第17話 収監

「大したことないよ、ただの過労だね。しばらく寝かせとけば目を覚ますさ」


 ベッドに寝かせたジャルガルに毛布を掛け、長い鉄色の髪の毛を垂らした男が僕を見た。

 大嫌いなトゥルムの、ねっとりとした声。でも、その内容に僕はほっとしてしまう。

 気を失ったジャルガルを抱えた僕は、またスクロールを使って研究所に来ていた。他に行ける場所なんてなかったし、少なくともここの人たちならジャルガルを助けてくれると思ったから。


「最近碌に寝てなかったみたいだしね、まあそのうちこうなるとは思ってたよ」

「……ふうん」


 温かいところに置いたからか、ジャルガルの顔は少し血色がよくなっているようだった。そっと肉球で触っても、ほんのりとした温かさを感じる。


 ——もう、大丈夫かな。


 本当は、ジャルガルを置いたら僕はすぐに立ち去るつもりだった。だが、ここについた瞬間スクロールが燃えかすのようになり、「役目は終えた」とばかりに消えてしまったのだ。

 回数制限があるのは知ってたけど、このタイミングで切れるなんて聞いてない。

 内心焦る僕にトゥルムが持ち掛けてきたのは――当然だけど、僕の再収容だった。ジャルガルの治療と引き換えに、僕に牢屋に戻るように言ってきたのだ。

 手錠で連結された手を下ろす。尻尾を振ると、首輪から伸びた鎖が音を立てる。その先を握るのはトゥルムだ。前の手錠より改良されているようで、つけているだけで全身が重くて仕方ない。


「いやー、それにしてもずいぶん大きくなったね。どうしてるのかなって心配してたんだよ」


 白々しい。どうせ嘘だろ。仮に心配してたとしても、それは自分の立場とかだろ。僕が睨みつけると、「ほら」とトゥルムが僕のボロボロになった尻尾に手を伸ばしてきた。

 気持ち悪い。以前そうやって切り落とされたことを思い出し、尻尾を引いて顔を顰める。慌てたように、取り繕うような笑みをトゥルムは僕に向けた。


「逃……いなくなっちゃった時は焦ったけど、戻ってきてくれてよかったよ。随分と拒絶反応も出てきてしまっているみたいだし、このままだと死んじゃうところだったからね。ジャルガルにもそう言ってたけど、なかなか連れてきてくれなかったし」

「……え? 死んじゃうってなに? 僕が?」


 何の話だ。思わず僕が聞き返すと、トゥルムの笑みが深くなった気がした。


「あれ、知らない? 大人になると拒絶反応が強く出てくるようになるんだ。パーツに使ってる動物の成長速度も違うし、放っておくと細胞がバラバラになって腐っていっちゃうんだよ」

「……あっ」


 双子を使った実験のことを思い出した僕は、毛が抜けて地肌の見える両手を見下ろした。


 ——最近むやみに痒いなとは思っていたけど。


「大丈夫だよ、君がそうならないようにするから」


 そう言うトゥルムの口元はにやにやとしているけれど、目は全く笑っていない。絶対嘘だ。確証なんてないけれど、そう思う。


 ——そんな……


 考え込んでいる間も、粘つくようなトゥルムの視線が僕の全身を舐めていく。


「ん、う……」

「ジャルガル!」


 小さな声に振り向くと、ジャルガルが薄目を開けていた。

 ぼうっと部屋の中を眺めたジャルガルが、僕を見て少しだけ笑った――ように見えた。


「ああー……ノカイ、よかった……」

「な……なにさ」

「朝ごはん……準備してる、から……帰ろ、な」

「……焦げてたよ、それ」

「あ、あー……れ? そうか……」


 状況が分かっていないようで、珍しくふわふわとした表情のジャルガルを見下ろす。無防備な様子に、ぎゅう、と僕の胸が苦しくなった。


 ——これも、全部、嘘なのか。


 でも、やっぱり、ジャルガルが目を覚ましてくれてよかったと思ってしまう。笑いかけてくれて、それだけで泣きたいほど嬉しくなってしまう。

 ぬっと伸びてきた手がジャルガルの額をつつくと、またジャルガルの目が閉じる。なに勝手に触ってんだ。思わず僕が唸ると、怯えたようにトゥルムが手を引いた。


「ほ、ほら……ジャルガルも疲れてるだろうし、寝かせてやろう?」

「……うん」


 睨みながら頷くと、トゥルムは僕の首に繋がった鎖を引っ張った。


「な、ほら、新しい部屋に案内してやるから。君の体のことも、詳しくはそっちで話してあげるよ」

「ジャルガルは?」

「め……目を覚ましたらまた会えるようにするよ。しばらくそっとしておいてやろう、な? その方が回復も早くなるし」


 それでも僕がジャルガルを見下ろして立っていると、軽く首輪を引かれる。


「行こうか、ノカイ」

「……嘘じゃ、ないよね」


 トゥルムを睨み上げると、「もちろん!」と張り付いたような笑みが答える。絶対本心なんかじゃない。牙をむき出しにして威嚇するものの、今の僕にそれ以上できることはない。

 観念した僕は、ゆっくりと立ち上がって部屋を後にした。

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