二度目の夏
去年は上級生の方々のお手伝いという形で携わっていましたが、今年は自分たちが中心になって
今年のわたくしたち生徒会は原則として去年のパーティを踏襲しました。来年もう一度企画できるのならば、今年はアレンジ程度で抑えて行事の準備をしっかりと覚えることに徹したのです。
ということで、わたくしたちは去年の資料を参考に粛々と舞踏会の準備を進めました。お手伝い程度でも一度やったことがあると思い出せることも多いので割と順調に作業は進みます。
ただ、舞踏会の当日が近づくにつれて生徒会室の雰囲気に違和感を抱くようになりました。なぜか皆さん私を盗み見ているような気がするのです。これがジェマやアーリーンなら理解できます。わたくしのことをまだ恐れているのでしょうから。ローレンス殿やハミルトン殿もわからなくはありません。誤解は解けたとはいえ、まだわだかまりはあるかもしれませんから。しかしメルヴィン様、なぜあなたまでわたくしをちら見するのですか。
あるとき、わたくしは機を見てメルヴィン様に問いかけます。
「メルヴィン様、わたくしの顔に何かついているのですか?」
「いや、そういうわけではないんだ。単にたまたま目が合っただけだよ」
「先程から何度もわたくしをご覧になっているようですが、すべてたまたまなのですね?」
「う、うん」
真正面からわたくしが問いかけますとメルヴィン様は目を逸らされました。
あまり詰問することでもないので生徒会長様からは一旦目を離します。次いで、ローレンス殿とハミルトン殿に目を向けました。すると、二人とも露骨に目を逸らします。続いてジェマとアーリーンを見ると同じく顔を背けられました。
なるほど、わたくしだけ仲間外れですか。共に手を携えて生徒会を盛り立ててゆく仲間ですのに。ああそれとも、これも世界の修正力なのかもしれませんね。ヒロイン二人と攻略対象男性キャラ三人が協力して悪役令嬢を葬り去る計画を練っているとか。正しく
そこまで考えたわたくしですが、これに関しては違うような気がしています。かの乙女ゲームのメインキャラの大半が結集しているところに不安はありますが、しかし、そういった不穏さとはまた別種の不穏さに思えてなりません。
問い質しても答えてくださりそうにないので当分はこのままにしておきますが、何とも居心地の悪いことですね。
生徒会室がいささか面白くない雰囲気ですが、それでも日一日と時は流れてゆきます。それに比例して
そうしていよいよ当日の夜がやって参ります。未来のことは気になりますが、それはそれとして皆さんと一緒に準備をした行事ですのでわたくしも楽しみです。
この日のために学園の北側にある舞踏館は飾り付けられ、普段とはその様相が大きく異なていました。建物の中に入ると、天井の中央にあるひときわ大きなシャンデリアがきらめく下に、きれいに磨かれた板張りの床が行き交う人々をうっすらと映し出しています。
教員の方々と生徒会長の挨拶が終わるといよいよアスターパーティの始まりです。集まった子弟子女は楽団が演奏する曲に乗って踊ります。
学園の生徒にとっては正に夢のような社交場ですが、その中にあってわたくしたち生徒会役員は戸惑う生徒、特に一学年生を導いてゆきます。二学年生以上ですと婚約者などのパートナーがいらっしゃる方々は多いですが、一学年生ですとそうでもないですからね。
今もわたくしは手持ち無沙汰な殿方を見つけては声をかけてゆきます。
「ごきげんよう。今はお一人ですか?」
「はい。まだ婚約者がいなくて」
「それは残念ですこと。では、わたくしと一曲踊っていただけませんか」
「はい」
おちつかなさげな態度から一学年生と思われる子弟を導いてわたくしは舞踏会場の中央へと進み出ました。そこから曲に合わせてゆっくりと舞います。せっかくの舞踏会なのですか踊らないと損ですよね。
このように今年は生徒会役員として様々な方と一曲踊りました。やはり同学年生や上級生の方はうまく、下級生はこれからに期待ですわね。来年は新入生を導いてもらいたいものです。
他方、同じ役員であるあの四人も活躍していました。ジェマは溌剌と踊っていましたし、アーリーンは
舞踏会の開始から何人もの殿方と踊り続けたわたくしですが、さすがに疲れました。一度壁際に寄って休みます。
わたくしはグラスを片手に舞踏会場をぼんやりと眺めました。本当に皆さん楽しそうに踊っていらっしゃって、舞踏会の準備をしてきたわたくしも嬉しいです。たまによろめいたりステップを間違えたりする姿もご愛敬と言えるでしょう。
こんな様子を見ていますと、本当に来年の今頃わたくしは攻略対象男性キャラを伴ったヒロインに断罪されるのかと訝しんでしまいます。今のところ大きな問題は起きていませんから、このまま何事もなく過ぎてゆくのではと思えて仕方ないのです。
しかし、それでも油断するわけにはいきません。ゲームに似た世界でキャラと同じ人物が似たような立ち位置にいる以上、可能性がないとは言い切れないのです。後になってあのときしっかりしておけばと後悔しないためにも、今後一層邁進しなければなりません。
決意も新たに舞踏会場を眺めていますと、メルヴィン様が近づいていらっしゃいました。白いタキシードがとてもよくお似合いです。
「フェリシア嬢、ここにいたんだね」
「ええ。さすがに何度も殿方のお相手をしていましたから、少し休んでいますのよ」
「何度か見ていたけど、見事に導いていたね。さすがだよ」
「メルヴィン様ほどではありませんわ。余裕のある笑みを浮かべてお相手されたご令嬢は皆さんうっとりとされていたではありませんか」
「ありがとう。君の優雅な身のこなしも注目の的だったよ。まるで蝶のように舞っていると評判なのを知らないのかい」
「お褒めにあずかり光栄ですわ」
返礼しながらわたくしが軽くカーテシーをすると、メルヴィン様が苦笑いされました。お互いに王族であり高位貴族ですからある意味やってのけて当然でもありますものね。
わたくしが再び向き合いますとメルヴィン様が手を差し伸べてこられました。そして、柔らかい笑みを浮かべておっしゃいます。
「そういえば、今夜はまだ君と踊っていなかったね。お相手願えるかな」
「お断りしますわ」
「なぜ?」
「最近、生徒会室ではわたくしだけ仲間はずれにされているからです。皆さん、わたくしと目が合うと逸らされるのですわよ。メルヴィン様も含めて」
「あー、あれは」
「その理由を教えていただけない限り、お手を取ることはできません」
にっこりと微笑みながら理由を告げると、メルヴィン様は手を差し出されたまま固まってしまわれました。多少の意地悪は許されるでしょう。
しばらく対峙していたわたくしたちでしたが、やがてメルヴィン様がため息をつかれます。
「君が女性しか愛せないかもしれないと聞かされて、みんな気になっていたんだよ」
「はい? なんですかそれは」
「今月生徒会に入ってきた一学年生がいるだろう。あの四人から聞いたんだ」
「へぇ。それで、メルヴィン様はそのお話を信じられたわけですか」
自分でも自覚できるほど低い声をわたくしは出しました。すると、睨め付けられたメルヴィン様が顔を引きつらせて目を背けられます。
なるほど、あの雰囲気はそういうことでしたのね。舞踏会が終わった後に詳しくお話を聞くことにしましょう。
そうしてわたくしはメルヴィン様の手を取ります。
「この件は後ほど。今はこのときを楽しみましょう」
「ありがとう。では」
ようやく安心されたメルヴィン様が笑顔でわたくしを舞踏会場の中央まで連れて行ってくださいました。踊っている方も休まれている方もわたくしたちに注目なさいます。
ちょうど始まった曲に合わせてわたくしとメルヴィン様は踊り始めました。どちらも舞踏には自信がありますので余裕を持って優雅に舞います。そして、曲が終わると皆さんから盛大な拍手をいただきました。
この後もパーティは続き、大盛況なうちに終わりました。わたくしはもちろん、他の皆さんも大満足です。
来年はこれ以上の舞踏会にしたいですわね。
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