第13話  大抵のスパイは漫画のように許されない

13話  


 時は少し遡り、最終決戦ソフトボールが始まるより少し前。

 俺たちテニスサークルは一堂に会した。場所は部室。総勢11名の戦力。


「今からスターティングメンバーを発表するっ! 名を呼ばれたものは大きな声で返事をしろ!」


「「はいっ!」」


「じゃあまず、一番センター! 伊坂!」


「はいっ! お任せあれぇ!」


 あの地獄から生還を果たした晶。やる気は十分なようだ。


「次っ! 二番サード! モブ!」


「はいっ! こう見えて元野球部でやんす! 負けないでやんす!」


 ふっ、モブめ。中々、気合を入れてきたようだ。経験者というのは初耳だが、テニスすらまともにできないあいつがどんなプレーを見せるのか、楽しみだ。


「三番ファースト! 暮宮!」


「へぃ! 俺のバルクが唸るぜ!」


 ……慎二はその、痩せ細っている。口ではああ言っているが、坊主も相まって、補欠野球部員にしか見えない。

悍ましい。生牡蠣はこうも人を変えてしまうとは……。


そして。


「八番キャッチャー! 卯花!」


「うぉぉぉ!!」


「返事は『はい』だろうがぁ!」


「あ、はい。すみません。……ん、てか何で俺がキャッチャー?」


 一応言っておくが、俺は一度としてキャッチャーをした経験などない。


「ふっ、決まっている。お前しかピッチャーの球を受け止められないからだ」


「ま、まさかっ!」


「そう! うちのチームのエース。それは」


 ぴしりと部長は指差した。


「九番ピッチャー、紫苑。頼む」


「ええ。彼が出るというなら、その女房役は私以外にあり得ないものね」


 それは逆だ。普通はキャッチャーが女房役なのだが……まあ、それはどちらでもいいか。


………

……


二回戦。四回表。1-0、2アウト。1ボール、2ストライク。

初回に四番、部長のホームランを守り抜き、ついに最終回。

対戦相手は、ゲーミング華道部。その活動実態は……知るわけなくね?


「そちらのピッチャーはん。中々ええボール放りますなぁ」


 ヘルメットを被った和装美女は、バットをくるりと回して、我らがエースを睨む。


「……その、走りにくくないですか? それ」


「何を言うかと思えば、和服とは日本人の心そのもの。それを脱ぐ時はそれ相応の事情がいるんですわ」


 鬼気迫る顔だ。鬼の形相という言葉が良き似合うほどに。


「なら、華道の前に横文字はつけない方がいいでしょ……」


「だまらっしゃい!」


 怒りを滲ませた和風美女は、バットを構える。


「まあ、そっちが良いって言うなら、良いですけどね。……ただ、うちのエースの球は──速いですよ」


 先輩が投球フォームを取る。流石だ、まだソフトボール投げを覚えて数時間にも関わらず、その動作に一縷の淀みもない。


(行くわね。礼君)


 そんな思念が届いた気がする。


「ばっちこぉぉい!」


 第一球。アウトローいっぱいから、ぐにゃりと曲がる。


「こ、これはっ!?」


 たった一打席見た程度で、打てるはずがない。何せ、あのボールは、この世に実在する唯一の魔球。

 愛の追撃弾ラブホーミングショットなのだから。


「──ナイス、ボール」


 ふっ、と息をついて俺は言った。そして。


「……かっはっ」


 試合終了と同時に、ボールを頭に受けた俺は倒れ伏したのだった。


………

……


「うぅ、流石にこれは身が……」


 意識を取り戻した後、俺は顔を洗いにグラウンド横の蛇口へと向かった。

 体はぼろぼろ、おでこには三段のたんこぶが出来ている。


「耐えろ、あと一試合だ。お前の根性ならやれるだろ?」


「そうだぞ。礼。このまま行けば優勝出来る。次の試合こそはこの俺のバルクが唸る……はずだ」


 と同じく顔を洗っていた慎二、晶が言ってきた。


「お前らねぇ! 言うだけなら安いよな! ボールが飛んでこねぇ場所守ってても楽だろうさ!」


 実際この二試合、先輩のボールは一球たりともバットに当たっていない。

 二試合連続完全試合と言うやつだ。


「というか、何!? 正直怖いんだけど! なんで俺に飛んでくるの!? もう兵器じゃん! あのボールが石なら俺今日三回は死んでるぞ!」


 叫んでいると、ぷるるる。ポケットに入れた携帯が鳴った。


「くそぅ、人がナイーブになってる時に……」


 着信ボタンを押してみると。


『やあ、卯花礼。こうして、電話で話すのは、初めてだね』


「お、お前は! 確か名探偵、眠りの……」


『違う! それは別人だ! 全く、こちらが親切心で電話してあげてるのに……』


 相手は歌方さんらしい。


『こほん。犯人の目星は付いたのか?』


「いえ、諦めモードです」


『だろうね。そうじゃないかと思ったんだ。……よいしょ』


 次はメールの通知が来る。


『この座標に行くと良い。犯人が知りたいならね』


「え、急にどうしたんですか? 手を出さないはずじゃ……」


『事情が変わったんだ。何せ……』


 すっと歌方さんは息を呑む。


『次のパックがね! すごく強いんだよ! それで、二階堂がね! 犯人を卯花に教えれば、3ボックス買ってくれるって言うんだ!』


「んー……なるほど?」


 結局、ノケモンカードが目的なようだった。とは言え、二階堂さんが? 少し意外だった。何せ、手芸部は……。


『私は言ったからね! んじゃ!』


 それを最後に電話が切れる。俺はそのまま、メールを開いた。

 確かに届いている。


「まあ、行ってみるか」


「ん、なんだ? どうかしたのか?」


「ん。ちょっと大便行ってくる」


 俺はそう言い残して、件の場所へと向かった。


………

……


 食堂の裏、巨大な室外機の横からちょうど声が聞こえてきた。俺は近くの物陰に潜む。


「分かってるでやんす。おいらがどうにかして、テニスサークルを負けさせるでやんす。だから、彼女の命だけは……」


 あー、誰が内通者かすぐに分かってしまった。というか、あの口調で分からない奴はいないだろう。


「はい、了解でやんす。手筈通りに……では、失礼するでやんす」


 どうやら話は済んだらしい。こちらに歩いてくる足音。俺は行く手を阻むようにそいつの前へと飛び出した。


「まさか、お前がスパイだったなんてな。ほんと、見損なったよ」


 そう。真実はいつもたった一つ。つまり……。


「信じてたのにっ!」


 くさや爆弾、バナナの皮、そして……生牡蠣は普通にトラブルの可能性も捨て切れないな、うん。

 とは言え、罪は多い!


「仲間じゃなかったのかよ! ──モブ!」


 モブはふっと笑う。そして、眼鏡をぐいっと上げた。


「卯花君。君には分からないでやんすよ!」


「なんだよそれ! 俺たち友達だろっ!!」


「……卯花、君。そう言ってくれて、おいらは幸せでやんすよ。でも、おいらにも貫くべき事情というやつがあるんでやんす」


「それは、一体……」


「簡単でやんすよ。守るべきものがあるでやんす……それは」


「まさか! お前!」


 すっとモブはスマホを取り出す。物悲しげな顔で画面を向けてきた。


「──超鋼鉄魂1/100スケール、初期生産限定版サムライザーでやんす」


「え? ごめん、なんて?」


 早口すぎんだろ、マジで何言ったか分からん。


「だから、超鋼鉄……」


「いや、別に良いや」


 俺は背を翻す。


「守りたいのがある。すげえよ、お前。けどな、お前からすれば、ちっぽけなものだったかもしれない、けどサークルのみんなで過ごした時間は決して、嘘じゃなかった。

 俺は、そう思う。それを捨ててでも、なんたらってやつを守りたいって言うなら、好きにしろ」


 ここで捕えても仕方がない。

 なぜならば。


「……卯花、君」


「試合には来いよ。勝つには、お前の力がいる」


 なぜならば! 奴には相応しい死の舞台を用意する必要があるからだ!


 心の底からそう思ったのだ!


 守りたいもの? 理由? 

 

 何を言ってやがる! 

 こちとらお前のせいで、後頭部に引くぐらい、でかいたんこぶが出来てんだ!


 許す訳ない。部長ならば間違いなくそう言うだろう。

 へっ、勝とうが負けようが、奴の行く末は破滅ぅ!


「じゃあな、毛山。お互いに、頑張ろうぜ」


 俺は心の中で叫びながら、決勝戦へと向かったのだった。


 てめぇが先に裏切ったんなら、次はこっちが裏切る番だよなぁ!?





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