日常に潜む世界の修正力
新入生が入学してしばらくすると学園全体も落ち着いてきます。生徒会の仕事も一段落し、余裕が出てくるようになりました。特に丸二年も生徒会で働いている三学年生のわたくしたちは段取りをよく知っているので尚更です。
五月になると作業中にも雑談をすることが多くなりました。殿方はそれでも仕事関係の話が多いようですが。
とある日の放課後、わたくしが副会長の席で書類を読んでいると周囲がざわついてきました。作業が一段落したのでしょう。
生徒会長の席に座るメルヴィン様がローレンス殿に顔を向けられました。ハミルトン殿との会話が一段落してから話しかけられます。
「ローレンス、今年の一学年生はどうだい」
「可もなく不可もなし、というところですね。誰を生徒会に誘おうかみんなで相談していますけど、もう少し時間がかかりそうです」
「何も突出した人物である必要はないからな」
「ええ、わかっていますよ」
殿方同士で話をされているのとは別に、ジェマとアーリーンも流行の小物について熱心に話し込んでいました。今年は羊を模した物が流行しているらしいです。
いずれも生徒会の日常風景ですが、今回は少し様子が違いました。ジェマが席から立ち上がってわたくしたち全員に声をかけてきます。
「フェリシア様、王太子様、今度のお休みに街へ行きません? みんなで一緒にお買い物をしたいんです!」
「みんなというのは、ここにいる六人でということかい?」
「そうです! あたしたちが生徒会に入ってから、一度もみんなで行ったことないじゃないですか」
「なるほどな。フェリシア嬢はどう思う?」
「よろしいのではないですか。次のお休みでしたらわたくしも空いていますし」
話を振られたわたくしはメルヴィン様にうなずきました。皆さんとはこれほど仲が良いのですから楽しいお買い物になるでしょう。
室内がより一層騒がしくなる中、ハミルトン殿がアーリーンに笑顔を向けます。
「アーリーン、良かったな! みんなと一緒だから堂々と俺と一緒にいけるぞ!」
「ちょっとハミルトン様、大声で言わないでくださいよ」
「もしかして、これってアーリーンの発案ですの?」
「そうなんですよ、フェリシア様! 王太子様も一緒だったらみんなの注目がそっちに逸れるから行きやすいんじゃないかって!」
「ジェマ!」
いとも簡単に婚約者と友人に思惑をばらされたアーリーンはうつむきました。肩が震えていますね。あれは当分あのままでしょう。
この様子ですと当日のお買い物も賑やかになりそうです。
お買い物の当日、わたくしたちは学園の駐車場で馬車に分乗して出発しました。六人がそれぞれ馬車を用立てるとさすがに多いので、わたくしの馬車にご令嬢を、メルヴィン様の馬車に殿方を乗せて街へと向かいます。
馬車の向かう先はサンライト商店街という裕福層向けの商店街です。平民たちが日々利用する市場と違ってこぎれいで馬車の往来も珍しくありません。歩いているのは大抵が使用人たちですね。
最初に立ち寄ったお店は衣服の仕立屋でした。
「今年は婚約もしたんで、うんといいドレスを着て踊りたいわ!」
「ジェマ、わかったから、じっとしているんだよ。ほら、寸法が測れなくて
「ハミルトン様、今年はどんなドレスがいいと思います?」
「明るく派手なのがいいんじゃねぇかな」
「えぇ」
お店にやって来ても四人の調子は生徒会室と変わりませんでした。しかし、いつもより婚約者同士の距離は近いようで、メルヴィン様は微妙な笑みを浮かべていらっしゃいます。逆にわたくしなどは大変喜ばしい光景なので微笑ましく眺めていました。このまま仲睦まじく愛を育んでほしいものですね。
ちなみに、わたくしは先日仕立屋に部屋まで出向いてもらって既に寸法を測りました。よって、ここでは見ているだけです。
などと思っていると、ジェマから声をかけられます。
「フェリシア様、二つの生地から選ぼうと思うんですけど、どちらがいいと思いますか?」
「こちらの方が上質で滑らかですけど、もうひとつは光沢がよろしいですわね。わたくしでしたらこちらを選びますわ」
「こっちですか。どうしようかなぁ」
「フェリシア様、これってちょっと派手すぎると思いませんか?」
「それほどとは思いませんわね。もっと派手でもよろしいのでは?」
「ほら言っただろ!」
「そんなぁ」
色々と迷うらしいジェマとアーリーンから意見を求められ、それに答えると迷いを吹っ切れない声や婚約者からの後押しに戸惑う声が返って来ました。これはこれで面白いですわね。
仕立屋での採寸や相談が終わると他にも宝石商や小物商などを回りました。
宝石商ではわたくしも少し見て回って気に入った物をいくつか買います。その様子を見ていたジェマとアーリーンが目を剥いていました。どうやら値段も聞かずに買ったことに驚いていたようです。最近はすっかり忘れていましたが、前世ではわたくしもあの二人と同じ感覚だったのですよね。随分と変わったものです。
次いで小物商ではローレンス殿とハミルトン殿が婚約者に何かしらの小物を買おうとしていました。これは後でジェマから聞いた話ですが、殿方が自分の買った物を夏の舞踏会で身に付けてほしがったからだそうです。
そうやって買い物を楽しんでいますと、ローレンス殿とハミルトン殿がメルヴィン様に近づいて何やらひそひそ話を始められました。少し離れた場所でわたくしをちらちらと見ながら殿方三人での密談です。ローレンス殿とハミルトン殿の二人は怪しい笑顔を浮かべ、メルヴィン様の態度は次第に落ち着かないものになっていきました。
やがてやや緊張された様子のメルヴィン様がわたくしに近づいていらっしゃいます。
「フェリシア嬢、何か気に入った小物はあったかい?」
「はい? あー、えーっと」
目的は何であれ、メルヴィン様がわたくしに何か買うという形にしたいことくらいはすぐに理解できました。ここで拒否をして殿方、特にメルヴィン様に恥を掻かせるのもよろしくありません。そこで、適当な小物を見繕って買っていただくことにします。
いくつか棚を見て回った後、わたくしは可愛らしい羊の首飾りを見つけました。それを手に取ってメルヴィン様にお目にかけようとしたとき、ふとジェマとアーリーンの姿が視界に入ります。そういえばあのお二人は、婚約者から何か買っていただいていましたね。そうなると、わたくしがメルヴィン様に買っていただくのはまるで、まるで? まるで!?
周囲からどう見えるのかということに気付いたわたくしは一気に目を見開いて顔を赤くしました。睨むようにしてローレンス殿とハミルトン殿へと顔を向けると実に良い笑顔を向けていらっしゃいます。なんてことを!
いけません、これは非常にまずいです! 三人目のヒロインを探し出す目処がまったくついていないというのに、メルヴィン様と良い感じになるなんて! 夏の舞踏会までもうあまり間がない今になって距離を縮めてしまったら。せっかく遠ざけた破滅が近づいてきてしまいます!
しかし、今ここで断るのも良くありません。こんな中途半端な状態で辞退などしたら確実に心証が悪くなってしまいます。それはやはり破滅へと近づくことを意味します。せめて小物を手に取る前なら良い物はないと言い逃れできましたのに。
まさかこんなところで世界の修正力が働くとは予想外です。最近穏やかな日々が続いていたのですっかり油断していました。なんてこった。
顔を赤くしたままのわたくしは震える手で可愛らしい羊の首飾りをメルヴィン様に差し出します。
「あの、これを」
「わかった。これでいいんだね。店主!」
店の店主が揉み手をしてやって来たのを尻目にわたくしは手にしたままの首飾りに目を向けました。そういえば、自分に似合うのかまでは考えていませんでしたね。きつめの美人のわたくしに、この可愛らしい羊は果たして似合うのでしょうか。
そもそもいつ身に付けるべきかということに悩んでいると、いつの間にかジェマとアーリーンが近づいて来ていました。片方はにやにやと笑い、もう片方は口に手を当てつつ嬉しそうにしています。なるほど、どうやら淑女教育をより徹底的にしてほしいようですね。
この後、六人で人気のカフェテラスでお茶をいただきました。しかし、皆さんお茶を楽しむよりもわたくしとメルヴィン様の二人を常に話題の中心になさろうとします。くっ、ヒロインや攻略対象男性キャラと友好的になってもこんな罠が潜んでいるだなんて、なんて恐ろしい!
最後は小物商で買った可愛らしい羊の首飾りをその場で身に付けることになりました。
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