「これでいいのか・・?」

颯太に渡された服を着てみる。

白いパーカーに黒いジャケット、黒のパンツというものを着ているのだが、なんとなくいつもより男らしくなった気がする。

いつもは服を着るのが面倒くさいので、着慣れてきたロンTにジーパンしか着ていない。

今日もそれで行こうとしたのだが、颯太に折角だからと渡されたのだ。

「いいじゃん!」

颯太はそう言って、ジャケットのゆがみを直してくれる。

「行こうか」

颯太が鞄を持って玄関に向かう。

「あのさ、颯太」

「ん?どうした?」

「いつもありがとう」

「どうしたの?突然」

「なんかすごい世話になってるなって思って。ちゃんと言っておきたいなって思ったから」

「いや、俺こそクロバくんに感謝してる」

「僕に?」

「最近は一緒に過ごすのが、楽しくなってきてるからさ。最初は正直一緒に住むことになってから、ちょっと不安だったんだよね。でも、クロバくんって純粋で素直で、何事も一生懸命でさ、今の俺にないものたくさん持ってて、気づいたら俺の方がたくさん教わってるし、救われてる。・・・で、クロバくん、なんで頭をこっちに向けてるの?」

颯太が困った顔をしている。

「あ、ごめん」

颯太は「ほんとクロバ君は面白いな」と言って、ぽんぽんと頭を撫でてくれた。


「こっちー」

奈々ちゃんが少し離れたところから手を振っている。

水色のワンピースに白のカーディガンを着ている。

近づけば近づくほど、奈々ちゃんの笑顔が見えてきて、ドキドキする。

恥ずかしそうにはにかんだ笑顔が、たまらない。

「じゃあ行こうか」

今日は一緒にお昼ご飯を食べて、お買い物に行って、ケーキを食べる予定だ。

ケーキは僕のリクエストだ。前から奈々ちゃんが家で食べていて、ちょうだいとねだってもくれたことなかったから、この機会に食べたいとお願いしたのだ。

お昼は、颯太のおススメのいたりあんに行った。

奈々ちゃんと颯太がぱすたというものを頼んでいたので、同じものを頼んだのだが、フォークが上手く使えない。

「クロバくん、口の周りすごいよ」

奈々ちゃんが笑っている。颯太におしぼりを渡されて、口の周りを拭くと、おしぼりがオレンジ色だ。

恥ずかしいけど、奈々ちゃんが笑ってくれているならそれでいい。

「そういえば、クローバーは見つかった?」

奈々ちゃんは静かに首を横に振った。

「すごく心配だけど、あの子は外での生活も長かったし、大丈夫って信じて待つことにしたの」

(奈々ちゃん・・・)

「クローバーには、希望や幸福、愛情という意味があるんだ。だからきっと大丈夫だよ」

(僕の名前にはそんな意味があったのか)

「そういえば、クロバとクローバーって名前似てるね」

颯太にそう言われてドキっとする。

「確かになんだかクローバーに似てる気がする」

そういって奈々ちゃんまでふふと笑った。

「ぼ、僕は人間だよ」

「それはわかってるよ」

2人同時にそう言うと、くすくす笑った。

ご飯を食べた後は、海の近くのショッピングモールに出かけた。

ここにはたくさんの人がいて、圧倒される。

颯太がお手洗いに行くというので奈々ちゃんと待っていると奈々ちゃんが小声で話しかけてくる。

「明日ね、颯太君の誕生日なんだよ」

「そうなんだ」

「それでね、誕生日プレゼントを買いたいから、さり気なくほしいものを探ってもらえないかな」

ショッピングモールは奈々ちゃんのリクエストだった。女の子は買い物が好きと聞いていたので、奈々ちゃんも買い物が好きなんだなとのんきに考えていたが、本当はプレゼントで何がいいか探りたいから行きたいといったのだ。

(悔しい・・・)

奈々ちゃんが頬をピンクに染めてお願いのポーズをしている。

そんなの断れるわけがない。

僕はコクリと頷くしかなかった。

そこからは颯太がほしいなとかあったらいいなと言っているのを聞き逃さないようにして、さり気なく「色は黒がいいのか?」と確認したりした。

悔しいが、すべては奈々ちゃんの笑顔のためだ。

ふと、お店にある鏡をみると、人間の顔をした自分が写っている。

姿形は人間だ。ずっとなりたいと思っていた人間になっている。

でも、形が変わっても、奈々ちゃんとの距離は変わらない。

すぐ隣で奈々ちゃんと颯太が楽しそうに帽子を選んでいる。

気持ちが負けそうだ。

そっとズボンのポケットに触れる。

(それでもこれだけは渡して伝えるんだ)


ショッピングモールをある程度見終わると、奈々ちゃんのおススメのケーキ屋さんへ向かうことになった。

ショッピングモールを出て、大通りの前で信号待ちをしていると、後ろから子供たちがはしゃぎながらこっちへ向かってきた。

前を向いていない子供が、走ってきて奈々ちゃんの背中に思いっきりぶつかった。

前へこけそうになって、立て直そうと奈々ちゃんが足を前に出す。

道路の方に奈々ちゃんの体が出ていく。

(危ない)

奈々ちゃんの腕をつかんで、歩道に引っ張ると、その反動で自分の体が道路に出ていく。

どんと倒れて、右をみるとトラックが近づいてきている。

立ち上がるまでにこのままでは轢かれるのが一瞬で分かった。

猫の身体だったら助かっただろう。

ズボンのポケットに触れる。

(奈々ちゃん…)

奈々ちゃんの驚いた顔が見える。

「クローバーくん!」

それが僕の最後に見た景色だった。


「クローバー、おいで」

名前を呼ぶと、クローバーは「にゃあ」と甘えた声をだして飛んできてくれる。

「今日は無事に帰ってきたお祝いにケーキ買ってきたよ」

そう言って猫用のケーキをクローバーに差し出した。

クローバーは私にとって大事な家族だ。

先月いなくなってしまった時には、本当に心配でたまらなかった。

もう会えないのかと思っていたら、傷だらけで先週帰ってきた。

けがは大したことはなく、翌日から元気に餌も食べている。

ただ最近なんだかクローバーを見ていると、大事な友人を思い出す気がする。

忘れてしまったけれど、すごく大切な友人が私にはいた気がするのだ。

さらに不思議なことに、颯太の家に遊びに行った日に色んなものが2つあって、まるで誰かと住んでいたような状況になっていた。浮気を一瞬疑ったが、気づいたらこの状況になっていて、大事な人を忘れているのかもしれないと颯太も言っていた。

本当に不思議な感覚だ。

「ねぇ、クローバー。私なにか大事なこと忘れちゃったのかな?」

クローバーはちらりとこちらを見て、「にゃお」と言った。

「少し寒くなってきたね」

空気の入れ替えで開けていた窓を閉めようとすると、すっと風が入ってきて、はらりと紙が一緒に部屋に入ってきた。

「何だろ?」

折り畳まれた紙を広げていく。

“ぼくは、ななちゃんのえがおがだいすきです。ぼくはななちゃんのしあわせをねがっています”

つたない文字がでこぼこに並んでいる。

どうしてか涙があふれてくる。

クローバーが顔をぺろぺろと舐めてくれた。





僕の名前は、クローバーである。

1万分の1でしか生えてこない。幸運の葉っぱと同じ名前だ。

奈々ちゃんの幸せだけを願う。

僕は、奈々ちゃんの四葉のクローバーだ。

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四葉のクローバー 月丘翠 @mochikawa_22

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