第12話  熱戦! ソフトボール甲子園、愛の追撃弾(ラブホーミングショット


 打ち込まれた庭球は、鋭く伸びながら鋭角に切り込んでくる。とても、俺が取れるボールではない。


「先輩っ!」


「ええ! 任せて!」


 テニスウェアを纏った先輩はコースを読んでいたようで、振り向いた時には既に落下地点の後方にいた。


「──行くわよ! 礼君!」


「はい! いつでも来てください!」


 パカン! ラケットがボールを捉える音がした。


 俺は横目でそのボールの軌道を追いながら、走り出した。

 ボールはちょうど後方にいる。コートを横断するように走ると、やはりボールはついてきた。

 どうやら、先輩の『愛の追撃弾』は物理法則すらも超越するらしい。

 


「ここだっ!」


 当たるか当たらないかのギリギリ。ボールの回転の音が聞こえるくらいの距離。

俺はヘッドスライディングの要領で、コートに飛び込む。


「何!?」「なんでコースだ!」


 先輩の放った魔球は、まるで蛇のように大きな弧を描きながら、相手コートに着弾する。そして。


「ひっ!」


 バウンドした途端、Uターン。勢いを失うことなく、俺の倒れ込んだ目の前。ネットに直撃する。……もしもネットが無かったら、考えるだけでゾッとする。


「ゲームアンドマッチ! ウォンバイ、テニス部サークル!」


 昼をちょうど過ぎた頃、最後の試合がようやく終わった。同時に、足から力が抜けていく。


「か、勝ったぁ」


「お疲れ様、礼君」


「ええ、お疲れ様です先輩」



 結果から言うと、俺と先輩は混合ダブルスを優勝した。辛く険しい道のりだったが、先輩のショットと俺の誘導によってズバズバと薙ぎ倒していったのだ。



「これでとりあえず、一つ。あと他の競技の結果次第ですけど……サッカーとバスケは俺たちじゃ出れないですから、他のサークルがその二つを両取りしていないことを祈りましょう」


 両取りさえされていなければ、俺たちがもう少しで始まるソフトボールを優勝した時点で、総合優勝は確定だ。


「そろそろテントに戻りましょうか」


「ええ」



 球技大会では、各サークルが校内のストリートやグラウンドの隅などにテントを立てて、待機することになっている。

テニスコートからは少しの距離。5分ほどですぐに見えてきた。


「卯花、紫苑も。よくやった。褒めて遣わす」


 ブルーシートの上。胡座を組んだ部長は目が合うなり、拍手を送ってきた。



「はっ! 自分には勿体無いお言葉であります!」


「私と礼君が組めば、こうなるのは必然よ。私と礼君が組めばね?」



 先輩は大事なことなので二度言ったようだった。


「バスケは女子バスケ部が、サッカーは研究会がそれぞれ優勝してる。

 そんで、うちは君らのおかげで、テニスを獲れた。あとは最後の競技、ソフトボールに優勝がかかっている」


「ええ。だから、これをどこかに獲られてしまうと、賞金は手に入らない……ですよね?」


 去年と同じなら、確かそんな感じだ。


「……そこで卯花。少しいいか? 昨日の一件、少し話したい」


 きょろきょろと辺りを少し見回してから部長は耳打ちしてくる。


「例の件ですね。ええ、出来れば他の場所で話しましょう」


「紫苑も着いてきてくれる? 今手放しに信用できるのは、紫苑と卯花。あとはりんりんくらいなんだ」


「ええ。礼君から話は聞いているわ」


 最後の競技のソフトボールまでは昼休みを挟む。まだ時間がある。


「よし、なら行こうか」


 部長に連れられて、テントを出るとそのまま人気のない旧校舎の方へと向かう。

 古びた校舎の影に入って、一番に部長は鋭い目をした。


「結果から言うと、スパイの可能性はあると思う」


「やっぱりですか」


「茉利理、なぜそう思ったの?」


 先輩の疑問を受けて、部長は頭を引っ掻く。


「サークルは複数所属できるからね。無論、モチベーションが違うことだってある。

 要は、こっちにも所属してるけど、本命は他。みたいなね」


「そうなのね。私、サークルに入っていないからそう言ったことには疎くて」


 まあ、そんな気はしていた。実際、先輩は孤高や高嶺の花と言ったイメージがピッタリだ。


「ま、紫苑は私以外に友達いないしね」


「ええ。悔しいけどその通りね」


 本当に悔しそうな表情だった。


「率直に聞くんですけど、部長は誰が怪しいと思いますか?」


 それさえ分かれば、今から行われるソフトボールでも対策が取れる。


「卯花」


「はい」


「逆に聞こう。こんな突飛な髪色をした奴が難しいことを考えられると思うかね?」


「無理ですね」


「はい、お前内通者な?」


「ひでぇや……冗談はさておき、うちのメンバーは今九人ちょうど。出来れば、もう二、三人くらい欲しいですよね」


 誰かが途中で怪我をしたとなったら、棄権以外の選択肢がない。


「そこは安心していい。実は、昨日の夜に電話があってな。二人、地獄より生還したんだ」


「な、なんですって!? あの、生牡蠣の毒を既に解毒した者が!?」


 何という胆力。根性で直したと見える。


「ああ。もう時期に来る」


 部長はスマホを取り出し、ニヤリと笑った。


「おぉ! これであとは怪しい奴をスターティングメンバーから外して、その二人を入れれば」


「最低限のケアは出来る、な」


「茉利理。少し疑問に思ったのだけれど、単純に勝算はあるの? 私は勿論、ソフトボールなんてほとんどのメンバーが未経験でしょう?」


「ふふふ、この私が何の策も無しに作戦を立てるわけないじゃないか」


 待ってましたとばかりに、部長はしたり顔を作る。


「い、一体、どんな策が……」


………

……



「ぐわぁぁぁ!!」


 放たれたソフトボール。それは、直撃する。

 キャッチャーを任された俺の頭に。


「「礼ぃぃ!」」


 友の声がグラウンドのダイヤモンドに響く。作戦って、おいおい。こういうことかよ。


「ストライィィク!」

 

 審判もプロ野球にひどく影響を受けていた。耳が痛い。


「タイムだ!」


 部長の声。バタバタと足音が聞こえる。


「卯花。すまない、勝つためにはこれしかないんだ」


「……分かってます。ここが、勝負の分かれ目ってことくらい」


「ああ。そうだな、この戦争が終わったら、今度焼肉奢る」


「あ、言いましたね? 絶対ディオ園奢ってもらいますから」


 ディオ園。お弁当一つを取っても三千円は超える高級焼肉店だ。


「ああ。いいだろう、紫苑共々奢るよ」


「なら、もうベンチに戻ってください。タイムが長すぎても、良くないでしょうから」


 たった一つ。ごく簡単な策だった。

 前提として、先輩の放つボールは俺へと一直線に向かって飛んでくる。

 要は、先輩のボールである『愛の追撃弾』を利用し、守備を万全にするというあまりにも安直な策。


「……ごめんなさい。本当にごめんなさい。貴方を傷つけたいわけじゃないの」


 先輩は苦しそうにマウンドから駆け寄ってくる。


「先輩っ!」


「な、何かしら」


「受け止めます! 俺、全力で! だから! 投げて下さい! 俺たちの明日の為にっ!」


 正しく言えば、そのうち開かれるであろう祝勝会のために。

 

「……礼君。分かった。なら、私も覚悟を決めるわ。余計なことは考えない。貴方に届くように投げるから……だから、もし、優勝できたのなら」


「おい、テニサー。タイムが長いぞ。早く定位置に戻りたまえ」


 審判がでしゃばった。普通ここは最後まで言わせてもらえるところだろう。


「ばっちこぉぉい!」


 とりあえず、叫んでみる。正直、キャッチャーが何をするポジションなのかも知らないし、何をすればいいのかも分からない。だが。


「酒を飲みてぇよなぁ!? お前らぁ!!」


 うちのチームは何よりも、どのサークルよりも結束が硬い。

 それだけは間違いなかった。



 ──だから、俺たちは勝つのだ。

 

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