憶測の後始末
わたくしたち生徒会の役員も当然帰省しますが、その前にパーティなどの残務処理を片付けないといけません。気持ち良く来期を迎えるためにもやりかけの仕事に目処を付けておくのです。
そのため、生徒会役員は帰省準備をしつつも生徒会室などで作業をしていました。普段の講義がないので事務作業も丸一日できるわけですが、それはつまり他の皆さんと顔を合わせる機会が多いということです。
ここ最近の皆さんが怪しいそぶりを見せていましたが、メルヴィン様からお話を聞いたわたくしはその理由をようやく知りました。原因さえわかってしまえば後は対処するだけです。パーティの翌日、わたくしは早速一学年生四人を副会長の席の前に呼びつけました。
今現在、ジェマ、アーリーン、ローレンス殿、ハミルトン殿がわたくしの前の立っています。皆さん、居心地が悪そうですね。しかし、そのような相手の感情は無視してわたくしは語り始めます。
「ごきげんよう、皆さん。今集まっていただいたのは、わたくしに関する妙な噂について話し合うためです」
「妙な噂? それはどのようなものなのかな、副会長」
代表してローレンス殿がわたくしに問いかけられました。ゆったりとした動作で皆さんに目を向けながらわたくしは告げます。
「わたくしが女性しか愛せないという噂です」
その瞬間、四人の表情が固まりました。なるほど、全員何かしらの自覚があるというわけですね。ならば遠慮はいりません。
「昨晩、メルヴィン様から色々とお話を伺いました。わたくしの態度がおかしいのは女性を好むからで男性嫌いだから殿方を避けているのではないかと、殿下にお話なさったそうですわね。ローレンス殿?」
「あー、えぇっと、僕もその話は人から聞いたんですよ」
「どなたからです?」
「誰だったかな」
「最初に言い出したのはアーリーンだと聞いていますけど」
「ひっ」
わたくしが目を向けるとアーリーンが青い顔を引きつらせて小さな悲鳴を漏らしました。他の三人も顔をしかめます。わたくしがすべて知っていることを理解したのでしょう。
それでも、果敢に立ち向かってくる者はいました。ハミルトン殿がわたくしに問いかけてきます。
「そういう風におっしゃるってことは、違うってことですか?」
「もちろんです。わたくしにそのような趣味はありません」
「この際だから聞いておきたいんですけど、俺やローレンス殿を避けてるってことはありませんか?」
「なぜそのように思うのです?」
「いや、なんとなくなんですけど、フェリシア様って男を避けているように見えるんですよね。殿下に相談したら殿下も思い当たることがあるらしくって。でも、ジェマとアーリーンには普通に接しているって聞いたんで、アーリーンが言ったことが本当なのかなって思ったんですよ」
困った表情を浮かべたハミルトンが理由を教えてくれました。ローレンス殿も同調しています。
さすが攻略対象男性キャラですね。ハイスペックイケメンなことだけあります。わたくしの接し方に勘付くとは大したものです。そして、気付いた理由がヒロインとの接し方の差だとは予想外でした。まさかわたくしがジェマとアーリーンを生徒会に引き入れたことが裏目に出てしまったのですか? そんな馬鹿な。
ともかく、この四人とメルヴィン様の態度がおかしかった原因はわかりました。自分ではさりげなく避けていたつもりでも気付かれていたのですね。
「理由を教えてくださってありがとうございます。わたくしの所作に問題があるというのでしたら今後は気を付けましょう。ローレンス殿もハミルトン殿も、今後は憶測を重ねる前にわたくしへと直接相談してください。可能な限り対処いたします」
「わかりました!」
「僕も気を付けますよ」
「では、お二人に関してはもうよろしいですから、作業に戻ってください」
解放を宣言したわたくしに対してあからさまな安堵と喜色を顔に浮かべたローレンス殿とハミルトン殿が離れてゆきました。殿方への接し方についてはわたくしの問題ですのでこれ以上問い詰められませんからね。
しかし、このヒロイン二人については別です。私の所作が原因とは言え、それを元にこのような騒動を引き起こされてしまうのは恐ろしい。そこに悪意なく無意識だというのでしたら尚のこと放っておくわけにはいきません。
尚も居心地悪そうにしているジェマとアーリーンにわたくしは語りかけます。
「さて、次はお二人ですわね。殿方にも言いましたが、事の発端はわたくしの所作にあるようなので今後はわたくしも気を付けます。ただ、いらぬ憶測を広めたのはいただけませんわね?」
「あ、あたしは今回何もしていないかなぁって、思うんですけど」
「まぁ、ジェマ、あなたはお友達を見捨てるというのですか?」
「うっ」
いつもとは違ってつぶやくように発言したジェマが居心地悪そうに身じろぎしました。隣に立っているアーリーンからの涙目の視線にも気付いているようですわね。
それにしても、春以来この二人には苦労させられています。初手の接触に失敗して悪評が広まり、その対策として生徒会へと引き込めば悪役令嬢ばりの意地悪な噂を生み出したのですからまったく油断できません。攻略対象男性キャラも巻き込むなど、さすがヒロインと言えるでしょう。
本当に、世界の修正力というのは恐ろしいものですね。わたくしの所作ひとつを取り上げて最も効果的な悪意ある話を作り上げるなど、どこからそのような発想を得るのでしょうか。
しかし、わたくしだって負けていません。この機会を利用するとしましょう。
「さて、噂話をするなとはいいませんが、あらぬ憶測を広めて人を貶めるようなことをしてはなりません。今後このようなことがないように、あなた方二人に対してわたくしが直接指導いたします」
「直接指導!? どういうことですか?」
「学園の講義が実習以外にも生徒会でわたくしが淑女としての言動を指導するということです」
わたくしの宣言にジェマが呆然とした。学園の規則にそのような項目はありませんが、目上の者が目下の者を教育するという習慣でしたらあります。実際、寄親寄子の間では珍しくありません。
顔を青くしたアーリーンが不安そうに問いかけてきます。
「具体的にはどのようなことをなさるのでしょうか?」
「まずは講義で習ったことの復習から始めましょう。それから、言葉遣いや身のこなし、お話の受け取り方や伝え方など、身に付けるべきことは多いですわね」
「そ、そこまでしないといけないのですか?」
「またいらぬ憶測をされて噂を広められてはかないませんもの。この際ですから、立派な淑女になっていただきましょう」
口元を震わせたアーリーンがわたくしを無言で見つめました。
一見すると虐めているようにも見えますが、このままこの二人を放置すればまた何か問題を引き起こしそうな気がしてならないので手元に置いておく必要があります。悪評ひとつで積み重ねてきた善行が簡単に揺らいでしまうのですからこちらも必死なんです。
ただ、すっかり萎縮してしまっている二人を見ていると脅かすだけではかわいそうに思えました。わたくしは笑顔で目の前の二人に伝えます。
「お二人ともそんなに怖がらなくても良いのですよ。何もできないことを強要するわけではありませんから。それに、おいしいお茶や珍しいお菓子を取り寄せたときは召し上がっていただくつもりです」
「え、そうなんですか?」
「はい。ああいうのは皆さんとご一緒にいただくと更においしいですからね」
興味を引かれたらしいジェマが少し顔を寄せてきました。なるほど、こういうのに目がないのですね。
一方のアーリーンはまだ表情を曇らせています。
「それに、わたくしの周囲のお友達もご紹介したいと思っていますの。趣味のお話をしたり講義でわからないところを教え合ったりと楽しいですわよ」
「私が入ってもいいんでしょうか?」
「もちろん大歓迎です。それに、仲良しグループはいくつもありますから、あなたに合ったところを紹介できると思いますの」
食べ物とは別の提案をしたところ、アーリーンは曇らせていた表情を晴らした。まだ迷いは見せているものの、後は実際に紹介して様子を見れば良いでしょう。
こうして、わたくしはジェマとアーリーンの二人と以前よりもより強く結びつくようになりました。
あくまでも保身のためであり、決して侍らしているわけではありません。いいですね?
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