第20話  熱き決闘者(デュエリスト)達。


「もうこんな時間か。よし、今日の講義はここまでにしよう。では皆、退出したまえ」


 チャイムが響くと同時に沈黙の重圧から解放された俺たちは、背筋を伸ばし立ち上がった。


「やぁと終わったな」


「ああ。これでバルクを育みに行ける」


 と続いて立ち上がった慎二は何故だかポージングする。消えてしまったはずの筋肉はこの数日で元通り。……どうやったら数日でこれだけ筋肉をつけれるのだ。


「晶のやつも……来れたら良かったんだけどな」


 生牡蠣に続いて、アニサキス。もはや、厄年としか思えない。


「後で、差し入れでも持って行ってやるか」


「生牡蠣か?」


「そうだな。そいつはナイスアイデアだ」


「ふっ、鬼畜め」


 いつものノリで冗談を交わしながら、次の授業の教室へと向かう。階を一つ降りた先、すぐの部屋だ。


そして。


「ん、あれ、見間違え……か?」


「いや、俺にも見える」


 ドアを開いて、そこにいたのは。


「お、なんだお前ら遅かったな」


 晶。しかも。


「なっ! なんだその格好は!!」


 赤と黒のチェックシャツ、だるだるのジーパン。隣に置いたリュックサックからは何やら白い筒のようなものが飛び出している。頭には、家庭科の調理実習でしかみたことのない模様のバンダナ。


「「昔のオタクじゃねぇか!」」


 古き良き……いや、良くはないか。どちらかと言うと、典型的と言った方がいい。


「オタク? 何処に?」


「い、いや、お前……」


「はっ、冗談はそこそこにして早よ座れ、二人とも」


「お、おう」


「確かに、そうだな」


 俺と慎二はとりあえず座った。同時にチャイムが鳴り響き、講義が始まる。


「えーこの場合における………」

 

「おい、どうするよ? いつ指摘する?」


 教授の話など二の次、今やこの状況の分析の方がよほど重要だ。


「牡蠣か? それともアニサキスか? どちらにしても、晶の脳髄まで侵食している可能性があるな」


「嘘だろ!? それじゃあ、もう……」


 助かりようがない、ではないか。

 

「おい、二人ともさっきからうるせぇぞ。講義中なんだから静かにしろって」


「「なっ!?」」


 あり得ん。こいつが真面目に授業を受けている、だと?

 

「い、いや! 待て! 礼! 奴め何か動画を見ているぞ!」


「なぬ!?」


 確かにバンダナの下の耳にはイヤホンが刺さっているし、机の下でスマホを横にしている。

 パチン! ここで教授が手を鳴らした。


「よし。今から三人一組になって、多元的環境問題において、レポートを作成しろ」


 ざわざわざわ。皆考えるのは同じようで、これに乗じて雑談をしようとしているらしい。ならば。


「よし、慎二、晶。話をしよう」


「おう」


「ん? すまん聞いてたかった。グループワークの時間か?」


 好機。尋ねるならば、今しかない。


「な、なあ、晶。体調はどうだ?」


 俺が尋ねる。


「ん? あー、すっかり元気だ」


「……ほんと、か?」


 少なくとも頭は無事ではあるまい。


「晶よ。先程、何か見ていたようだったが?」


 今度は慎二が切り込んだ。


「ん、ああ。これか」


 そう言って、晶はスマホの画面を向けてくる。


「「な、何ぃぃ!!!」」


 その画面に映っていたのは! それは!


「二次キャラだとぉぉぉ!!??」


 少し説明をしよう。この、晶という男を。

 一年前。あれは深々と雪が降る……。いや、そんなことを言っている暇ではない。

 一言でいうなら、この晶という男は、


「お前がスマホに入れるのは! 出会い系アプリか、それに準じたものだけだったはず!!」


 モテるための努力を惜しまず、自己を磨き続けた生粋の男。それこそが、この男、伊坂晶。

だからこそ、俺たちはこいつを友と呼び、時に背中を預けるに値したのだ。


「ダメだ! 救急車だ! 救急車しかない! 俺のバルクがそう言っている!」


「おいそこ! 盛り上がっているようだな!」


 ちっ! 教授に目をつけられたようだ。

 ずしずしとこちらへと迫ってくる。

 ともなれば、では一つ。


「教授! 我々の班では多元的な問題を解決するにはでは一つだと言う結論に至りました!」


「ほう? それは一体……」


「「強行突破だぁぁぁ!!!」」


「ちょ!? お、お前ら!?」


 全ての静止を振り切り、俺と慎二は晶の腕を掴み、駆け出した。


「おい! 貴様ら! 何処へいく!!」


 向かう先は一つ。この状況を冷静に考察、思案を巡らせると共に、解決策までを提案できる人物。それは!


………

……


「歌方さぁぁぁん!!」


 旧校舎の3階。風俗研の部室……と言うなの、歌方さんの根城だ。


「うわぁ! びっくりしたぁ! な、なんだ! 卯花礼!」


 突然の来訪に完全に虚をつかれたようで、ソファーからずり落ちた。


「大変なんです! こいつが!」


「すまぬ! 我々ではどうしようも……」


「な、なんだお前ら急に! 別に俺はなんもおかしくねぇぞ!?」


「「うるせぇ!!」」


 拳を後頭部へと叩きつける。一撃で、晶の後頭部を殴りつける。気を失ったようだ。

 俺たちが事情を捲し立てると、歌方さんはげっそりと呆れた顔をした。


「あのね? ここは余程の事件か難事件を持ってくる場所だよ? それに今私は忙しい。次のノケモンカードの大会が近いんだ」


「ノケモン……カード?」


 ぴくん。気を失った晶の耳が少しだけ動く。


「おや、そこの……金髪。まさかノケモンカードを知っているのか?」


「ノケモン……カード!」


 無意識のまま、晶は取り出した。長方形の小さな箱。


「おお! デッキを持っているとは!!」


 嬉々とした表情で、歌方さんは部屋の隅から机を取り出し、その上にマットを敷く。デッキを混ぜて、準備が整う。


 ──熱き決闘が今、幕を開ける。

 

「私のターン!! 手札から、ノクラテスをプレイ!!」


「ふっ、先行一ターン目にノクラテスとは」


 晶も完全に意識を取り戻したらしく、ふっと笑う。


「ノクラテス……哲学者がノケモンなのか!」


「いや、考えてみろ礼。哲学者はどのご時世もある種、除け者だ」


「た、確かに!!」


 妙な説得力のある言葉だった。


「さあ! 金髪君! 君の力を見せてもらおう!! 私はカードを一枚セットし、ターンエンド!」


「いいでしょう! 見せてあげましょう!」


 カードを引いた晶はにやりと笑い、カードを一枚伏せる。


「ターン終了です」


「「何ぃ!?」」


 あいつ、モンスターを出さなかったぞ! あれはありなのか! 随分と手札が!


「騒ぐな、観客。そう言う戦略もあるのさ! ノケモンカードゲームならね!」


 こんなに毅然とした歌方さんは見たことがない。


「……てか、なんでこうなんだんだっけ?」


「知らん」


 そうしている間にも、決闘は続いてゆき。


「はあはあ、なかなかどうして! そんな見た目でもやるものだね!」


「くっ! そっちこそ! カジュアル勢だと思ってましたよ!」


 なんか、二人は宿命のライバルのような感じになってきた。


「このターンで決めてやろう! 金髪君!」

 

 するりと細い指先で歌方さんはカードを引いた。


「……よし! 来た! 私は、ソクラテスとレオナルヲ・グリッチを生贄に、カリレーオ・カリレイを特殊召喚っ!! 効果によって、君のフィールドのカードを全て破壊するっ!!」


「な、なにぃぃ!!」


「そして!」


 ぴんと指を指を晶へと向ける。


「──ダイレクトアタックだ。滅びのバラニームビームっ!!!」


「ぐはぁぁぁ!!!」


 晶は巨大な光線(妄想の産物)を受け、椅子から弾き飛ばされる。そして、壁に叩きつけられた。


「「晶ぁぁ!!」」


 おいおい、ガリレオ。お前強くないか? 


「金髪君。今分かったよ。君は、ノケモンカードを初めてまだ日が浅いね? それに、プレイングや構築を見てもやけに受け身なんだ。要するに」


 歌方さんは立ち上がり、晶の元まで歩いていくと、手を差し伸べた。


「君は、誰かに影響されてこの世界に入ってきた。違うかな?」


「はっ!? な、なぜそれを!」


 晶は素っ頓狂な声。さばさばした奴らしくない。


「伊坂 晶。君は、陽キャだと認識している。そんな君が何故、こうなったのか。理由を聞かせてもらえるかな」


「「おぉ!!」」


 凄い、さすがは名探偵。あっという間に見抜いてしまった。


「……実は」


 晶は語り始めた。


「実は、入院中。とあるユーチューバーにハマってしまって……」


「なるほど、それがノケモンカードの競技者だったと」


「いえ、Vチューバーです」


 あー、だからこいつはオタクと化していたのか。しかも、Vオタとは剛が深いと聞く。


「彼女はまるで、初雪のように清楚で……ノケモンが大好きな人なんだ」


「お、おう。そっか」


 ピコン。同時に、何処からか携帯の通知音が聞こえた。


「俺じゃないな」


 先輩からかとも思ったがどうやら違うらしい。……少し、怖かった。


「俺でもない」


「私でもないみたいだ」


 慎二と歌方さんでもないらしい。


「ん、じゃあ俺か」


 晶はそっとスマホを取り出した。


「なっ!!! なんだとぉぉぉ!!!」


 耳が痛くなるほどの悲鳴、まるで断末魔だ。


「ど、どうしたんだ」


「あ……ああ!! あぁ!!」


 溢れたスマホの画面。そこに映っていたのは、速報記事。


『某Vチューバー熱愛発覚、相手は某アイドルグループのA氏』


 ああー、これは流石に壊れるわ。

 推しがノケモンよりイケメンが好きらしいなんて聞いた日には。

「じゃ、じゃあ、俺はこれで。先輩が待ってるんで」


「そ、そうだな。俺もそろそろジムの時間だ」


 そろりそろりと俺と慎二は出口へと向かう。すると、歌方さんは俺たちの方を掴んできた。


「友を置いて何処にいく? 彼を慰めてあげるべきだろう? あ、そうだ。今日は皆でノケモンパーティとしよう」


「ひっ!」


 それから二時間。

 俺たちは、紙をぱちぱちとしばいた。

 うん。ノケモンカード。思ったより楽しかったわ。

 

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朝起きたら婚約者になっていたヤンデレクール美女と添い遂げるまで。 沙悟寺 綾太郎 @TuMeI

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