生徒会の会長と副会長
今年の春からわたくしは副会長を務めることになりました。何とか辞退しようとしたのですが、評判と家格、それにアレクサンドラ様の後押しがあっては断りきれなかったのです。
そんなとある日の放課後、生徒会室で生徒会長のメルヴィン様と共に作業をしておりました。ちょっとした事務作業です。すると、副会長の席に腰掛けるわたくしは生徒会長の席に座るメルヴィン様から声をかけられました。ペンを握る手を止めて顔を上げます。
「フェリシア嬢、少し話をしても良いだろうか?」
「構いませんわ」
「最近、君のちょっとした噂を耳にしたんだ。気に入らない令嬢につらく当たるというものなんだが」
「ジェマとアーリーンの件ですね。噂になっているのは知っています」
「あれは事実なのか?」
「まさか。あのお二人への接し方を誤ってしまったところを周囲の方々が尾ひれを付けて噂なさっているのです」
「接し方を誤った? 君がかい?」
意外そうな表情を浮かべられたメルヴィン様が説明を求められたので、わたくしは当時のことをお話しました。ジェマの件はまだしも、アーリーンの件は納得していませんが。
わたくしの話をお聞きになったメルヴィン様は苦笑いされました。そのご様子を見てわたくしは口を尖らせます。
「淑女の失敗を楽しむだなんて、随分と良いご趣味だとこと。わたくしだって失敗することくらい、メルヴィン様?」
「ああ、いや、何でもない。君の拗ねた顔なんて初めて見たから、珍しいと思って」
「わたくしを何だとお思いなんですか」
少し顔を赤くなされたメルヴィン様を睨め付けるとわたくしから顔を逸らされました。珍しいといえば、今のメルヴィン様のお顔も初めてお目にしますわね。
しかし、そのお顔はすぐにまたいつもの王太子殿下のものへと戻ります。
「良き淑女かな。サンディだと『完璧な』という飾り言葉に変わるが」
「アレクサンドラ様と比べていただけるなんて光栄ですわ」
「まぁでも、面白い一面があると知って安心したよ。完璧すぎるというのも近寄りがたいものだしね」
「今度アレクサンドラ様にお目にかかる機会がありましたらご報告して差し上げますわ。それで、お話は終わりでしょうか? それなら作業に戻らせていただきたいのですが」
「待ってくれ。実はひとつ大切な相談があるんだ。生徒会役員に誘う一学年生の選定についてなんだが」
「確かにもうそんな時期ですわね。わたくしたちも去年の今頃に生徒会入りをしたことを思い出しましたわ」
入学以来、わたくしは忙しく過ごしてきたこともあって遠い昔のことのように振り返りました。果たしてこれで破滅を回避できるのか未だに確信は持てません。
ただ、それはそれとして生徒会の人員を補強する必要はあります。なので、そろそろ一学年生から役員に迎え入れる方を見繕わなければならないのは確かでしょう。
わたくしがうなずくとメルヴィン様が言葉を返してこられます。
「そう、そんな時期なんだ。それで、私は子弟の候補を考えているんだが、フェリシア嬢の意見を聞きたいんだ」
「よろしいですわ。どのような殿方でしょう?」
「ネヴィル公爵家のローレンスにオクロウリー伯爵家のハミルトンの二人だ」
「はい?」
いきなり攻略対象男性キャラの名を告げられたわたくしは目を見開きました。自分の悪評を打ち消すのに忙しくて彼らのことをすっかり忘れていましたわ! このままではゲーム同様の生徒会が完成してしまいます。しかも、ヒロインとの関係はやや悪く、おまけに悪評も残ったままではありませんか。
いけません。これはかなりいけない状況です。今まで頑張って色々と努力してきたというのに、気付けばほぼゲームの状況と変わらないなんて!
何とか表情を取り繕って小首を傾けるわたくしはメルヴィン様に重ねて問いかけられます。
「どうだろうか?」
「家柄、能力、そして性格、いずれも申し分ないと思います」
前世の知識を頭の中に思い浮かべながらわたくしは感想を漏らしました。
ゲームで攻略対象男性キャラに指定されるだけあってこの二人はどちらもハイスペックイケメンです。ローレンス殿は知的クール、ハミルトン殿は気の優しい野生児という感じのです。つまり、生徒会入りを反対する理由がない。
これはまずいです。生徒会入りを阻止することはできそうにありません。しかし、何としてもゲームと同じ状況は避けたい。
限られた時間の中、次第に焦ってきたわたくしは追い詰められていました。どうすれば良いのか必死に考えます。そこでひとつの天啓が脳内に降りてきました。
拒否できなければ、別のものを引き入れて違う状況にすればいいじゃない!
攻略対象男性キャラが生徒会入りするのが避けられないので、本来なら役員にならない人物を役員にすればゲームと異なる状況になるはずだとわたくしは考えました。
では、その人物とは誰なのか。
先程のわたくしのつぶやきを耳にされたメルヴィン様が安堵の表情を浮かべられました。そして、機嫌良くわたくしに話しかけられます。
「良かった。なら、ローレンスとハミルトンに話を持ちかけてみるよ」
「ええ。それで、わたくしの方からも二人ほど推薦したいのですが」
「そうだね、子弟だけじゃなく子女も役員に迎え入れないといけないからな。それで、どのような者なのだろう?」
「パッカー男爵家のジェマ嬢とラムゼイ子爵家のアーリーン嬢です」
にっこりと笑顔を浮かべたわたくしにメルヴィン様が困惑したお顔を向けられました。それはそうでしょうね。
「その二人は君がつらく当たったという噂の?」
「そうです。お二人には光るものがありましたので目を掛けようとしたのですが、うまくいかなかったのです」
何しろ各種パラメーターを最大まで引き上げれば完全無欠のご令嬢になるハイスペックヒロインたちです。潜在能力については折り紙付きと言えるでしょう。前世のゲームの知識がなければ知るよしもないことですが。
もちろん、これは危険な賭です。一歩間違えば一気に詰んでしまう可能性があります。しかし、発想を変えてみましょう。今まではゲームの状況にならないように努力しては世界の修正力にしてやられていました。ならば、ゲームの状況以上にしてわたくしが引っかき回してしまえば良いのです。
ともかく、今はゲームの世界そのままの状況になるよりかはましだと信じるしかありません。
わたくしの真剣な眼差しを受け止められたメルヴィン様が真面目に検討してくださいます。
「君がそこまで入れ込むご令嬢か。それは興味あるな。だったらそちらも話を持ちかけてくれないか。しかし、出会い方を誤ったのだったか?」
「今度こそきちんとお話をしてみせますとも。最悪駄目でしたらメルヴィン様にお願いするかもしれませんが」
「おいおい頼むよ。話を持ちかけるくらいはうまくしてくれないと」
「善処いたしますわ」
すました顔でわたくしはメルヴィン様にうなずきました。もちろん、わたくしの未来のためにも絶対に失敗するわけにはいきません。
決意も新たにわたくしは作業に戻りました。
数日後、わたくしはヒロイン二人にどうにか穏便に話を伝えることができました。最初は辞退しようとしていたお二人でしたが、かつてアレクサンドラ様に説得されたときのことを思い出しながらお話をした結果、どうにか応じてもらえました。若干涙目になっていたのはこの際仕方ありません。
そうして生徒会室で面会する当日、わたくしは副会長の席でメルヴィン様と共に一学年生の四人を待っていました。
先にいらしたのはローレンス殿とハミルトン殿です。入室を許可しますと自然体で生徒会室に入ってこられました。
その二人をメルヴィン様が笑顔で迎えられます。
「やぁ、二人とも。そちらの席に掛けてくれ。今日はあと二人、副会長が推薦してくれたご令嬢がやって来る予定だ」
二人の視線がわたくしに向けられました。一呼吸置いた後、挨拶を交わします。恐らくどちらもわたくしの噂を知っているのでしょうね。表情はわずかに硬いです。
次いでわたくしが推薦したジェマとアーリーンが入室してきました。どちらも場違いな場所にやって来たと思っているのでしょうか、不安そうな顔をしています。
「ジェマ、アーリーン、ようこそお越しくださいました。そちらの席にお掛けになってくださいな」
わたくしに声をかけられた二人は更に不安の色を濃くしつつも用意した席に座りました。これで全員揃いましたわね。
これから行う面会は生徒会役員に入る方と迎える者との初会合です。言わば顔合わせのようなものですが、わたくしはこの新人四人から良い印象を持たれていません。できれば誤解を解きたいのですが、どうしたものでしょうか。
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