鬼畜上司がおかしい

第4話 鬼畜上司に見つかりました


 誰もいない部屋。


 私のデスクの上には、誰かからの差し入れか、イチゴミルクの小さな飴玉が一つ。

 私が知らない間に度々置いてあるそれは、私の秘かな心の支えだ。


 いつもと同じ。

 いつも一人、押し付けられた仕事が全部終わるまで、私は仕事を続ける。


 断ったら、もう、声すらかけてもらえないような気がして。

 一人が怖くて。

 影でいろいろ言われていることを知っていながら、私は彼女たちの言葉を聞いてしまう。


 あぁでも、今日は誰もいなくて助かった。

 だって私、今きっとすごく汚い顔してる。


「うっ……うぅっ……」

 涙が頬を伝って静かに流れる。

 止めようと思うのに、止められない。


「ごめ、なさい……っ。私が……っ、ダメで……っ」


 怖い。

 捨てられるのが怖い。

 嫌われるのが怖い。


 大切なものは皆、私を捨てていってしまう。

 その現実を、私は痛いほど知っているというのに。

 期待して、舞い上がって、でも現実は残酷すぎて……。


 それでも縋ってしまうのは、きっと──。


「水無瀬?」

「!!」


 誰もいないはずの部屋で私を呼ぶ声。

 私は思わず振り返ってしまった。

 ひどい顔をしているのも忘れて。


「和泉、主任……?」

 

 振り返るとそこにいたのは、打ち合わせに出ているはずの鬼主任。


 

「っ、お前、どうした!? 何か──」

「なっ、ナンデモナイデス」


 慌てて顔を背けるも、涙は止まる気配もなく流れ続ける。


「何で片言なんだよ」

「め、目にゴミが入っただけですのでっ!!」

「目にゴミが入っただけでそんなダラダラ涙出るか!!」

「大粒のゴミが!!」

「眼科行け!!」

「ひゃっ!?」


 突然両手で両頬を挟まれ強引に主任の方へと振り向かされる、涙でぐしゃぐしゃになった私の顔。

 涙のせいでメガネが曇って主任の顔がよく見えないけれど、きっとひどいものを見たって顔してる。

 はやく顔を背けたいのに、主任の大きな手がそれを許さない。


「話せ」

「へ?」

「何があったか話せ。話すまでこのままだ」


 鬼!?

 しかもすごい力だから私の力じゃ振りほどけない……!!

 今日は厄日なの!?


 どうにもならない力の差の前に、私は肩をがくんと落とし、抵抗する力を収めた。


「……」

「……」

 なんて切り出したらいいんだろう。


 初彼に舞い上がってたら罰ゲームで仕方なく付き合ってただけでした、だなんて……。

 私が言葉の選択に迷っていると、頭上から大きなため息が落ちてきた。


「村上か?」

「!! 何でそれを……っ!?」

「お前たちが付き合ってることは気づいてた。まぁ、気づいたのは俺ぐらいだろうがな」

「うそ……」


 あれだけバレないように厳重に注意しながら付き合っていたのに……。

 主任っていったい……。


「で? その村上と一体何があった? 別れ話にでもなったか?」

「っ……。……そもそも、付き合うつもりなんてなかった、みたいです……」


 思わず零れた真実に、一気に険しくなる主任の顔。

「おい、詳しく話せ」

「……はい」


 私は観念して、これまでの経緯、最近の二人の距離感、そして先ほど見て聞いたことを、全て主任に話した。


 

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