第21話 先輩はヤンデレなのかもしれない(今更)
「礼君。さ、学校に行きましょう」
「はい、紫苑先輩」
今やナチュラルに手を繋いでいる。少し冷たくてガラス細工のように繊細で、滑らかな指。握ってくる力は弱く、まるで、卵を握るように優しく柔らかい。
「今日、帰りにスーパーに付き合ってくれる?」
「勿論です」
よもやこれでは夫婦といっても差し支えないような気もする。
「明日は休日だし、一緒に映画でも見ない? 少し気になる作品があって」
「いいですけど……スプラッターだけはやめて下さいね? 俺、気持ち悪くなっちゃうんですよ」
「勿論よ、私は絶対礼君の嫌がることはしないもの」
1日の始まりから終わりまで、ほとんどの時間は先輩と二人きりだ。勿論、嫌ではない。けれど、かと言って、問題がないかと言われれば、話が変わる。
──そう。たった一つの問題。それは。
「ムラムラがぁ、止まらねえ!!」
食堂の端っこ。俺は叫んだ。周りの視線が集まろうが、構いやしない。それほどに、今の俺は滾り、燃え上がっていた。
「急にどうした?」
と定食の皿に乗った千切りキャベツをもしゃもしゃと頬張る慎二。
「俺も考えてみりゃ、よっぽどだったが、お前もどうかしてるんじゃないか?」
と言いつつも、いまだに『彼女』を忘れられず、気色の悪いため息を漏らす晶。
少し前までの俺たちの普通の日常。
「そう言えばだけどさ。お前最近付き合い悪いよな」
「確かに。俺と共にバルクを育てたいと言ったあの言葉は、嘘だったのか?」
晶の言葉はその通りだが、慎二にそんなことを言った覚えはない。こいつは筋肉しかないのか、頭の中にも。
「あー、まあ、最近は一人の時間があんまりなくてな」
だから、今現状のこの事態に陥っているのだが。
「あー、西園寺先輩の束縛は結構きつそうだな」
「ああ。俺も思う。あれはウエイトトレーニングよりも辛そうだ」
「いやいや、そんなわけないだろ? 別に俺は……」
俺は。ん? なんだ、少し違和感がを感じた。というか。
「あれ、俺ってなんでこんな状況に置かれてるんだろうか」
先輩とずっと一緒。先ほども言ったように、それは全然構わない。というか、すごく幸せだ。けれど、あまりにも一人の時間が少なすぎる。
しかして、男には、ガスを抜かなければ、大変なことになってしまう時限爆弾が二つ付いている。
これこそ、愛のジレンマだ。
「当然の疑問だな」
「うむ」
二人もうんと深く頷いてきた。
「ていうかさ、嫌なことがあるならあるで言えよ。恋人同士なんだろ?」
「……それが、ちょっと違うんだ」
「え、恋人でもない奴にわざわざ飯作ったり朝起こしたりしてんのか? あの人」
おいおい、その発言はこの世の幼馴染キャラ全員にクリティカルだ。
「まあ、それな関しては俺が悪いっていうか、なんというか」
「にしても、ちょっと重いな。まさかあの人……ヤンデレって奴じゃないか?」
「ん、あー、違うと思うけどな」
ヤンデレ。病みとデレが共存した存在。聞いたことはあれも正直、詳しくはない。
「よぉーし。ならのこのアプリの出番だな」
晶がスマホで起動したのは、一つのアプリ。
その名も、恋人タイプ診断という奴だ。
「なんだ? それ」
「まあ、言うなれば、恋人の性格や癖、あと言動を分析してどう言ったタイプの愛情表現なのかを示すアプリだ」
「ほーん」
正直全く、信用できない。
「ま、騙されたと思って今からいう質問に答えてみろ。きっと西園寺先輩がお前をどう思っているのか、多少は見えてくるはずだ」
「お、おう」
確かにそれは少し気になった。……というか、晶のやつ妙に詳しいな。やっぱりまだオタクか? オタクなのか?
「一つ目、貴方が他の女といる場合、恋人はどんな顔をしますか? 想像でいいから答えてください」
「うん。暴走モードだ」
初めて会った日、部長にボコされていた俺を見た先輩はまるで、暴走した人造人型兵器のようだった。
「二つ目。貴方が男友達といる時、恋人は連絡をしてきますか?」
「うーん、それはノーだな。あらかじめ予定を伝えていれば」
「ふむふむ。まだ断定はできないか。よし、じゃあ三つ目だ。これが一番、重要ぽいぞ」
「おう」
乗りかかった船。もはや、こいつが満足するまでは止まらないのだろう。
「彼女は夜──寝所を共にした時、積極的ですか?」
「ただのセクハラじゃねぇか!」
乗りかかった船は奴隷商人の船だったようだ。
「答えろって、重要なことだろ」
「いや、いい。そろそろ時間だし行くわ」
こんなことをしている場合ではない。ちょうどそろそろ先輩の講義が終わる頃だ。
「……ほんと、お前変わったな」
「何が?」
「なんか今のお前は頑張ってる感じがすんだよ。前まで、ふざけてるだけのバカだったのにさ」
「誰がバカじゃバーカ。……なんて言うのか、裏切りたくないんだよ。俺。先輩が俺なんかのこと好きって言ってくれてる間は、その期待に応えたい。そう思ってる」
「そうか。なら、お前は」
じっと話を聞いていた慎二が立ち上がる。
「筋肉をつけるべきだな!」
なんだこいつマジで。
「というか、持つのか? 息抜き無しで。それが今日の本題だったろ」
「あ、忘れてた」
そうだ。その相談をしていたはずが、いつの間にやら会話が明後日の方向に言ってしまっていた。
………
……
「お待たせしましたー、先輩」
食堂を後にした俺は、門の前で待っていてくれた先輩に声をかける。
すると、
「ええ。じゃあ、行きましょう」
ぱっと花が咲くように先輩は笑みを浮かべた。
「……その、どうかしました? 紫苑先輩?」
いつもはクールな先輩がこうして笑っているとなんだか悪いことをしてしまったのかとビクついてしまう。
「いえ? 何もないわ。ただ少し嬉しかっただけよ」
「え? 何が、です?」
「さっきの食堂での一言よ。期待に応えたいって言葉」
あれ、ちょっと待て。なんでそれを聞いていたのだ? 少なくとも近くに先輩はいなかったはず。
「シャツの内側」
先輩が言った。とりあえず確認してみるか。
「ひっ!」
中に入っていたのは、小さなマイク。盗聴器のような。
え、あれ? やばくね? さっきの会話聞かれていたと言うのなら……。
「な、なるほどぉ? これで話聞いてたんですねぇ……ん、じゃ、じゃあなんで食堂って分かったんですか?」
「礼君。スマホを開いて、2ページ目の画面。左上を見てみて」
恐る恐る俺は開いてみる。
「ひょ!?」
見知らぬGPSアプリ。しかも、10メートル単位で正確に位置を示している。
「ちなみに、礼君のスマホからは私の位置が分かるように設定しているわ」
「あ、なるほど。それならスーパーではぐれても便利っすね。……って、違う!」
「あら、お気に召さなかった?」
「紫苑先輩……流石にこれは」
ここはぴしりと言わなければ、そうでなければ、もし。
──俺が一人でいたしている時の音声をマイクが拾ったのなら、恐らくタダでは済まない! おかずの方が!
「……ごめんなさい。礼君。やっぱり少し重かったわよね。その……貴方に名前で呼んでもらえるようになってから、舞い上がってたみたい」
しゅんと先輩は叱られた子供のように塩らしい態度を取った。
グフゥ! 可愛い! だ、だが。
「私、不安症で。茉利理なら我慢出来るの。私にとってたった一人の友達でもあるから。でも……他の女は……少し怖いの」
「いや、そんな簡単に、俺は靡きませんよ」
「違うの。私自身、何をするか分からなくて怖いのよ」
え? 嘘でしょ? 流血沙汰とかあるわけ? い、いや、あり得ないと思いたいが、今の先輩が嘘をついて脅してきているようにも見えない。
「……じゃ、じゃあ。一つだけ条件を」
「ええ。分かった」
「盗聴は無しにしましょ? お互い、聞かせたくない音くらいあるでしょうし」
「え、私にはそんなもの……あっ……確かに……そう、ね」
途端、先輩の顔が真っ赤に染まる。……何か、やはり思い当たったらしい。
「GPSくらいなら別に俺は構いません。なんなら先輩がピンチの時にすぐに助けに行けますしね」
「礼君……」
よし。これでどうにかなりそうだ。とりあえずこのまま晶との会話の話は、なかったことに。
「じゃあ、買い物して帰りましょう、紫苑せんぱ……」
誤魔化せる。そう思った時期が、俺にもありました。
「──ところで、伊坂君……だったかしら。彼はなかなか良い性格をしているようね」
「あ」
ダメだったようだ。すまぬ、晶。きっとお前は数日中に不可解な死を遂げるのだろう。
南無阿弥陀。俺はそっと振り返り、食堂へと合掌してから先輩と共に帰宅したのだった。
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