恋の仲人の力

 わたくしの取り巻きの一人であるダーシーが婚約してから数ヵ月が過ぎました。アスター学園に入学して三学年目を迎え、卒業がそろそろ目先にちらついてくる頃です。


 そんなわたくしの周囲にいる子女の方々の顔ぶれは去年とあまり変わりません。しかし、その様相は大きく変わりました。かつては楽しくおしゃべりするだけでした取り巻きの子女たちは、今やすっかり他のご令嬢の婚約を成立させるための集団に変化していたのです。しかも、かつて婚約を成立させたご令嬢も巻き込んだものですから、今やどの子女集団にもわたくしたちの息がかかった子女がいらっしゃいます。もはや寄親寄子という縦軸に対する子女連絡網というべき横軸ができあがっていました。


 この結果、わたくしは皆さんから『恋の仲人』というあだ名をいただきました。正直なところ、結構恥ずかしいです。


 そうそう、最初に婚約を成立させたダーシーも精力的に動いており、今やこの方面ではわたくしの名代として忙しく動き回っています。出身家こそ子爵家ですが伯爵家のご令嬢とも対等に渡り合えている姿を見て、立派に成長してくれたとわたくしも喜んでいますわ。


 一方、生徒会内でも最上級生になったわたくしですが、同時にそろそろ引退後のことを考えておく必要があります。結果がどうなるのであれ、今年の夏の舞踏会アスターパーティが終われば二学年生にその座を引き渡す予定なのです。




 公私にわたって忙しいわたくしですが、もちろん自身の破滅を回避するための対策を着実に進めています。


 恋の仲人として何ヵ月も活動していますと、学園内のあらゆる情報がわたくしの手元に集まって参りました。それは子弟子女個人の情報だけでなく、その実家であるお家の事情も相当まで知っております。中にはこれはまずいのではないかしらというお話まで。


 もちろんむやみやたらに言いふらすようなことはしませんが、色々なことを知っていますと色々とできそうなことが頭の中に思い浮かんで参ります。


「これもしかして、ヒロインと攻略キャラをくっつけられるんじゃね?」


 とある日、知っている知識を組み合わせているとそんな前世しょみんの言葉が漏れました。慌てて周囲を確認しましたが幸い誰もいません。カリスタがいたら説教されるところでした。危なかったです。


 身の安全を確認した後、わたくしはより深く考えました。今まで破滅を回避するために色々と考えて実行してきましたが、基本的には何であれ避けるという手段が多かったです。特に子弟はその辺りを徹底していて、一時は生徒会内であらぬ憶測を呼んだくらいです。


 しかし、入学当初の自分の言葉を思い出してはっとしました。ヒロインとくっつく殿方が誰かわからないから婚約ができないという言葉です。逆に言えば、ヒロイン二人と攻略対象男性キャラを自らの手でさっさとくっつけてしまえば問題は解決するのではないか。この方法に気付いたのです。


「今のわたくしの手元には恋の仲人と呼ばれるくらい婚約を成立させられるご令嬢組織があります。これを使えば!」


 思わずわたくしは喉の奥から絞り出すような笑い声を漏らしてしまいました。鏡に今の自分の姿を写せば、きっと悪役令嬢らしい笑顔を浮かべているに違いありません。今のわたくしにとってはそれほどの大発見なのです。


 とある昼休み、わたくしは例のごとく誠心堂でダーシー以下の取り巻きたちとテーブルを囲んでいました。このときに話題のひとつとして生徒会の様子をお話しします。


「それでね、最近の生徒会の中は皆さんとっても仲良くお仕事をしているんですよ。特に二学年生の方々、ジェマ男爵令嬢、アーリーン子爵令嬢、ローレンス殿にハミルトン殿の四人は本当に仲が良くて。このまま行けば来年も生徒会は安泰ですわね」


「まぁ、それは素晴らしいですわ! もっと他にお話はありませんの!?」


 真っ先にダーシーが食い付いてくれました。それでこそあなたですわ。これをきっかけに生徒会の中の日常を話してゆきます。メルヴィン様や他の方々もたまに交えることで生徒会全体の雰囲気を正確に伝えました。


 すると、皆さん大盛り上がりなさいました。普段わたくしがあまり話さないこともあって新鮮なお話だったようですね。


 充分に喜んでいただけたと判断したわたくしは、いよいよ本題に入ります。


「ところで皆さん、もし、これらの方々がご婚約されるとしたら、どのような方がふさわしいかしら?」


「えー! まだ婚約されていらっしゃらないんですか?」


「そうなんです。素晴らしい方々ですのに残念ですわよね」


 自分のことを思い切り棚に上げながら、わたくしは悲しそうな顔をしてため息をつきました。当然この中でわたくしのことを指摘する方はいません。その程度のことは皆さんわきまえていらっしゃるのですよ。


 ともかく、ここから取り巻きの皆さんは生徒会役員の相手は誰がふさわしいかという話で盛り上がりました。たまに意見を聞かれたときに少しずつ誘導することで、次第に的をジェマ、アーリーン、ローレンス殿、ハミルトン殿の四人に絞ります。


 そうしてお昼休みが終わる頃にはこの四人の組み合わせでどれが最も良いかという話に移っていました。そこで次に話をするまでにそれぞれの身辺を調べさせることに成功します。


 直接お願いせずにこんな回りくどいことをしたのは、当人たちから頼まれたわけでもないのにわたくしが動くと、既成事実として皆さんが勘違いする可能性を恐れたからです。この件は特に慎重にならないといけないので事は静かに進めないといけません。


 大して間を置かずに四人の情報は集まりました。今やアスター学園内でわたくしの取り巻きたちに探れないことなどありません。子女はもちろん、子弟の方々も直接的間接的に色々と探ることが可能です。


 その結果、四人に関する性格、嗜好、癖、趣味、経済状況、抱えている問題などが次々ともたらされるようになりました。誘導したわたくしもちょっと怖いくらいにです。なぜ毎日顔を合わせているわたくしよりも正確な情報が届けられるのでしょうか。


 子女の連絡網に若干おののきつつも、わたくしは得られた四人の情報を元に最適の組み合わせを考えました。ゲームではどちらのヒロインにも攻略対象男性キャラ二人のルートが用意されていました。つまり、正しいイベントをこなせばくっつくはずなのです。


 前世の記憶を思い出しつつ、わたくしは四人を誘導しました。組み合わせはジェマとローレンス殿、アーリーンとハミルトン殿です。ゲームの攻略でも難易度というものがありましたが、条件が簡単な組み合わせに誘導したのです。尚、性格の面で言えば、ジェマがローレンス殿を引っ張り、ハミルトン殿がアーリーンを守るという感じです。


 雰囲気作りは既に充分ですので、わたくしがやることはいかにゲームイベントが発生する場面に誘導するかでした。本来なら四人が一学年生のときに発生するゲームイベントですので一抹の不安はありましたが、あれだけ仲の良い四人ですのでゲーム的に言えばフラグはすべて立っている状態です。問題ないはずと信じて皆さんを導きました。


 例えば、最近何かに悩んでいたローレンス殿に相談相手を示したことがあります。


「具体的な内容は知りませんが、ジェマなら暗い内容であっても吹き飛ばしてくれるかもしれませんよ?」


「確かにジェマ嬢なら笑い飛ばしてくれるかもしれない。そうですね。一度相談してみます」


 他にも、アーリーンが気落ちしているときに励ましたこともあります。


「フェリシア様、私、もっと積極的な性格だったら良かったのにと思うことがあるんです」


「去年よりもずっと積極的になっていますわよ。まだ足りないとおっしゃるのでしたら、ハミルトン殿に相談してみなさい。あの方でしたら、きっと良い方向へと導いてくださるでしょう」


 すべてではありませんがヒロイン二人のイベントは知っています。なので、それに基づいて積極的に助言をしました。焦らずにそのときが来ればさりげなく。


 その結果、ローレンス殿がジェマに、アーリーンがハミルトン殿にそれぞれ告白して見事くっつきました。やりましたわ!


 生徒会役員同士の婚約の成立は瞬く間に学園内の話題になりました。しかもほぼ同時に成立したのですからお祭り騒ぎです。


 そしてなぜか、その立役者がわたくしということになっていました。いえ実際そうなんですが、表立ってしたことはないのでそんな噂が出回っているのが不思議でなりません。


 ともかく、これでヒロイン二人と攻略対象男性キャラ二人がくっつきました。おかげでわたくしの破滅が何歩か遠のいたはずですわ。


 これでようやく残る対象に集中できるようになりました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る