③
「ありがとうございましたー」
僕が一日の中で一番いうセリフだ。お客が帰るときには必ず言わねばならないと教わった。颯太の叔父さんは、優しくて、色んな店での礼儀を教えてくれる。
スノーリーフでアルバイトとして1週間働いて、掃除や皿洗いなどはマスターした。
ただ字を書くことと読むことが出来ないため、注文を取ったり、レジをやるのは厳しい。叔父さんに「注文とってみるかい?」と聞かれた時に、ストレートにそう答えたら、「じゃあ出来ることを磨いていこう」そういってそれ以上何も言ってこなかった。
「こんにちはー!」
奈々ちゃんがやってきた。奈々ちゃんは月、水、金、土日のどちらかにはくる。
シフトはもちろん把握済みだ。ただ最近は雑誌でお店が紹介されたとかで、他の日にも来てくれることがある。
「クロバくん、もうここの仕事慣れた?」
「うん、慣れた」
「1週間でこれだけできたらすごいよ」
奈々ちゃんが褒めてくれる。それだけで僕は幸せだ。
「クロバくん・・?なんで頭を向けてくるのかな?」
奈々ちゃんが困った顔をしている。
「あ、ごめん」
つい猫の時の癖で褒められると頭をなでてほしくなってしまう。
「別にいいけど。クロバくんは面白いね」
奈々ちゃんの笑顔が満開に咲くと、胸がどきどきしてしまう。
ランチの時間になるとたくさんの人がやってくる。
配膳は、叔父さんや奈々ちゃんに「これをあのテーブルに」と言われると持っていくことはできるので、忙しい時間はホールにも出る。
奈々ちゃんは仕事をこなしつつ、僕のサポートもしてくれる。
どれだけ忙しくても、笑顔を絶やさずに接客し、もちろん僕にも微笑んでくれる。
窓から差し込む光が奈々ちゃんにあたって、奈々ちゃんがキラキラ光って見える。
何をしてても、奈々ちゃんを目で追ってしまう。
何とか気持ちを抑えて、問題なくランチの時間を終えると少し落ち着いてきた。でも、1時間もすれば今度はカフェタイムで人が増えるので、結局大体どの時間も割と忙しくなる。
「ちょっと落ち着いたね」
「奈々ちゃん、クロバくん、休憩とっていいよ」店長にそう言われて、奥の休憩室に奈々ちゃんと一緒に入る。
忙しい1日の中で、1番の至福の時間だ。
「ねぇ、クロバくんは、好きな人とかいる?」
突然聞かれてドキっとする。
奈々ちゃんを見ると、少し恥ずかしそうにしてこちらを見ている。
「・・・大事な人はいるよ」
「そっか」
奈々ちゃんが頬杖をつきながら、コップのふちをなでている。
「クロバくんは好きな人の前でも自分らしくいられる?」
「自分らしく?」
「なんか私いつも好きな人の前ではダサいところ見られたくないとか、バカって思われたくないとか色々考えちゃってなかなか言葉が出てこなかったりするんだよね」
確かに颯太の前の奈々ちゃんとお家にいる時の奈々ちゃんは違う。
家では大声で笑ったり、泣いたり、パパさんと喧嘩したり、表情がコロコロ変わるけど、颯太の前では口数も少なく、ただニコニコと微笑んでいる気がする。
「自分らしくいたいのにな。その方が上手く話せるはずなのに」
「自分らしくってどういう意味?」
僕が聞くと奈々ちゃんが困った顔で少し考える。
「うーん、自分の価値観とか性格とかを優先してる?みたいな。なんかわかる?自然な自分のままにみたいな感じ」
「難しいことはわからないけど、颯太の前の奈々ちゃんも、普段の奈々ちゃんも、どっちも奈々ちゃんだし、どっちの奈々ちゃんも僕は可愛いって思うよ」
奈々ちゃんは驚いた顔をして、その後すぐに顔が赤くなった。
「私の好きな人がなんで颯太くんって、そんなこと・・・。絶対誰にも言わないでね」
そう言って恥ずかしいそうに顔を伏せた。
「あとクロバくん、そういうこと他の人に言っちゃだめだよ」
「そういうことって?」
「だから・・その、かわいいとか」
奈々ちゃんが耳まで真っ赤になっている。
「可愛いって奈々ちゃんもよく言ってるのに」
「言ってない!」
奈々ちゃんが休憩室に置いてあるお手製のチラシに目線をやった。
僕の写真と探していますと書かれている(らしい)
「私、クローバーの前では自然でいられるんだよね。パパやママに言えないことも何でも言えるし、どんな時も傍にいてくれてさ」
奈々ちゃんは、また机に突っ伏した。
「ねぇ、クロバくん。見つかるかなぁ、クローバー」
「見つかるよ、きっと」
「嫌になっちゃったのかな・・・。いつも愚痴ばっかり聞かせてたからなぁ」
「絶対そんなことない!」
悲しげに伏せた顔をぱっと奈々ちゃんが上げた。
「絶対、クローバーだって家帰りたいって思ってるよ。奈々ちゃんのところに戻りたいって思ってる。きっと事情があって帰れないだけで」
「・・・まるでクローバーの気持ちがわかってるみたい」
「いや、そういうわけじゃなくて。そりゃそんなに飼い主に大事にされてる猫ちゃんが家出するわけないなって思っただけで」
「・・・ありがとう」
奈々ちゃんは、ふふと微笑むと、また「クロバくんは面白いね」と言った。
「奈々ちゃん、今度・・・」
奈々ちゃんが好きなドラマで見たことがある、好きな人同士はでーとに行くと。
イケメンの若造が、かわいい女の子に言っていた。
“今度一緒に出掛けませんか?”
その後二人でお出かけをしていた。
この魔法のセリフを言えば、こんな短い休憩時間じゃなく、ゆっくりと奈々ちゃんと話せる。
それに元気のない奈々ちゃんもでーとに行けば元気がでるかもしれない。
言葉を発しようとすると、胸がどきどきして、鼓動が外まで聞こえそうだ。
「あの、今度・・・」
奈々ちゃんの後ろに水越と書かれたロッカーが目に入った。
『私、颯太君って男の子のこと好きなの』そう言って自分を抱きしめてくれた日が蘇る。
(奈々ちゃんの笑顔が僕の一番だ)
「今度・・・、今度颯太くんと3人でお出かけしない?」
(どうして、颯太まで声をかけてしまったんだろう)
キッチンで皿洗いをしながら、お店のカウンター近くで楽しそうに颯太と奈々ちゃんが話しているのをただ後ろから見てるしかない。
奈々ちゃんのそばで仕事が出来るように、少しずつ文字を颯太に教えてもらっているが、なかなか覚えられない。
(悔しい・・・)
振り返った奈々ちゃんがニコリと笑いかけてくれる。
ドキドキして顔が赤くなる。
微笑み返したいが、上手く表情が作れない。
人間になって慣れてないからだろうか、それとも、
“なんか私いつも好きな人の前ではダサいところ見られたくないとか、バカって思われたくないとか色々考えちゃってなかなか言葉が出てこなかったりするんだよね”
奈々ちゃんの言葉が蘇る。
奈々ちゃんもこんな気持ちなのだろうか。
(やっぱり悔しいな)
「クロバくん、寝ないの?」
颯太が眠たそうな欠伸をしながら、ふらふらとこっちに歩いてくる。
「もう少し文字の勉強してから寝る。夜の方が集中出来るんだ」
僕がそう言うと、「無理しないようにね」と言って、颯太はベッドに入った。
「あ、明日は奈々ちゃんと遊びに行く日だからね、8時には起こすから」
ベッドから眠たそうな声で颯太が声をかけてくる。
「わかった―」
明日は奈々ちゃんと遊びに行く日だ。
奈々ちゃんが嬉しそうに笑う顔が浮かぶ。
思い出すと、今すぐにでも会いたくなる。
(明日絶対渡すんだ)
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