侯爵令嬢への誤解(他者視点)
──王太子メルヴィン・ユニアック視点──
自分たちの後のことを考えて私は一学年生から次の生徒会を担える人物を選んだ。その二人がネヴィル公爵家の嫡男ローレンスとオクロウリー伯爵家の三男ハミルトンである。まったく違う性質の二人だが、どちらも優秀であることには違いない。
しかしそうは言っても、自分だけの評価で決めてしまうのは危険である。そこで、信頼のできる副会長のフェリシア嬢に意見を求めた。まずは雑談から入る。
「フェリシア嬢、少し話をしても良いだろうか?」
「構いませんわ」
「最近、君のちょっとした噂を耳にしたんだ。気に入らない令嬢につらく当たるというものなんだが」
「ジェマとアーリーンの件ですね。噂になっているのは知っています」
「あれは事実なのか?」
「まさか。あのお二人への接し方を誤ってしまったところを周囲の方々が尾ひれを付けて噂なさっているのです」
「接し方を誤った? 君がかい?」
フェリシア嬢の意外な失敗に私は驚いた。具体的にどう失敗したのか興味を持ったので説明を求める。どうも取り巻きの子女たちの行き過ぎた言動が始まりだったようだ。
話を聞き終えた私は苦笑いした。その辺りはもっとうまく立ち回れると思っていただけに、意外に不器用な面があるのだと密かに思った。
そんな私の態度が気に入らなかったのだろう、フェリシア嬢は面白くなさそうに口を尖らせて拗ねた。
次の瞬間、そのフェリシア嬢の仕草を見て思わず私の胸が高鳴る。そんな自分の感情に私は強い衝撃を受けた。今まで一度もなかったことだけに内心で激しく動揺する。
「淑女の失敗を楽しむだなんて、随分と良いご趣味だとこと。わたくしだって失敗することくらい、メルヴィン様?」
「ああ、いや、何でもない。君の拗ねた顔なんて初めて見たから、珍しいと思って」
「わたくしを何だとお思いなんですか」
まずいと思ったときには遅かった。フェリシア嬢は私の顔を見て訝しげな視線を向けてくる。頭に血が上っていることを自覚できただけに私は思わず顔を背けてしまった。しばらく気まずい沈黙が生徒会室に満ちる。
このままではいけないと私は小さく深呼吸をして表情を戻した。きっとこれでいつも通りに戻っていると信じて会話を再会する。
「良き淑女かな。サンディだと『完璧な』という飾り言葉に変わるが」
「アレクサンドラ様と比べていただけるなんて光栄ですわ」
「まぁでも、面白い一面があると知って安心したよ。完璧すぎるというのも近寄りがたいものだしね」
「今度アレクサンドラ様にお目にかかる機会がありましたらご報告して差し上げますわ。それで、お話は終わりでしょうか? それなら作業に戻らせていただきたいのですが」
「待ってくれ。実はひとつ大切な相談があるんだ。生徒会役員に誘う一学年生の選定についてなんだが」
「確かにもうそんな時期ですわね。わたくしたちも去年の今頃に生徒会入りをしたことを思い出しましたわ」
「そう、そんな時期なんだ。それで、私は子弟の候補を考えているんだが、フェリシア嬢の意見を聞きたいんだ」
「よろしいですわ。どのような殿方でしょう?」
「ネヴィル公爵家のローレンスにオクロウリー伯爵家のハミルトンの二人だ」
「はい?」
人選には自信があったし妥当だとも考えていた私だが、フェリシア嬢には意外だったらしい。大きく目を見開いて固まった。
若干自信が揺らぎつつも問いかけてみる。
「どうだろうか?」
「家柄、能力、そして性格、いずれも申し分ないと思います」
「良かった。なら、ローレンスとハミルトンに話を持ちかけてみるよ」
「ええ。それで、わたくしの方からも二人ほど推薦したいのですが」
「そうだね、子弟だけじゃなく子女も役員に迎え入れないといけないからな。それで、どのような者なのだろう?」
「パッカー男爵家のジェマ嬢とラムゼイ子爵家のアーリーン嬢です」
今度は私が目を見開いて固まった。ジェマ嬢とアーリーン嬢と言えば先程出会いで失敗した二人の子女だ。しかも、男爵家と子爵家と家格はいささか低い。その二人を推薦する?
困惑しつつも私はフェリシア嬢に確認してみる。
「その二人は君がつらく当たったという噂の?」
「そうです。お二人には光るものがありましたので目を掛けようとしたのですが、うまくいかなかったのです」
その自信に満ちた態度に再び私は胸を高鳴らせてしまった。今日は一体どうしたのだろうか。一度意識してしまうとフェリシアに惹かれてゆくことから目を背けられない。そして、いつも自分を避けるかのような彼女の態度を少し悲しく感じた。
いや待て、今はそんなことを考えている場合ではない。というより、また顔に出ていたら大変だ! 今は目の前のことに集中しよう。
「君がそこまで入れ込むご令嬢か。それは興味あるな。だったらそちらも話を持ちかけてくれないか。ああしかし、出会いがまずいだったか?」
「今度こそきちんとお話をしてみせますとも。最悪駄目でしたらメルヴィン様にお願いするかもしれませんが」
「おいおい頼むよ。話を持ちかけるくらいはうまくしてくれないと」
「善処いたしますわ」
すました顔のフェリシア嬢が私にうなずいた。それを見てまた、だから今は駄目なのだ!
話が終わると私は目の前の書類へと顔を向ける。再びそれに手を付けるのに少し時間がかかった。
どうせなら四人まとめて面会しようとフェリシア嬢に持ちかけた私は子女側の日程を調整してもらった。その間にローレンスとハミルトンの二人に話を持ちかけ、了承を得る。ローレンスなどはあらかじめ予想していたらしく、二つ返事で応えてくれた。
そうして生徒会室で面会する当日、私は生徒会長の席でフェリシア嬢と共に一学年生の四人を待った。
先にやって来たのはローレンスとハミルトンだ。入室を許可すると自然体で生徒会室に入ってくる。
用意した席の前で立ち止まった二人を私は笑顔で迎える。
「やぁ、二人とも。そちらの席に掛けてくれ。今日はあと二人、副会長が推薦してくれたご令嬢がやって来る予定だ」
二人の視線がフェリシア嬢に向いた。わずかに間が空いた後、三人が挨拶を交わす。態度はともかく表情が若干硬いのはどちらもフェリシア嬢の噂を知っているからだろう。生徒会に入って活動をしてもらう以上は、早急に誤解を解いておかねばならない。
次いでフェリシア嬢が推薦したジェマ嬢とアーリーン嬢が入室してきた。どちらも不安そうな顔をしている。まるで叱られるために呼び出されたかのようだ。
そんな二人に対してフェリシア嬢が笑顔で声をかける。
「ジェマ、アーリーン、ようこそお越しくださいました。そちらの席にお掛けになってくださいな」
声をかけられた子女二人は更に不安そうな顔つきをしつつも用意された席に座った。これで一学年生が全員揃ったわけだ。
これから全員の顔合わせをするわけだが、やって来た四人全員が王族である私よりもフェリシア嬢に対して緊張しているように見えた。ローレンスとハミルトンにとっては良い噂と悪い噂が同時に流れるご令嬢に見えるだろうし、ジェマ嬢とアーリーン嬢は実際に怖い思いをした相手だ。緊張するなという方が無理だろう。
そうなるとここはひとつ私がフェリシア嬢に対する誤解を解くべきだ。これから円滑に生徒会の活動をしてもらうためにも必須である。
ちらちらと横を見る一学年生子女二人の視線を私が追うとフェリシア嬢の微妙な表情があった。どう切り出そうか迷っているのかもしれない。
思わず苦笑いした私は最初にこの件を片付けることに決める。
「君たち二人がフェリシア嬢から少々強引な誘いを受けたことは私も知っている。普段は完璧と言って良いほどの淑女ぶりの彼女だが、入れ込んだ相手と話すときは少々不器用になるらしいんだ。あと、フェリシア嬢を崇拝している取り巻きも少々やり過ぎるとは聞いたことがある。今すぐ仲直りをして受け入れろとは言わないが、生徒会に入ってしばらく彼女がどのような人物か見てはいかがだろうか」
この言葉を皮切りに私はジェマ嬢とアーリーン嬢にフェリシア嬢が初めて会ったときの失敗を語った。その内容に二人の子女だけでなく、フェリシア嬢も目を見開くのを見る。
「メルヴィン様、何もわたくしが語ったことをそのままお話なさらなくても」
「些細な手違いが原因なんだから、相手に内情を語った方が良いよ」
「そ、そうなのかもしれませんが」
まだ傷は浅い段階なのだから包み隠さず語ってしまった方が誤解は解けやすいと私は考えた。現にジェマ嬢とアーリーン嬢の態度が話す前よりも軟化している。
心情的にはまだ抵抗あるのかもしれないが、それはこれから徐々に解きほぐしていくしかないだろう。
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