第7話 一丁前に解説する奴はやっぱすぐ死ぬ。
うちの大学には今はもう使われなくなった所謂、旧校舎というものがある。
旧一号館と呼ばれるそこには、夏休みにはよく運動サークルの合宿で肝試しに行っていたり、休み時間や空き時間にはカップル御用達の密会スポットにもなっている。
さて、問題の場所は、そこの地下一階。立ち入り禁止のテープの向こう側だ,
「おいおい、こんなところでデートかい? それも三人で? はっ、3Pならよそでやりな」
門番代わり。一人の男が立っていた。
スキンヘッド。口にはちょび髭。慎二ほどではないものの、タンクトップを纏うほどには筋骨は隆々としている。
「……この野郎、ドタマかち割るぞ」
「部長。堪えてください。今は一旦、話を聞きましょう」
部長は既に噴火寸前。拳を固く握って、綺麗な顔が歪むほど奥歯を噛み締めていた。
「あんたらのボスに合わせな。いるのは分かってる」
「ボスに? はっ、聞けない相談だな。何故なら……」
「そうか。ならお前に用はない」
瞬間。部長の細い腕が蛇のように変幻自在に動き、男の首を叩く。
「かっ……はっ」
まるで、糸の切れた人形のようにその大きな体は倒れ、周囲の埃を巻き上げる。
「行こうか。卯花、紫苑」
「はい」
「……」
「先輩?」
先輩は柄にもなく、ぼうっとしていた。まあ、そりゃそうか。目の前でこんな絶技が繰り出されれば、こうなって当然……。
「ごめんなさい。卯花紫苑と聞いて……少し想像していたわ」
「あー、そういう」
「ほら、雑談はそこまでにして行くよ」
地下はジメジメとしている。何処からかぽつぽつと水の垂れる音が聞こえるし、足元ではかさかさと何かが這っているような気がした。
廊下を歩いていると、奥の部屋に灯りがついているのが見える。
一歩先を歩いていた部長はなんの躊躇もなく、扉を開け放つ。
「頼もう。お礼参りだ。覚悟しろよ、クソ手芸部」
「あ!? なんだてめぇ!」「見張りはどうした!」
突入するや否や、手前に座っていた男二人が立ち上がった。片方は金色のモヒカン、もう片方は何故だかスカートを履いていやがる。キャラが濃いって。
「待て。お前ら」
そして、低く重い声を放ったのは、一番奥。両袖デスクに腰を下ろした男。
1900年代のロックスターのような袖にヒラヒラのついた言っては悪いが、かなり……その、個性的な衣装をした奴だ。
「久々だな。安斉。サークル戦争以来か。そして、隣の男は……確か名は、卯花 礼。だったな。この大学の要注意人物が二人揃って、なんのようだ?」
え? なんでこの人、急に解説し始めたの? てか、俺って要注意人物なのか……まさか、それとサッカー部の一件ってなんか関係あるのか?
「ねぇ、礼君。なんでこの人はいきなり解説から入ったのかしら」
「ね、なんででしょうね。友達いないから、語る相手が欲しかったんじゃないですか?」
「なるほど。それは……悲しいわね」
「違う! そういう雰囲気だっただろうが! そして、一番左の美女!」
男はぴしりと先輩を指さした。俺は咄嗟に先輩の前に一歩踏み出す。何かあった時にすぐに庇えるようにだ。
「正直かなりタイプです! 付き合って下さい!」
何を言ってんだ、この馬鹿。
「──死ね」
まあ、そうなるよね。基本的には先輩、礼儀知らずには無慈悲だし……。
「御託はいい、二階堂。さっきしでかしたことの罪。きちんと払ってもらうよ」
あー、この人が二階堂か。なんか一度、部長から聞いたことのある名だ。
「しでかした? 何を言っている? 俺たちは見ての通り、今日も今日とて手芸に勤しんでいるだけだ。あ、そうそう。安斉。お前にも似合いそうな服を作ったんだ」
そう言って、二階堂が取り出したのは、ぴちぴちのキャットスーツ。確かに無敵の脚線美を誇る部長ならばよく似合いそう。というか、エロい。
「ぶち殺すぞ、お前」
「冗談だ。だが、お前の言う罪に関しては、本当に見当もつかない」
嘘っぽく聞こえるが、俺にはそれが嘘偽りには聞こえなかった。
部長もそう思ったのか、顎に手を当てて、少し考え始めた。
「ははっ! 二階堂さんがそう言ってんだ! なら落とし前とんのはお前たちだなぁ!」
先程まで大人しくなっていた手前の二人が指をポキポキと鳴らし始める。
「やめとけ。その安斉はその華奢な見た目で相当の手練だ。お前たちじゃ勝てねぇ。それにそっちの男。一年前、巻き起こった第二次サークル戦争にて『怪物』とまで称された卯花まで居やがる。俺を足してもも勝てやしない」
え? 何? そんなに卯花って人強いの? 初耳なんだけど。怪物って二つ名、高校球児以外にも付くことあるだなぁ。
というか、やっぱ解説長い。
「てことで、帰んな。ここに……」
その刹那だった。小包のようなものが、天井からぼとりと落ちてきた。
既に、例のブツはこの部屋に仕掛けられていたらしい。
「っ! 逃げろ! てめぇら!」
「「っ!!」」
その声によって、いち早く反応した部長は脱兎の如く。
その背を追う形で俺は先輩の手を握って咄嗟に部屋を出た。
しかし、かろうじて間に合ったのは俺、先輩、部長。そして、同じく反応できたモヒカンとスカートだけだ。
「ぐわぁぁぁぁ!」
中からは、野太い阿鼻叫喚が聞こえてくる。
「くそぅ! 二階堂さん、俺たちを庇って!」
「くっ! 俺がもっと注意を払っておけば……」
扉の隙間から、うちの部室と同じ悪臭が流れ始める。
「よし。とりあえず、こいつらの冤罪は証明されたってことで、あたしらは一階に戻ろう。何も死ぬわけではないし」
「うん。そうっすね。ただ臭いだけですもんね。すみません、先輩。急に手引っ張ったりして」
「……」
「先輩?」
先輩はどこか恍惚とした表情で繋いだ手を眺めていた。離しても良かったのだが、また何かあるとも限らない。
「あの、大丈夫ですか?」
「え、ええ。ごめんなさい。ちょっと強引でびっくりしただけだから」
「なら良かったです。さ、ここもじきに匂いがきます。上がりましょう」
階段を上がる。俺たち三人は泣き崩れたモヒカンとスカートを放置して、一階へと上がる。
「あ、そう言えば部長」
「あ? どうした?」
「なんでこの人らはこんな所で活動してるんですか? ずっと気にはなってたんですけど、聞くタイミングなくて」
「あー、そんなの簡単。こいつら、あんな見た目で手芸をやってるって事実が恥ずかしいんだよ。好きなことぐらい、やりやすいとこでやればいいのにね」
「ま、そうですね」
とは言え、少し気持ちは分かる。あれだ、一人で致している最中に、ノックなしで扉を開けられるようなものだろう。なんか気まずいし、恥ずかしい。
「私からも、質問してもいいかしら?」
次は先輩が口を開いた。
「ん? 何? 紫苑」
「さっき、話に出ていたサークル戦争って何?」
「あ、あーそれはそのぉー」
聞かれた途端に、部長は取り乱し、茶色の瞳孔を右往左往としている。
「そして、なんで礼君は怪物呼ばわりされていたのかしら?」
続けて、先輩は尋ねる。その目は少し怒っているようにも見えた。
「それも、そのぉ……ふぅ。今度。今度ちゃんと話すから。今はさ、ちょっと勘弁して」
ひとしきり目を泳がせた後で、諦めたように部長は息を吐く。
まあ、人に話して気持ちの良い話ではない。俺だって、流石に説明しろと言われれば少し嫌だ。恥ずかしい。
「……分かった。今日は飲み込んでおくわ」
先輩も納得は出来ないまでも、一旦は追及を諦めたようだ。
「で、どうしますか? 部長。結局犯人は取り逃してしまいましたし。第一容疑者はまさかの被害者になっちゃいましたし」
「そうだなぁ、次に行くしかないかないか。よし、そうと決まれば、ガンガン行くよ」
俺たちは旧校舎を離れて、講堂の方へと向かった。第二容疑者、給食研究会に会うためだ。しかし。
「うわっ! 臭っ! ここもやられてますね」
「ここもダメか」
「給食研究会……少し気にはなっていたのだけれどね」
次だ次。次は第三容疑者、アニメ漫画研究会。だがそこも。
「うーん。なんかそろそろこの匂いにも慣れてきた感があります」
「卯花。それはお前の鼻がイカれたんだ。トイレで取り替えてきな」
「アニメ漫画研究会……こんなサークルもあったのね」
次だ次だ次! 第四容疑者の……。
「ダメですね、またここもやられてます」
「くそぉ、犯人め。この学校のサークル全てを敵に回す気か!」
「礼君。今日の晩御飯は何が良い?」
結局、疑わしいサークルの全てを回ったのだが、なんの成果もなく、皆うちと同じ被害を受けていた。
俺たち三人は、とりあえずここまでの状況をまとめるために食堂のテラス席に座る。
「いやぁ、どうしましょうか。これじゃ、球技大会自体の中止もあり得ますよね」
「それはない。犯人もそれは本意ではないはずだ。何せ、被害を受けているのは球技大会の有力サークルだけ。弱小や新興勢力は被害を受けてない」
「なら、やっぱり。犯人はサークル同士の権力闘争において、一歩先を行くためにこんなことをしているわけですよね」
球技大会とは、それほどにサークルにとっては巨大なイベントなのだ。ここでの結果が今年一年の権力関係を表すと言っても過言ではない程に。
「とりあえず。今日は帰ろうか、もう6時近い。ほとんどのサークルは片付けに入っている頃だろう」
「ええ。そうですね」
「礼君。帰りにスーパーに行きましょう。今日の晩ご飯はそこで決めるわ」
「了解です。先輩」
立ち上がり、部長が一歩踏み出そうとした瞬間だった。
俺の視界の隅っこが黄色い何かを捕らえたのは。
「部長っ! 危ない!」
「卯花!?」
体は咄嗟に、部長の体を押し除ける。だが、それを躱す余裕はなく、踵で強く踏みつける。
「うわぁ!」
途端に足は摩擦を失ったように大きく滑る。
そう。それは。
俺が全ての体重をかけて乗り上げたのは。
部長を狙った罠──バナナの皮だった。
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