第3話 現実はいつも残酷だ

 私達が付き合っているということは誰にも言っていない。


 ”俺達同じ部署だしさ、あんま職場でイチャイチャしない方が良いと思うんだ。配慮、っていうかさ。結婚とか諸々決まったら、一緒に報告しよう。それまで、俺達のことは二人だけの秘密、な?”


 そう付き合うことになったその日に言われてから、お昼休みも屋上の隅っこで待ち合わせをしてご飯を食べたし、デートはいつも隣町だし、一緒に帰る時もこうして別々に職場を出て、どこかで待ち合わせるのが当り前。

 だから私は、今も優悟君が部署に出る前に部屋を出て、エントランスで待ち伏せる。


 ここなら多少人はいても、呼び出しやすい。

 いつもはここで待ち合わせるわけじゃないから、不審がる人もいないはずだ。

 きっと何か仕事のことで聞きそびれたことでもあったのかと思ってくれる、そう思っていた……。


「お疲れー」

「お疲れ優悟」


 来た!!

 数人の同僚に囲まれて笑っている茶髪の男性を認めると、私は柱の陰から一歩足を進め──「そろそろ別れた? 根暗のくらげちゃん──水無瀬と」──え……?


 思いがけず聞こえたその言葉に、私は思わず立ち止まってしまった。



  

 くらげ。


 それは私のことを陰でこそこそと言っている子達が使う、私を示す言葉だ。

 くらげを漢字で書くと海月みつきと同じ字になるから、【暗い暗い、根暗のくらげちゃん】、と……。


 何でこの人たち、私たちのこと?

 秘密にしていたはずだよね?

 何で……。

 何で優悟君──笑ってるの?


「あー、くらげね、今距離取ってるから、そろそろ自然消滅させたいなーって。いやー、一か月よく我慢したよね、俺。賭けに負けたばっかりに罰ゲームでくらげに告白とかさ。しかもくらげのくせにオーケーするとか……ツイてなかったわー」


 …………………え……?


 罰、ゲーム?

 我慢?

 くらげのくせに?


 脳みそが、うまく動かない。


「まー、確かに予想外だよなー。くらげお堅そうだし、なんか自分に自信なさそうだしさ、”私なんかが村上君と付き合うなんて分不相応だから……”とか言って断ると思ってたわ」

「俺も俺も!! くらげと付き合うことになったお前を物陰から見てて噴き出しそうだった!!」


 物陰から……あの告白を、見ていた?


 嬉しかった記憶に黒い染みが落ちて、少しずつ塗りつぶされていく。

 これは夢なんだろうか?

 夢なら早く醒めてほしい。




「お前らなぁ……。ま、くらげもひと時の夢が見れたってことで良かったんだよな。あんなでっかいメガネかけて黒髪を一つくくりにしたダサい女、一生男となんてデートすらできなかっただろうからなー。おっと、もうこんな時間か。悪い、これから用事あるから俺行くわ」


「まさかデートか!?」


「りんちゃんから飯誘われてな」


「うわー羨ましい!! りんちゃんて、うちの部署のダントツ可愛い新人ちゃんの佐倉りんちゃんだよな!? 羨ましー!!」


「そりゃくらげかりんちゃんかなら断然りんちゃんだよなー」


「へへっ、そういうこと。じゃ、先行くわ。お疲れー」


「おう、お疲れー」


 

 行ってしまった……。


 足がすくんで、出ていけなかった。

 さっきのことは本当なのか、真偽を確かめることもできないまま。


 痛い。

 痛い。

 心がずんっと重く痛む。


 胸が苦しい。

 重痛い。

 呼吸が、うまくできない。


 この痛みが、夢ではないということを知らせてくる。


 その場に居続けることは出来なくて、私は自分の部署の部屋へとふらふらとおぼつかない足取りで戻っていった。


 現実は……いつも残酷だ──……。

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