しました。少しぼんやりしていたようです」


 超絶美少女。深窓の令嬢という言葉がよく似合う。

 おいおいおい……少し怖い、恐怖を抱いてしまうほどに美しい。


「どうかなさいましたか? 紳士様?」


「し、紳士!?」


 なんだその呼ばれ方は! 聞いたことすらないし、呼ばれたこともない! なんならスラングとしての意味はただの悪口だ!!


「では、私はこれで失礼致します。本日は良い日を」


 そう言って、少女はスカートの両端を軽く指で摘んで持ち上げる。なんとも優雅な挨拶だ。


「あ、はい。お疲れ様です」


 緊張のあまり、バイトの挨拶のようになってしまった。


「……ん、うーん」


 それにしても。


「何処かで会った……ような」


 無論、あれほどの少女を一度目にしたのなら、忘れるはずがないと思うが……。


「まあ、いっか」


 俺には彼女がいるのだ。即ちは、あの少女がどれほど美しかろうが関係はない。

 何故ならば! 俺の彼女の方が、可愛いから!


………

……


「任務達成しましたぁ」


 がばっ、扉が開いた。

 入ってきたのは、見目麗しい美少女に違いない。だが、


「誰だぁ! お前ぇぇ!!」


「ああ! こいつはやばいっ!」


 晶、慎二の両名はすぐにその存在の歪さに気づいたのだ。


「くっ! 祟り神かぁ!!」


 二人がいち早く察知したのは、その少女の放つ圧倒的な陰のオーラだ。


「よくやった。りんりん。流石は私の忠実なる懐刀だ!」


「懐……刀? ……ぐへ、ぐへへへへへ! てことは、私は先輩の懐にいてもいいんだぁ。えへへへへ」


 その少女。着飾れば、超絶な美少女。しかして、その実はやはりただの匂いフェチなのである。


「ん、あれ? てか、部長。毛山の奴は?」


 晶は大きな欠伸をした後で尋ねる。


「ん? あー、さっきさせた宴会芸が面白くなかったから、今頃、東キャンパスだ」


「な、なんて酷い……」


「四天王の肩書が泣いているな」


 慎二が逞しい腕を組み、ふっと笑ったところで茉利理は一つ手を打った。


「さて、次はお前ら馬鹿二人の仕事だ」


「「イエス! マム!!」」


 二人はきちんと緊張感を持ち合わせていた。やはり東キャンパスの存在はそれ程に大きい。


「分かっていると思うが、二人のいる教室に何人も近づけるな! それお前達のミッションだ!」


「「イエス! マム!」」


「よし! 行けぇ! 糞虫ども!」


 二人は扉を開け放ち、駆ける。

 無論、廊下を。


………

……


「紫苑先輩」


 昼休み空き教室。二人きりの。


「何? 礼君」


「いえ……その」


 三段、いや、今や五段。

 重箱五段。それが今の現在地。つまりは、先輩の愛の大きさ。


「ふぅー」


「……多すぎた、かしら?」


「いいえ! 全然! 余裕です! では! 頂きます!」


 箸を割って、食らいつく。一心不乱に。

 味はやはり最高。前よりも、俺の好みに合わせてくれたいるのだろう。実に、舌に合う。


「ねぇ、礼君」


「……ん。なんですか?」


「大好き」


 ぐほぉ。吐きそうになる。米粒をマシンガンのように噴き出してしまいそうだった。たまらず、プロレスラーがロープを掴むようにコップを掴む。


「はぁ、はぁ。う、うっす」


 流し込んだ後で、返事をした。


「うん。大好きだから。これ」


「え?」


 渡されたのは、A3サイズの封筒。学校関係の書類にしては、少し大きい。


「中、見てもいいですか?」


「勿論」


「では」


 糊は付けられていないから、すぐ開いた。出てきたのは、何やらピンク色の枠組みが書かれた一枚の紙。


 えーと、一行目は……。


「こ、婚姻届!!??」


 早すぎる!! まだ付き合い始めて一週間も経っていない!


「……それは、貴方に持っていて欲しいの。私が持っていたら、勝手に出してしまいそうだから」


「あ、あー。そう言うこと、ですか」


 あれれぇ、おかしいなぁ。先輩の欄に名前と印鑑があるのは分かる。けれど、


「えーと、紫苑先輩? なんで、俺の欄に名前が……あ、いや、名前は別にウェルカムなんですが、印鑑や生年月日、身元保証人まで書かれているんですか?」


 まだ両親のことは紹介していないし、印鑑の場所も教えていないのだが。


「礼君のお母様。凄く面白い人なのね」


「うわぁぁぁ!! なんでぇ!?」


 俺の悲鳴が響き渡った。せめて、一声かけて欲しかったのだが。


「……ダメ、だった?」


「いえ! 大丈夫です!」


 うん。条件反射だった。けれど、まあ。

 先輩が幸せなら、別にいいか。

 俺は再び、箸を進めることにした。


………

……


 一方、その頃。


「ま、まりりん部長?」


「二人が、ががががががが……」


 イヤホンを耳に入れたまま、茉利理は酷く慌てふためきながら、口から泡を吐いていた。


「まりりん部長! しっかり! しっかりしてください!」


「あはははー、卯花のやつぅ大きくなっちまってからにぃ」


 この女、テニス部主将にして、有事の際は統帥権を持つ大総帥。しかし。


 その、本音は。


「……そっか。卯花、トラウマはもういいんだな。そっか」


 好きだったのだ。ただ──心に傷を負ってしまった一人の少年のことが。


 馬鹿みたいで、ほんとに馬鹿で、馬鹿みたいに優しいそんな彼のことが。


 力になってあげたくて。


 でも、彼の傷を触れるのが怖くて、結局何も出来なかった。そんな少女。


 まさにそれこそが、安斉茉利理という人間だった。


「まりりん、先輩?」


「……どうかしたの? りんりん?」


「なんで、そんな顔してるんです?」


 泣きそうでいて、嬉しそうでもいて。

その感情を、砂橋に計り知ることは出来なかった。


「部員の成長を感じたからさ。私は部長として、それが嬉しいんだ。間違いなく、ね」


「でも……」


 そんな簡単なこと、簡単な気持ちじゃないのは、砂橋にも分かった。

 だって。


 ──その目からは、確かに大粒の涙が。


 悲しみに満ちた涙が確かにその双眼から流れ落ちていたから。

 

 


 

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