第19話  決戦! 海の主と唸る妖竿!


「やった! やりました! まりりん部長っ!」


 海面に垂らされた釣り糸が跳ねる。引いた竿はぎゅんと風を切り、


「よぉし! でかしたぞぉ! よしよし」


「ぐへっへへ」


 なかなか良いサイズのアジ。きっとフライにしたら絶品だろう。

 しかも、あれでもはや十二匹目。いや、十二尾? 

 先輩が二匹、砂橋が四匹、部長が六匹。

 そして、俺は。


「釣れねぇ」


 隣の部長と砂橋はあんなにも釣り上げているのに、俺はというと今だに0。

 流石に悲しい。


「礼君。飲み物」


「ありがとうございます」


 スポーツドリンクを受け取る。キンキンに冷えてやがる。


「紫苑先輩は釣りはしないんですか?」


 するりと二尾釣って以降、先輩はこうして、俺の隣に座っている。


「私は今日は止めておくわ。沢山釣れば良いというものでもないし、私と礼君の分さえあれば十分だもの」」


 流石は先輩。クールだ。引きどころというものをきちんと弁えている。それに比べて、奴らと来たら。


「よぉし! りんりん、この調子でこの一帯からアジを消すぞ!」


「はい! お任せくださいぃ! まりりん部長!」


「さぁ! 餌を付けろっ! 魚を釣れっ! 魚の街に毒を撒けっ!」


 もう少し手心を加えて……まあ、無理か。あの二人はもはや魚を釣り上げるためだけにこの場にいるようなもの、大量殺魚鬼と化してしまったのだから。


「にしても、本当なんですかね。この竿の話」


「さあ? 茉利理が適当なことを言っているだけじゃない?」


「やっぱそう思いますよね。よし! 俺も頑張ります! せめて一匹くらいは!」


 一度、リールを巻いて、餌を付け替える。

 すると、腰の曲がった老人がこちらへと歩いてきた。


「やあ、釣り人さん。何か釣れましたかな?」


「ぼちぼちですよ」


 ぼちぼち釣れていないの略だ。


「そうですか、ならええんです。お邪魔しましたなぁ」


「いえいえ。大丈夫ですよ。というか、ならいいってどういう意味ですか?」


 まるで、あまり釣り過ぎるなとでも言いたげだ。


「……実は、ね。ここらは地元の漁師から『鬼の住処』と言われとるんです」


「はぇー、そりゃおっかない」


 何やら、部長の言っていた主とやらと関係あるんだろうか。


「それ、詳しく聞いてもいいですか?」


 ほんの興味本位。俺は尋ねてみた。


「いいのですかな? 長くなりますぞ」


「どうせ釣れないので、構いませんよ」


 先程から俺が釣り上げるのは、長靴やヨガマットのような布切ればかりだ。魚が釣れないのであれば、何も変わらない。


「では」


 老人がそうして語り始めたのは、数百年前のこの地に残る逸話。

 

 人魚と変態。タイトルをつけるなら、そう言った話だった。

 

 いまは昔、そこには漁師がいたという。その漁師は夜な夜な浜辺に向かっては、コート(あるわけがない)を脱ぎ捨て、全裸を晒していたという。

 そこに現れたのは人に憧れた、いと美しき人魚。

 二人は恋に……もとい、見せる側と眺める側の関係として、生まれ変わったのだとか。


「二人は、決して報われぬと知っていながら、恋に落ちたのです」


「いや、それってただお互いの性癖がが……」


「礼君。そういうことは、あまり追及するものではないわ。恋の形とは、人それぞれだもの」


 うーん。そういう話ではないような気が……。


「つまりはおるのですよ。成仏できなかった人魚の怪物がね」


「いや、端折り過ぎでしょ。オチ知らないまま、成仏できなかった人魚で出来たんですけど!」


「礼君! 竿が!」


 ぎゅんと竿が強く引っ張られる。なんだよこれ、海の中にボディービルダーでもいんのか! そう思うほどの引きだ。


「アジ!? いや! 違う!」


 魚影は二つあった。一つは、垂らした餌に食らいついたアジのような何かそして、もう一つは。


「アジに! 何か食らいついているっ!!」


 長細く、一本の槍のように真っ直ぐ。見たことのない魚だ。


「ま、まさかあれは!」


 部長が叫んだ。まるで、死んだはずの仲間がラスボス前の戦闘で再びパーティーに加わったかのような驚き。


「ぐわぁぁぁ!!!」


 気を抜けば、体ごと持っていかれそうなとんでもない引きだ! こりゃ、相当な大物!


「お、おじいさん! まさか! これが!」


「よもや! この海に姿を現すとは!」


 ジジイは急に二十歳ほど若返ったように、背筋をピンと張った。


「いや! それじゃわからんて! オチ聞いてないんだから!」


 教えてくれ! なんなんだこいつは! 

 折角かかったアジを食い散らかしやがったこの化け物は一体っ!?


「礼君! これは!」


「し、紫苑先輩! なんなんですかこれは!」


「落ち着いて聞いて! これは!」


「落ち着きたいんですけどね!?」


 足がみるみるうちにコンクリートの上を滑る。

 落ち着く前に、落ちそうだ。……いいな。これ。結構上手くかかってないか?


「奴は! バラクーダだ!!!」


「ほぼ外来種じゃねぇか!」


 聞いたことがある。熱帯域に生息するという魚。和名は確か、オニカマス。

 海を超えた向こうでは確か、『生きる魚雷』。そう呼ばれ、サメよりも恐れられているのだとか。


「若者よ! 釣り上げるのじゃ! そして、この数百年の呪いに終止符をっ!!」


 このジジイ! 勝手に盛り上がってやがる! だから、これは人魚でも露出癖のおっさんでもなく、バラクーダだって言ってんだろうが!!


「卯花! 協力する! 絶対離すなよ!」


「礼君! 私は絶対貴方を離さない! だから! 信じて!」


 二人は俺の両肩を抱き支えると、耳元で叫んでくる。

 耳が痛い! おうまいがー! 正直、それで気を失いそうだ!


「卯花ぁ、男なら根性見せろぉ」


 遠巻きに砂橋も応援してくれているようだが……うん。応援が力になるなんて、やっぱ嘘だろ。応援の大きさで甲子園に出れるか決まるなら、そもそも野球部が汗水垂らす必要はない。


「くっ! 相当でかいっすね!」


 水面を通した目視は当てにならないが、恐らく、1メートル強はある。


「頑張れ! 頑張るのじゃ! 若者よ!」


「うるせぇ! ジジイ! 応援するより先にオチを言えやぁぁ!!!」


 俺が天に叫ぶようにして、引いた瞬間。

 巨大な水飛沫が巻き起こった。


「「おお!!」」


 歓声が巻き起こり、そして、バラクーダはその銀色の表皮を輝かせ、防波堤の上へと。


………

……


「で、こいつどうするんですか?」


 ぴちぴち、いまだ元気ハツラツなバラクーダ君はコンクリートの上を跳ねている。


「うーん。サイズは120センチ以上。間違いなく今日最大の当たりだ。けどなぁ」


「ええ。流石にこれは」


 部長と先輩は困ったように目を見合わせると、大きなため息をついた。


「え? これ、絶対美味いでしょ? カマスって食用だし、なんか肥えて油のってそうですし」


 少なくとも、見た目はなんか巨大化した秋刀魚みたいでいけそうな気がするのだが。


「知らないのか、若者よ」


 老人が悲しい目をして、肩を叩いてきた。

 例えるなら、ラスボス戦前で合流した元仲間キャラがどう見てもレベルが足りず、戦闘ではただの足手纏いにしかならないような、哀愁の目。


「礼君、バラクーダにはね。毒があるの」


「え?」


 おいおいおいおい………じゃ、じゃあこの苦労は一体。


「うぇーい、卯花ぼうずぅー」


 砂橋はくすくすと笑いながら馬鹿にしてくる。


「んだこいつ」


 頭に血が昇りそうになったが、ギリギリで堪える。……まあ、ぼうずなのは事実だから、言い返せないしな。


「ん、というか」


 そこで俺はようやく気づいた。

 妖竿と言われたら、こいつのおかしなところに。


「ね、ねぇ、部長。この竿、なんか先端の穴、潰れてません?」


「あ、ほんとだ」


 この竿不良品じゃねぇか。そりゃ釣れねぇよ、お魚さんは。何が、妖竿だ、呪いだ。

 一瞬、信じかけちゃっただろうが。


「どうしようかしら。これ」


 先輩は顎に手を当て、先程からバラクーダを見つめていた。

 まさか調理法を考えている? ……のか?


「紫苑。バラクーダは本来ここにいてはいけない生き物。卯花がさっき言っていたが外来種のようなものだ。ならば、在来種の糧になってもらおうじゃないか。……そろそろ撒き餌も減ってきたし」


 おい、後半が本音だろ。と言いたいところだったが、実際瀬戸内海近郊にこいつがいるのは、おかしな話だ。日本では沖縄くらいでしか釣れないと聞いた。


「……そうね。少し可哀想だけれど」


「ああ。全ての食材に感謝しよう」


 部長と先輩は、フィッシングナイフを片手に弱り始めたバラクーダへと近づいていく。


「ま、待ってくださいぃー。せめて、私のいないところでぇー……ぎゃぁぁぁ! 血が! 血がぁぁぁぁ」


 こうして、砂橋の悲鳴と共に俺たちの海釣りは幕を下ろした。


 その後も、この呪われた竿(欠陥品)とやらで釣りは続けてみたが、一向に釣れなかった。


 本当に呪われているのか? いや、てか、この海の主って本当にバラクーダで良かったのだろうか。


 そして、日が暮れた頃、俺たちが片付けをしている時に飛び跳ねた巨大な何かの正体は、最後まで分からずじまいだった。

 ちゃんちゃん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る