追い詰められてゆく悪役令嬢
六人で買い物に行った後の生徒会室の雰囲気はより明るいものになりました。ジェマ、アーリーン、ローレンス殿、ハミルトン殿の四人は元から仲良しでしたが、そこにメルヴィン様も加わって非常に良い感じになっているのです。
わたくしももちろん皆さんとの距離が近くなったのですが、メルヴィン様との接し方は以前よりもぎこちなくなってしまいました。例の羊の首飾りの一件のせいです。どうにか正常に接しようとするのですが、こちらが平静を装えばあちらの挙動が不審になり、こちらが顔を赤くすればあちらが黙ってしまうという状態です。これはかなりやりにくい。
「フェリシア嬢、この書類に目を通しておいてくれないか」
「承知しました」
「その羊の首飾り、毎日身に付けていてくれているのか」
「ええ、まぁ」
手渡された書類から顔を上げたわたくしは、嬉しいのを我慢しているような顔のメルヴィン様を目にしました。ああもう、なぜそういうことを突然おっしゃるのですか。書類を渡すだけならそれだけすれば良いですのに。言葉を述べられるのでしたら、うまくおっしゃっていただかないとほら、あの四人が忍び笑いをしているではありませんか!
わたくしたちのやり取りを見た四人がにやにやと笑っているのが実に憎らしいです。直接怒ろうにも対応を間違えるとどんな影響が現れるのか予測できないので我慢するしかありません。くっつけてやった恩を忘れてこんな仕打ちをするなんて。おのれ。
しかし、起きているのはわたくしとメルヴィン様の微妙なやり取りだけではありません。ジェマとローレンス殿、アーリーンとハミルトン殿という二組の婚約者たちの間で、ゲームの個別ルートイベントが頻発しているのです。
例えば、苦手な勉強を教えるというイベントがありました。これはジェマがローレンス殿に算術を教えてもらうというものです。
「あー! どうしてこの世に計算なんてあるのよー!」
「お金の計算ができないと困るじゃないか。それに、ジェマの好きなお菓子の数を数えるのにも便利だろう?」
「うう、お菓子の数だけ数えていたいわ」
叫びながらもジェマはローレンス殿にひとつずつ教えてもらっていました。
他にも、夏の舞踏会に向けてアーリーンがハミルトン殿に舞踏を教えるというイベントもありましたね。
「ハミルトン様、そこは強引に引っぱるのではなく、私に合わせてもらわないと」
「そうか。くっ、体を動かすのは得意なんだがな。舞踏は剣術とはまた違うようだ」
「いたっ!」
「ああすまん!」
実のところ、ハミルトン殿の踊りは下手ではありません。この数ヵ月わたくしがアーリーンを徹底的に鍛え上げた結果、彼女の舞踏が劇的に向上したせいで釣り合いが取れなくなってしまったのが原因です。まさか自分の所業がゲームイベントに繋がるとは予想外でしたわ。
このように、わたくしもよく知るものから記憶にないものまで数日に一回ずつイベントがあるものですから当の四人は本当に忙しそうです。などとのんきに構えていましたら、何とわたくしもそのイベントに巻き込まれる羽目に陥りました。しかもメルヴィン様と一緒に。
それはおかしいでしょうと内心で叫びつつも断り切れずに大体付き合うことになりました。おかげで生徒会の内部の雰囲気は更に良くなり、例の四人は一層仲良くなります。大変結構なことです。わたくしは疲れ果てましたが。
ただ、あの四人が仲良くなるイベントに振り回されるだけならばまだ良かったのですが、今のわたくしはメルヴィン様との距離の測り方にも苦慮しています。お互い変に意識し合っているからですが、冷静に考えますとこれって良い感じなのですよね。
いけません。これは危険な兆候です。メルヴィン様を突き放せばどんな影響があるかわかりません。いきなり三人目のヒロインに走ってしまう可能性もあります。思い切って受け入れる? ゲームの正規ルートに入るのは確実でしょう。破滅です。
「メルヴィン様、何か?」
「いや、何でもない」
最近のメルヴィン様は作業中にでもわたくしの顔をよく盗み見することが多くなられました。問いかけるとすぐに目を逸らされます。そんな思春期の少年みたいなとも思いましたが、大体そんな年齢なんですわよね、今のわたくしたちは。
何と申しますか、もうフラグは全部立っているのではと思えて仕方ありません。後は進むだけ。何ということでしょう。
それにしてもどうしましょうか。割と詰みつつあるような状態です。三人目のヒロインは未だ見つけられていません。それらしい人物もいますがゲーム的には完全にモブの動きです。
仮にこの状態でメルヴィン様と婚約したとしましょう。最初は仲睦まじくできていたとします。しかし、些細なことで仲違いをしたとすると、世界の修正力はきっとそこを狙ってくるに違いありません。すると、後はゲーム通りです。ある日偶然三人目のヒロインと出会った傷心のメルヴィン様はその彼女に癒され、結果的にわたくしに疑念を抱く何か吹き込まれるのです。
そんな無茶なとも思いますが、去年ジェマと初めて会ったときとその後の噂の広まりを思い出すと充分にあり得ます。例えわたくしが誰にもやらかさずとも、取り巻き、特にダーシーが何かをやってしまう可能性もあるのです。他にも、例え取り巻きの皆さんもやらかさずとも些細な所作からひどい憶測をされることもあります。例のアーリーンの件です。
もしそうだとしたら、わたくしには打つ手がありません。
「メルヴィン様、何か?」
「あー、今年の夏の舞踏会の件で相談したいことがあるんだ。後でいいかな?」
「承知しました」
今度は盗み見を見破られてとっさに理由を考えられたようですね。いよいよ巧妙になってきました。
ああ、なぜ、どうして世界はわたくしを破滅させたがるのでしょうか。ゲームとは違い、今のわたくしは誰かに対して悪意など抱いておりませんし、意地悪なことをしたこともありません。それどころか、皆さんのお役に立つよう日々精力的に動いています。もちろん、それは善意からではなくまったくの打算です。清くはありません。それは認めますとも。しかし、それでも良いではありませんか。皆さんのお役に立っているのですから。しかも周囲からは感謝もされています。何がいけないというのでしょうか。
心の中でわたくしは叫びますが、その声は誰にも届いてくれません。幸せそうに皆さんが笑う中、わたくしは一人心の内で泣き崩れていました。
日増しに心のざわめきが大きくなってゆく中、更にわたくしを追い詰める知らせが舞い込んできました。
とある休日のお昼、食後のお茶を楽しんでいるとカリスタから声をかけられます。
「フェリシア様、ご実家のご当主様からお手紙が届きました」
「お父様から?」
カップをソーサーに置いたわたくしは丸められた羊皮紙の束を受け取りました。紐を解いて書かれた内容を見ていきなりため息をつきます。何となく予想はしていました。
とりあえず一通り読むと手紙の束を脇のテーブルに置きます。さて、困りましたわね。
背後に控えていたカリスタがわたくしにそっと声をかけてきます。
「僭越ながら、あまりよろしくない事柄のようで」
「婚約の件よ。今までのらりくらりと躱していましたけれど、アーリーンの件で実家に頼み事をしたのでまた蒸し返されてしまいました」
それだけの返答でカリスタはうなずいてくれました。
手紙の内容は要約すると、他人の面倒ばかり見ていないで自分の婚約のことをもっと気にしろ、というものです。ごく常識的な文句ですのでわたくしとしても返す言葉がございません。何しろ、このままですと三年連続でアスターパーティに同伴者なしなのですから、実家としては黙っていられなかったのでしょう。
前世のゲームの件がなければわたくしもどなたかを選ぶところでしたが、現実には破滅イベントが間近にまで迫ってきているのです。婚約どころではありません。
この件を
しかし、例えわかってもらえなかったとしても、今のわたくしは婚約するわけにはいきません。せめて今年のアスターパーティが終わるまでは耐えねばならないのです。
手紙にはいくつかの家との交渉を進めており、中でも王家との話の進み具合は悪くないと記載されていました。いけない、その選択肢は最悪です! わたくしは何としても思いとどまってもらおうと全力で返信のお手紙を
とりあえず、あと一ヵ月だけは何としても食い止めねばなりません。
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