第14話 炎の決勝。もってくれよ、俺の体。
「整列っ!」
ついに始まる。決勝戦。
我らテニスサークル総勢11名と、向かい合ったのは、手芸部十名……プラス1人。
「あれ、なんで歌方さんがいるんですかね?」
「二階堂が来たら良いものくれるって言うから」
つんとした不機嫌な目。何かあったのだろうか。
「ふっ、この時をどれほど待ったことか。安斉、卯花。お前たちとこうして戦える。それが俺は嬉しくて堪らんのだ!」
おい、こいつ急に戦闘狂のようなことを言い出したぞ。
「ふ、奇遇だな。あたしも貴様との決着を望んでいる」
部長。結局あんたも乗っかるんかい。
「ならば」
「ああ」
「「──言葉はいらないな」」
部長と二階堂さんは示し合わしたかのように、ベンチへと戻っていく。
「……なんだ、この状況」
取り残された俺たちと手芸部各員は、少し気まずくなって会釈をしてからベンチへと戻った。
「部長。先攻取ってましたけど、何か策が?」
「ふっ、卯花。お前は何も知らないようだな」
「将棋、チェス、いかなる勝負事において、先攻こそが有利。つまりは、先攻をとれた時点で、我々は有利に立っている!」
「な、なんだって!?」
た、確かにそんな話を聞いたことがある。基本的に、先手や先攻の勝率が高くなってしまうのだとか。
「あら? 茉利理。確か野球のセオリーは後攻有利と言われていたはずよ? 後攻には最終回のサヨナラ勝ちがあるし、試合の流れを読みやすいと昨日読んだ本に書いてあったわ」
「……」
あれぇ? おかしいなぁ。さっき凄いドヤ顔をしていたのに、いまや観音菩薩のような無表情を決め込んでやがる。
「卯花。たったそれくらいのハンデで私たちが負けると?」
「そのハンデ作ったの、部長ですよね」
「過去は振り返らない。それが重要だ。……よし! 伊坂! お前のスイングをして来い!」
あ、誤魔化してる。まあ、別に構わないか。
「別に、打ってしまっても構わんのだろう?」
「い、伊坂。お前……」
金髪の髪を掻き上げて、キザったらしく言って、打席へと向かう。
「へっ、打てるかな? この、俺の球が」
ピッチャーは二階堂さんだ。なんとなく強者感があるのだが……。
しかし。
「ふへぇーー」
2ストライク。あっという間に追い込まれている、残念ながらそれ以前の問題なのだ。
「ねぇ。礼君」
「はい、なんでしょう」
「彼、スポーツ出来ないのね」
腰はこれでもかとへっぴり、スイングはあまりにも弱々しい。正直まだそこら辺のお爺ちゃんの方がマシだ。
「高校三年間、奴は1。これ、何の数字か、分かります?」
先輩は首を振る。
「一体何の数字なの?」
「本人が言うには、体育の評定だったそうです。曰く、中学の頃から最高評価が2」
「……それは、相当ね」
「ストラィィク! バッターアウトぉ!!」
うん。ボールのバットの距離が三十センチは離れていた。というか、ボールがグラブに入ってから振っている。あれじゃ、ダメだ。
「はい! 次!」
「一発決めてくるでやんす!」
こいつは打たないだろうなぁ。内通者だもの。
「部長。その、モブを引っ込めませんか?」
「どしたの? 突然」
きょとん。惚けたような顔を部長はした。毛山が内通者という話はしていない、本当に気づいていないのか。それとも……。
「あいつ体調悪そうなんですよね」
適当な嘘をついておく。もし部長が知らないのであれば、俺自身のリスクが大きい。もしも、内通者を知っていて隠していたとあれば、東キャンパス送りでは済まない。
「そうか。だが、奴はウチで唯一の……」
「ぐはぁっ!」
ものの見事な三振。ありゃ、ダメだ。
「……次! 三番!」
「任せて下さい、バルクさえあれば飛ぶ。それが全てだ」
ふっ、細くなってはいるが、スイングに乱れはない。これならば。
と思っていた時が俺にもありました。
「ぐはぁ!!!! 脇腹がぁぁ!!」
……ダメだ、当てにならねぇ。やっぱ弱ってるよお前。
「スリーアウトぉ! チェンジィ!」
「……うーん。どうしましょ」
正直、うちの選手が弱いということは抜きにしても、二階堂さんのボールを部長以外に打てる人間はいない気もする。
「ふっ、相手もなかなかやるようだ。けど、うちには最強のバッテリーがいる! みんな! しまっていこう!」
あ、それ。俺が言いたかったかぁ。それが言いたかったから、キャッチャーとかいう難儀なポジションを受け入れたまである。
一回裏。俺たちの守備。
全身に防具を付けて、座ると、ちょうど二階堂さんが打席に入ってきた。
「よう、卯花」
一番バッターは、二階堂さんだ、これまでの試合、七打数七安打。つまりは100%結果を出している強打者。
「ちわっす。今日は、あんま臭くないっすね。珍しく風呂に入ったんですか?」
「毎日入っとるわ! ……ふぅ。それはそうと──内通者。分かったんだろ?」
どうやら、二階堂さんもその正体を知っているらしい口振だった。
「ま、俺はね。けど、関係ないすよ。勝てば何の問題もないんで」
「ほう、面白い。フェアな条件でお前たちを倒したかったが、自ら不利を受け入れるとは」
ああ。だからわざわざ歌方さんを通じて、答えを教えてくれたのか。
あー、あれだ。この人、ツンデレだ。
「さ、始めましょ。どうせ三振でしょうけど」
「中々口が達者だな。楽しませてもらおうか」
………
……
「先輩! 無茶ですよ! 礼の奴、ああ見えて身体中ボロボロなんです!」
試合開始前に、礼が歌方のしめした場所に行っている頃。
伊坂は茉利理へとベンチ裏で言った。
「なら、お前が取れるのか? あの『愛の追撃弾』を」
「それはっ……」
茉利理の言葉に、伊坂は押し黙らざるを得なかった。何せ、あの球は礼のみを追従し、礼のみに直撃する魔球。
もし、礼以外がキャッチャーをしたとしても、放たれることすらない伝説のボール。
「それに、卯花はまだまだ取れるはずだ。君は去年のサークル戦争を知っているか?」
「……聞いたことだけはあります。元テニス部部長を打倒するべく、サークル間にて協力関係が作られた、伝説の戦いだったと」
伊坂は去年の夏に入部した。だから、その概要を知らなければ、誰かから教えられてもいないのだった。
「卯花は、あの戦争において唯一にして最大の武功をあげたソルジャー。ボール如き、何球受けようとも、へこたれたりはしない」
「え、いやでも、普通に弱音吐いてましたけど」
「…………知るかぁ! 奴の決める限界は、限界じゃぁない!!」
そう言った茉利理の表情には、礼に対する一欠片の信頼と、大きな同情の色が見えていた。
多分ちょっと、悪いと思ってる顔だ。
………
……
「──ストラィィク! バッタアウトォ!」
砂煙が上がる。先輩の投じた一球はまるで台風の如く、全てを巻き上げ、俺の腹部へと直撃した。
「……ナイス、ボール」
「……ふはっ! なるほどな! 確かにいい球だ! だが、次は打つ。最終回でまた会おう」
敗者ゆえの潔さか、それとも何かこの球を看破する術があるのか。
正直そんなことは知らない。
たった一つだけ言えること。それは。
「先輩……愛が、重いっす」
「「礼ぃぃ!!」」
今日も再び、友の声が響く。
ああ。あと三回。体は持つのだろうか。
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