第9話 カットをしていきますね~
「それでは、席の方へご案内しますね~。足元にお気を付けください」
(たんたん、と二人分の足音が続く)
(女性が椅子の後ろに回って動かし、主人公を招き入れる)
「こちらへどうぞ~」
(ぎしっと、椅子に座る音)
(くるん、と少しだけ回転する音が上がる)
「では、こちらから腕を通してくださいませ~」
(ばさっと、主人公の目の前に真っ白なカットクロスが広がって降りる)
(主人公がしゅるしゅるっと腕を通し、首の後ろの方で留める音)
「首は苦しくないですか~」
「は~い。
それでは、カットをしていきますね~。よろしくお願いします」
「……もう、なあに? いきなり笑い出して~」
「がちがちになってる?
だって、……それは、緊張するわよ~。
頭を洗うのは失敗しても何とかなるけど、カットは切り過ぎたら終わりなのよ~」
「……昔は思い切りが良かった? 確かにそうだけど~。
今は大きくなったんだから、少しは気にするのよ~」
「え? 少しなのかって?
ふふっ。……あなたと話していたら、少し楽になったからかしら~。少しは思い切りが良くてもいいかな、って」
「お手柔らかにお願いします?
ふふっ、わかったわ~。少し考えるわね~」
「ふふふっ。……じゃあ、切っていくわね~」
(しゃき、しゃき、っとハサミを入れる音)
(ぱら、ぱらっとカットクロスに切られた髪の毛が落ちていく音が流れる)
「あなたの髪って、昔から綺麗よね~。お手入れってしているの~?」
「え? 何もしていない?
あらあら~。それは、世の中の女性が羨ましがりそうね~」
「……え? 私? 一応しているわよ~。
だって、美容院の人間の髪がぼさぼさだったら、美容院の質が疑われるでしょう?
だから、どんなに眠たくても、手入れだけは欠かさない様にしているの~」
「……あら~、ありがとう。
普通に当たり前のことをしていると思っていたから……褒められるなんて嬉しいわ~」
「しかも、私の方が綺麗って……いつの間にお世辞が上手になったのかしら~。
でも、ありがとう。一応受け取っておくわね~」
「なあに? 聞こえないわ~。……え? 本音?
……もう。いきなり言うのも変わってないんだから~……ちょっと恥ずかしいわ~」
「……今日は、疲れているのに、休日まで付き合ってくれてありがとう。
今日はたくさん、癒されて帰って欲しいわ~。
やっぱり、後はカット次第よね~」
「……もう充分癒されている?
だといいんだけれど~……私はまだまだ見習いだから、もっと癒される様に頑張るわね~」
(しゃき、しゃきっと髪にハサミが入る音がしばらく響く)
「……本当に綺麗な髪だわ~」
(女性がすっと、首の裏を少しだけ撫でる様に後ろ髪を取りながら)
「(囁く様に)……昔から変わらない、私の好きな髪よ~」
(がたんっ! と激しい椅子の音)
「え? あら、どうしたの~?
髪からハサミが離れていたから良かったけど、危ないじゃないの~」
「え? 私が変なことを言ったから?
……私、何か言っていたかしら~」
「……。……もしかして、心の声を口に出していたのかしら~」
「……。……でも、本心だから、別にいいわよね~」
「……顔が赤い? 気のせいよ~。
……あなたの顔も、赤いわよ~」
「誰も見ていなくて良かった?
そうよね~。今までのこのやり取りを店長が見ていたら、私はいつまで経っても一人前にはなれないぞって怒られているかも~……」
「え? そういう意味じゃない?」
「何でわからないって、……どういう意味かしら~。
あなたって、時々わからないこと言うわよね~」
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