第12話 発情期
「うぅ……」
自分の声に僕が目を開けると、部屋の中は薄い朝陽で満ちていた。壊れた窓から差し込む光で埃がキラキラと輝いている。
——夢……だったの?
変な夢だった。僕のことを誰かが見ている、悲しくて、怖い夢。起きた瞬間はくっきりと覚えていたはずなのに、いつものように数回瞬きをするうちに夢は僕の中からさらさらとこぼれ落ちてしまい、なんだか足の裏が焼かれているような、どこかで感じたような焦燥感が後に残る。
でも、全身が熱いことだけは夢じゃなくて現実だった。手足の先まで脈打っているように苦しくて、特にお腹の、というか股間のあたりがじんじんする。痛痒いような、くすぐったいような、切羽詰まった感じ。
足をもぞもぞとさせて寝返りを打つと、隣のジャルガルが寝ぼけ眼を開いた。昨晩僕が切りつけてしまった腕は、当たり前だけど治っていない。
「んん……なんだ、ノカイ……」
「ジャ、ジャルガルぅ……」
僕を適当に撫で回してくるジャルガルに頭を擦り付けると、さらに下腹部のあたりが熱くなってくる。僕の体はどうなってしまったんだろうか。
「なんか、体が熱いの……病気かも」
「……え?」
ジャルガルが跳ね起きる。
「熱? どうした? 体が戻らないせいか?」
べたべたと顔を触る指先が、僕の首に触れた。ぴりりとした、雷を受けたときに似た感覚が全身を走る。
「あんっ」
甲高い、変な声が僕の口から漏れた。自分でも聞いたことのない声にびっくりして口を押さえる。ジャルガルがはっとした顔になった。
「……発情期か。そうかお前動物だもんな……」
「な、なにそれ」
「あー、教わってないのか……」
頬をかいたジャルガルが、うろうろと天井を見上げる。
「そうだな……ううん……ノカイが大人になって、交尾できるようになった……ってことかな」
「ぼ、僕ずっと前から大人だよ!」
「いや、年齢的なことじゃなくて、体の方」
「からだ……?」
意味が分からない。
「ほら、最近のノカイ、身長伸びたり声変わりしたりしてきてただろ。その姿から戻れないのも、考えてみればそのせいかもな」
ジャルガルの指が僕の耳を軽く引っ張る。それだけなのに、全身がぞくぞくと震えてしまう。
「それじゃあ、ジャルガル……僕、どうしたらいいの?」
体を丸めながらジャルガルを見上げると、「うっ」と草色の目が泳いだ。
「どうってなあ……あー、そのなあ、自分でこう、触って……」
「……どこを?」
それに、こんな手で触れるだろうか。ぬるりと指先から伸びた爪は、たとえそれが自分でも人間の皮膚を簡単に切り裂いてしまう。
「ああーっ! もうっ!」
目を閉じて叫んだジャルガルは、そのまま両手で顔を覆った。
数秒間その姿勢のまま固まってから深呼吸をし、それから何かを決心したかのようにゆっくりと手を外す。組んでいた足を広げ、その間を叩いた。
「座れ、ノカイ」
「ん……」
熱っぽい体を起こすと、ジャルガルが僕の腰に手を伸ばしてきた。引っ張られるまま、ジャルガルのお腹に僕の背中をくっつけるよう抱きかかえられる。
「いいかノカイ、絶対に、俺に爪立てんじゃねえぞ」
「うん」
角がジャルガルの頭にぶつかる。低く唸るような声は直接僕の中に吹き込まれてくるようだった。
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