取り巻き子女の恋愛成就
破滅への道のりを一歩遠ざけたわたくしは気分良く夏期休暇を迎えました。去年よりも晴れやかな気分で実家へと帰省します。しかし、帰った途端に縁談の話になるのはうんざりしました。お父様はまだしも、お母様がやたらと積極的なのです。
これをどうにか押しとどめたいわたくしはひとつ微妙な話をほのめかしました。それは、学園の生徒会で色々な子弟と共に仕事をしているというものです。具体的には、王太子殿下のメルヴィン様、次期公爵家当主のローレンス殿、そして伯爵家の三男ハミルトン殿のお名前をちらりと出したのです。するとどうでしょう、お母様が猛然と食い付いてきたのです。どうやら逆効果のようでした。なってこったい。
そんなお母様の猛追を侍女のカリスタと共に食い止めつつ実家で過ごした後、わたくしは夏期休暇の終わりと共に学園へと戻ってきました。乙女館の部屋は今や実家よりも落ち着ける場所です。
ともかく、わたくしはそんな状況で新学期を迎えました。学業については問題なくこなし、生徒会の仕事も今や慣れたものです。
その生徒会ですが、夏期休暇前よりは皆さんと打ち解けることができるようになりました。
このような感じでわたくしは再び忙しい学園生活を送っていました。ゲーム同様の破滅を回避しなければなりませんから、そのためにより一層の努力を積み重ねる必要があるのです。
もちろん今までの活動も手を抜くことなくしていました。こちらは順調でしたが、特にこの頃から相談の内容が次第に恋愛へと偏っていったのです。
きっかけは、ダーシーの恋を実らせたことが始まりでした。いつものように誠心堂で取り巻きの子女と食事をしていたところ、ダーシーにいつものような明るさがないのです。
「ダーシー、どうしたのですか。ため息までついて」
「フェリシア様、私、もうどうしていいのかわからないんです。最近は夢まで見るようになってしまって、もう心が張り裂けそうなんです!」
「落ち着いて。何のことを話しているのかわかりません。最初からひとつずつ教えてください」
普段あれだけ騒がしいあの子にまったく元気がないことにテーブルを囲むお友達たちも表情を曇らせました。
もちろんわたくしもダーシーのことが心配です。すっかり意気消沈している彼女からゆっくりと事情を聞き出しました。
それによりますと、ダーシーには最近好きな殿方が現れたそうです。毎日寝ても覚めてもその方のことばかりしか考えられなくなったということですが、そこからがいつもの彼女とは違いました。普段のようにすぐその殿方へと近づいて積極的にお話をすると思いきや、今のところ一言もお話すらしていないそうです。
これにはわたくしだけでなく、他の取り巻きの皆さんも驚かれました。いざ
「お相手の殿方はどのような方なのですか?」
「マキオン子爵家のハリー様です」
「存じ上げませんわね。どなたか知っている方はいらっしゃって?」
「確か、センシブル伯爵家の寄子のお家だったと思います、フェリシア様」
「ということは、ウォルシー侯爵家の寄子ですか。実家とは縁の薄いお家ですわね」
取り巻きの方のお知恵で実家との繋がりを確認したわたくしは目をつむりました。これがせめて交流が盛んな貴族でしたら話は早かったのですが。
貴族にとっての婚姻とは基本的に利害関係によるものです。本来でしたらそこに当人の意思はほとんど介在できません。しかし、この学園内で有力な人物と交流し、あわよくば普段お付き合いのない方々とも活発に交流しようという建前がありますので、ある程度お互いの恋愛感情を考慮した婚約が王国では習慣的に認められています。
「そうなると、どうやってお話を持っていくかですわね。家格は釣り合っていますから、それ以外がどうかですか。ダーシー、そのハリー殿について他にわかっていることはありますか?」
「えっと、マキオン子爵家の長男らしいです」
「あなたは三女でしたわよね。ということは、そこに問題はないわけですか。他には?」
首を横に振るダーシーを見たわたくしは小さくため息をつきました。思っているだけで全然行動には出ていないのですね。これはかなり重症です。
普通の子女ならば、ここで立ち止まって色々と慰めたり知恵を授けたりするに留めるものです。しかし、このときのわたくしは暴走しがちながら毎日頑張って生きているダーシーに何かしてあげたいと思いました。それに、今まで手つかずでしたお家関係でどこまで自分の力が通用するのか知りたいという欲求もありました。
そこで、わたくしは取り巻きの皆さんに声をかけます。
「せっかくダーシーが本気で恋をしたのですからこれを応援してあげたいと思うのですが、皆さんいかがかしら?」
「素晴らしいですわ、フェリシア様!」
「私もぜひ協力させてください!」
「何をすればよろしいですか?」
「ダーシー、絶対あの方を手に入れましょう!」
予想以上に食いつきの良い取り巻きの皆さんに驚きつつも、わたくしはその積極的な姿勢を喜ばしく思いました。皆さんお友達思いで素晴らしいです。若干面白がっていらっしゃる方もいるようですが。
何はともあれ、わたくし達の恋愛成就大作戦が始まりました。第一段階は情報収集です。まずはマキオン子爵家とハリー殿について聞いて回りました。もちろん、そんなことをすればたちまち周囲にダーシーの件が知られてしまうのですが、これについては殿方に伝わらなければ良いと割り切れば良いのです。子女で噂になっていることが子弟に伝わらないことなどあるのかと申しますと、これが意外と伝わりません。殿方はわたくしたち子女のもてはやすものにあまり興味を示さないものですし、こういうときの特に殿方に対する団結力というのは意外に強いものなのです。
ということで、あっという間にダーシーの恋は学園内の子女に広まってしまいましたが、代わりにマキオン子爵家とハリー殿については驚くほど情報が集まりました。
庭園の東屋でお茶会を開いたわたくしはその成果を存分に聞き取ります。
「マキオン子爵家は、サマーズ王国南西部に領地を持つウォルシー侯爵家の配下のセンシブル伯爵家の寄子だそうです。中央との縁がやや薄いのが悩みの種だそうですわ」
「ハリー殿は文学を好むお方で、比較的おとなしい性格の方だそうです。趣味は詩集を読むことで、料理は鶏もも肉のさくらんぼ風味がお好きだとか」
「でも、運動が苦手らしくて舞踏もあまり上手でないらしいですわね」
「女性の好みは明るい子、自分が暗いのでその反対が良いそうです」
皆さん楽しそうにその他様々なことも語っていらっしゃいました。さすが個人情報なんて概念がない世界です。情け容赦ありません。
情報収集が終わると次は色々と準備をしました。集めたお話を元にダーシーをハリー殿好みに仕立て上げます。元々ダーシーがハリー殿の好みに近いこともあってここはあまり苦労しませんでした。
ある意味最も苦労したのは次の
そして最後の仕上げとして、わたくしの実家からテート子爵家並びに相手の寄親を経由してマキオン子爵家に話を通してどうにか話をまとめました。主にまとめてくださったのはお父様とお母様ですが。
婚約が成立するとダーシーは大喜びでわたくしに感謝してくれました。苦労した甲斐があったのでそれは嬉しかったのですが、あの子は浮かれるままに方々へとこの件を言いふらしたのです。
「フェリシア様は、どんなお相手だろうと婚約をまとめてくださるすごいお方なのよ!」
もちろんそんなわけありません。わたくしの実家の伝手がたまたま使えたから可能だったのです。それなのにこの子は何も考えずに話して回りました。さすがにすぐに黙らせましたが、時既に遅し。早速泣きついていらっしゃったご令嬢を無碍に追い返すわけにもいかず、とりあえず相談に乗りました。
気付けば相談の大半がこの手の恋愛や婚姻になっていることにわたくしはすぐに気付きました。いくつもの話を持ち込まれて大変なことになってしまいましたが、当分はこの状態が続きそうです。
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