炎の球技大会編

第6話  生牡蠣騒動サークル会議。


「──皆の者、今日集まっていただいたのは、他でもない。聖戦が差し迫っているためだ」


 借りた会議室。その議長席に腰を下ろした部長は、肘をつき手を組みながら、俺たちに言い放った。……あのサングラスはオシャレなのだろうか。


「聖戦? 礼君。なんのことかしら?」

「多分、球技大会のことっすね。」


「そこ! 何を勝手に話している!」

「はっ! すいません!」


 我らが部長……いや、我らが総司令は立腹のようだ。それも仕方がない。

 今日この場に集まれたのは、たったの10名。これじゃあ、サッカーも出来ない。


「よし、卯花! 何故今日、私がここに皆の衆を集めたのか、言ってみろ!」


 名を呼ばれて、立ち上がる。


「はっ! 一昨日未明、飲み会に参加していた同志多数が、生牡蠣によって殉職したからであります!」


「そうだ! その通りだ! よし、座れ! クソ虫!」


「了解であります!」


「では、諸君。対策会議を始めるぞ!」


 ばん! と部長はホワイトボードを叩く。


「礼君。彼女、どうしちゃったのかしら」


「人間には、覚悟を決めたら性格が変わるタイプってのが結構いるんすよ。多分、そんな感じじゃないすかね」


 先輩と小さな声で話していると、四角い眼鏡をした部員の一人が手を挙げる。

 前歯がこれでもかと飛び出したなんともデータキャラっぽい奴だ。


「司令! おいらのデータによりますと、このまま出撃しても勝ちの目はないでやんす! 戦線放棄も一考に加えてほしいでやんす!」


「貴様ぁ! 何者だ!」


「はっ! 二年の毛山 武でやんす!」


「もやまぁ? たけしぃ? 卯花。リストを調べろ!」


「はっ! ただいま!」


 部員の名簿に目を通す。確かに存在している。


「確認しました! 毛山 武! 入学当初からうちのサークルに所属しています!」


「そうかそうか。ならば、分かるだろう? 毛山 武! 略してモブ! このサークルにとって、球技大会がどれほど重要イベントなのか!」


「で、ですが! 仕方ないでやんすよ! この人数じゃ、サッカーにも参加できないでやんす!」


「もういい。腰抜けはここには必要ない」


 先輩は呆れた顔で、指をぱちんと鳴らした。すると、すぐさま隣のスライドドアから二人の黒服が現れる。


「──東キャンパス送りだ」


「「な、なんだって!?」」


 会議室がざわついた。な、なんて酷い!


「東キャンパス? 聞いたことないわね」

 

 震えながら、あんぐりと空いた口を手で覆った俺をよそに、先輩はぽかんとした顔をしている。


「東キャンパス。通称『クソ田舎』。キャンパスというのは名ばかりで、ここから電車とバスで二時間半、周囲にはコンビニの一つもなく、絶えず腹を空かせた獰猛な閑古鳥に狙われる地獄の先のさらなる地獄……」


「へえ。閑古鳥って、どんな鳥なのかしら?」


「さあ? 多分、ハゲタカのことでしょう」


 黒服はじりじりと毛山へと近づいていく。


「来るな! 来るなでやんす! うわぁぁぁー! 誰か、誰か助け……」


「先輩。目を合わせないでください。俺たちには救えない命です」


「元より貴方以外の男と目を合わせる気なんてないわ」


 そうして、一人が退出した。誰もが、何も言えなかった。何せ、東キャンパス送りになった者は、ここに帰ってくるまで、二時間半と二千円弱の出費が確定するからだ。


「よし、他に意見がある者はいるか?」


 しーん。誰もが呼吸をすることさえ恐れていた。なぜなら、何を引き金に東キャンパスに送られるか想像できないからだ。

「ねえ、礼君。今の黒服の人達って、不審者かしら?」


 こんな時でも先輩は肩を寄せて耳元で囁いてくる。ちょっと、興奮します。


「よぉし! 結構結構。自分たちの立場を理解したようだな! さて、卯花!」


「イェッスマム!」


「ここにいる新米のクソ虫どもに球技大会について説明してやれ!」


「イェッスマム!」


 要は一年生に大会のルールとか仕組みを教えてやれという事らしい。


「えーと、まずは……」


 競技は、4つ。サッカー、ソフトボール、バスケ、テニスだ。この中でも、接触の少ないスポーツ、ソフトボールとテニスは男女混合。サッカーとバスケはそれぞれ、サッカーは男子、バスケが女子と分けられている。


「そして、四つの競技それぞれでトーナメントを行い、平均勝率が最も高いサークルが優勝となる! ……以上が、大体の概要っすね」


 ぱちぱち。拍手された。優しい、嬉しい。


「よし。卯花、座れ」


 許可が下りた。よし、どうにか東キャンパス送りは回避出来たようだ。


「優勝すれば、3回飲み会に行ってもお釣りが来るほどの賞金が入る! 貴様ら! 酒飲むのは好きだろぉ!」


「「おぉ!!」」


「なら勝つしかないなぁ!? どんな手を使ってもだ! よし、今から大会までにやるべきことを割り振る! 卯花! 手伝え!」


「イェッスマム!」


 ああ見えて、人をよく見ているようで、適所適材、素早く人を割り振ってゆく。たったの数分で、我が軍は数個の師団に分かれた。


「では、散開! 皆、やることは分かったな!? 行動あるのみだ!」


「「はい!」」


「はいじゃない! イエスマムだろうが!」


「「イェッスマム!


 ぞろぞろと皆一様に会議室を出ていく。

割り振られた俺の役割。それは、単独での斥候。他のサークルの情報収集だ。


「さあ、礼君。どこから行きましょうか」


「あれ、先輩も情報収集でしたっけ?」


「いいえ? 私サークルメンバーじゃないもの。何をしようと勝手でしょう?」


「た、確かに」


 そりゃあ、我らが総裁に命令される謂れもないわけだ。


「んじゃ、とりあえずサッカーサークルから行きましょっか」


 サッカーサークルの縄張りは、部活棟から少し離れたサッカーグラウンドだ。

 土のグラウンドに掘っ立て小屋がが一棟立っているだけの簡易的な場所である。


「先輩。気をつけてくださいね」


「何を?」


「うちのサッカーサークル、すげぇチャラいんすよ。ナンパされても相手にしないようにしてください」


「なら、もっと引っ付かなくちゃね」


 繋いでいた手をそのまま引き寄せられた。しかも……。


「こ、これは!?」


「どうかした?」


「い、いえ」


 今、俺の腕は先輩の豊かな谷間に沈んでいる。まるで、タイタニックが如く。い、いや、これはきっと希望の船だ。ノアの方舟だ。

 ……うん。自分でも何を言っているのか分からない。


「さあ、バレないように行きましょう」


「ええ」


………

……


「メーデーメーデー。聞こえますか? どうぞぉ?」

『こちら作戦本部。聞こえるぞ、卯花軍曹』


 よし、インカムに問題はない。問題があるとするならば、ちりとりの角が踵に刺さってるくらいだ。


「こちらは、今サッカー部のロッカーに潜伏中。くせぇサッカー部の豚どもが目の前で着替えてます。どうぞぉ?」


『その情報はいらないな、軍曹。紫苑はどうしてる? どうせ一緒なんだろ? どうぞ?』


「ええ。先輩なら、グラウンドの外側から見張ってもらってます」


『はっ、結局誰かに取られたくないから近づかせたくなかったんだな』


「……ノーコメントで」


正直、先輩との関係は唐突すぎて自分でもよく分かってはいないのだ。彼女は俺のことを婚約者だと言ったが、どうにも好きという感情にピンと来ない。

 

 勿論、嫌っているわけではない。美人でご飯も作ってくれて、あんなにも健気な人を嫌いにはなれるわけがない。


『素直じゃないなぁ、色男』


「ん、そろそろミーティングが始まるので切ります。また後で」


『武運を祈るぞ、軍曹』


 そっと耳を立てる。すると、聞こえてくる。

 奴らの作戦はどうやら、スポーツそれぞれにおいて、経験者を繰り出し、安定した成績を取るという実に手堅い作戦だ。

 即ち、頼みの綱の数人消せば、大混乱。全ての競技において、ブレが発生すると見た。


 ミーティングは15分ほどが経つと、解散の運びとなった。一人一人ドリンクを持って部屋を後にしていく。


「メーデーメーデー。作戦本部」


 ひそひそと声を出す。


『軍曹? どうした?』


「俺の見立てでは四人消せば、勝てます」


『よし、了解した。奴らには生牡蠣をくれてやろうじゃないか。軍曹。一旦、本部に帰投しろ。作戦会議だ』


「了解!」


 ロッカーを飛び出る。既に皆、練習に向かったので人はいない。


「ふっ、ミッションコンプリートってね」


 そそくさと部室から出て、先輩のものへと向かった。

 なのだが。


「可愛いっすね、先輩。メアド教えてくださいよ」


「私、彼氏いるの」


「それでもいいっすよ。とりあえず交換しましょうよー」


「私、彼氏いるの」


 グラウンドの脇。先輩は三人のサッカー部員に囲まれていた。

 なんともチャラついた印象の三人だ。

 これは危険かもしれない。そう思うと、足は勝手に走っていた。


「おいコラ! 何してんじゃ!」

 

 八つの目がこちらを向く。


「あ? なんだお前?」


「彼よ。私の彼氏……というか、婚約者」


「「え?」」


「血祭りじゃぁぁぁ! この際よぉ! 今やっても後やっても変わんねぇよなぁ!? どうせ球技大会には出れねぇんだからよぉ!!」


 俺は叫び散らしながら、飛び蹴りの姿勢に入る。必殺の一撃。これを繰り出して生きて帰れたものはいない。


「「ひぃ!」」


 三人は鬼気迫る何かを感じ取ったようで、先輩から距離を取る。


「ちっ! 外したか」


 飛び蹴りを外した俺は、どかどかと着地を果たす。すると、サッカー部員の一人が俺の顔を見るなり、口角を引き攣らせた。


「お、おい! こいつ! あれじゃん! テニスサークルの!」


「う、嘘だろ!? こいつが!?」


「ち、畜生! 逃げるぞお前ら!」


 どたどたと土煙を上げながら、三人は逃げていった。にしても、あいつら何をそんなに怖がっていたのか。

 ふぅと息を吐いて、立ち上がると、ズボンについた土汚れを払う。


「ありがとう。礼君。その……かっこよかった」


 照れ隠しに唇を少しだけ尖らせて斜め下に視線を向ける。正直、胸の中にピンク色のハートがあれば、矢にでもブッ刺されていただろう。


「い、いえ。体が……なんか、動いた……ていうか。まあ、いいや、部室に帰りましょ」


「ええ。そうね」


 また腕を組む。けれど、さっきよりも強い力でだ。もしかすると、あの状況が怖かったのかもしれない。


「先輩。またなんかあったら俺頑張ります」


「え? そ、そう。ありがとう」


………

……


部活棟の前に着くと、一階の階段の付近には人だかりが出来ていた。ざわざわと不穏な雰囲気だ。


「これ、なんの騒……えっ! 臭っ!」


「酷い臭いね」


 鼻を覆いたくなるような異臭と嫌な予感がビシビシと全神経を伝う。


「ま、まさか……」


「どうしたの?」


「先輩。なかなかヤバい状況みたいっす。俺の予想じゃ、これは」


「──遅かったね、卯花」

 

階段から部長が降りてくる。その全身を包んでいたのは、ゾンビウイルスでも発生したのかと思うほどに厳重なハザードスーツ。


「部長、これは」


「ああ──カチコミだ。奴ら、くさやと納豆の化合物を部室に放り込んできやがった」


 やはりか。俺は顔を顰めた。

 相手は言わずともわかる。奴らと言われれば、この大学にはおおよそ一つ。


「久々に、こりゃ戦争ですね。あのビチグソ野郎どもぶっ殺してやる」


「ああ。これはラインを超えたな。あいつら。さあ、行こうか、卯花」


「ええ。部長。……先輩はどうしますか? 出来れば、食堂辺りで待ってて欲しいんですけど。危険かもしれないので」


「どこに行く気なの?」


「それは……」


 俺が言おうときたところで、部長に静止された。


「紫苑。私達が行くのは、この大学の闇。最も凶悪とされるサークルだ。行くのなら覚悟した方がいい」


「それは一体……」


「──手芸サークルさ」



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