第11話 夢・前線のこと

 ――熱い。


 目を開けると、辺りは火の海になっていた。何が起きたんだ。パチパチという音に混じって聞こえる咆哮に、ああそうか、と理解する。


 ――あいつに家ごと吹き飛ばされたんだ。


 西の騎獣部隊、その中でも最強と言われるキマイラが前線にまで出てきたのは、ここ最近のことだ。

 生半可な火器や魔法なら跳ね返す鱗、そしてこちらの障壁や鎧などものともしない爪と牙。ようやっと傷をつけたとしても一晩で治ってしまう回復力。走れば馬より速いし空まで飛んで炎や氷を吐く。おまけに必ずそこに乗っている馭手とやらは西国でも精鋭の魔法戦士と来ている。


 ――こんな寄せ集めが、勝てるはずない。


 こちとら数カ月前まで学生である。ちょっと魔法が使えるからって招集されても、できることはほとんどない。

 今だって小隊ごとに家の陰に隠れながら包囲していく――つもりが、呆気なく家ごと吹っ飛ばされたのだ。教授の理不尽さには毎日うんざりしていたが、今の方がよっぽど理不尽でクソだ。

 むせながら体を起こすと、見晴らしの良くなった町並みの中で暴れる異形の怪物が見えた。全身があらゆる動物の継ぎ接ぎでできた、いくつもの命をすり潰し、捏ねまわした結果生み出される冒涜的で醜い化物。


 馬車ほどの体躯をしたそいつは、体の所々に生えた鱗をピカピカと炎で輝かせながら、楽しそうに街を破壊していた。民家を壊して火を吐き、炙り出された兵士たちを叩いている。

 兎狩りのようだ、と思う。いや、首のあたりを叩かれて尻尾を振っているあたり、「ようだ」ではなく、あの生き物にとっては同じことなのだろう。

 失敗したら隣の班と合流だとかなんだとか言われていたけれど、彼らがいたはずの場所も更地になっている。どうしたものだろうか。


「が……ぁ」


ぼうっと座り込んでいると、小さな声がすぐ横から聞こえた。見ると、隣にいたはずの射手の腕だけが瓦礫の間から出ている。


「……守ってやれなくて、悪かったな」


 どう頑張っても自分には動かせない壁を見つめて、おざなりに呟く。

 彼を守り、障壁を張るのが自分の役目だった。申し訳ないとは思っている。でも、そもそもそんな役目を俺に任せることが間違いなんだという言い訳めいた気持ちの方が強い。呪文を唱えられるのと、うまく使いこなせるようになるのは別の話だ。

 炎を纏って吹き付けてきた風が、じりじりと肌を焼く。獣の咆哮と、多分人間の叫び声と、また家の倒壊する音が重なる。

 びくり、と射手の腕が大きく痙攣し、それからぐったりと垂れ下がった。自分もすぐにこうなるんだ、と思った瞬間、嫌だ、と頭の中で本能が叫んだ。


 ――こんな所で、死んでたまるか!


 戦場を我が物顔で駆ける怪物に背を向け、恐怖に突き動かされて駆けだす。煙を吸い込んだ喉が痛み、目に涙が滲む。国のことも水利権も知ったことか。そんなことが言えるのは生きている奴だけだ。とにかくこんな所にいてはいけない。早く逃げるんだ。


 遠くへ、とにかく遠くへ。

 必死で走る俺の全身を、燃え広がる炎が包んでいく。

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