攻略対象男性キャラを見て思うこと

 聞くところによりますと、殿方はどんな女性が好みなのかという話をよくされるそうです。具体的な内容は憚られますので省略しますが、たまに取り巻きの子女や知り合いのご令嬢から耳にしました。


 失礼ですわよね、というのは簡単ですが、わたくしたちが殿方の話をしていないのかというとそんなことはありません。非常によくお話をしています。具体的にどんなお話をしているのかは乙女の秘密ということで省略しますが、非常に多岐にわたるとだけ申しておきましょう。殿方が思っている以上によく見ているのですよ、皆さん。


 ですので、わたくしの周りでもそういったお話がよく話題として持ち出されます。


 この日も誠心堂で昼食をいただいているときにそう言った話題になりました。きっかけはダーシーです。


「フェリシア様って、生徒会室で毎日王太子様とお目にかかっているんですわよね」


「毎日というわけではありませんが、まぁ大体の日は」


「いつもどんなお話をなさっているんですか? お仕事のお話以外で!」


「えぇ? 仕事以外で?」


 最も無難な回答を封じられたわたくしはいささか困惑しました。最近のダーシーはこういうところで知恵が回るようになっています。わたくしとしてはもっと他のところで能力を発揮してほしいのですが。


 それでも一応振り返ってみますと、以前と比べて最近は雑談を交わすようになったことに気付きました。一学年生のときは本当に生徒会の仕事の話しかしなかったですね。


 雑談をするようになったきっかけは何かと考えましたが、特に何も思い浮かびませんでした。何か特別な出来事があって関係が近くなったのではありません。強いて上げれば、アレクサンドラ様が卒業されて間が持たなくなったからでしょうか。去年は何かとあの方とお話をすることが多かったですから。


 過去を振り返ったわたくしはいささか難しい顔をしながら口を開きます。


「そうですね、どんなお茶が好きなのかだとか、お城で飼っていらっしゃる猫のお話だとか、国外に赴かれたときのお話だとか、かしら」


「まぁ! ぜひお伺いしたいですわ! お話してください!」


 目をきらきらとさせたダーシーが両手を合わせてこちらに顔を寄せてきました。他の取り巻きたちも同様です。


 これは話さないと収まらないと考えたわたくしは、無難な話を選んで皆さんにお話をしました。内容はありきたりなものに近くなってしまいましたが、それでも王族とのお話の一端を知れた皆さんは満足されたようです。


「いいなぁ、フェリシア様が羨ましいです。あの王太子様とお話できるなんて!」


「ふふふ、とても光栄なことですよね」


「それでフェリシア様は王太子様のことをどう思っていらっしゃるのですか?」


「えぇ? どうと言われましても」


 突然急角度から突っ込まれた問いかけにわたくしは困惑しました。まさかわたくしを破滅に追いやる可能性を秘めた恐ろしいお方だと思っているなどとは口にできません。


 ただ、そういったことを抜きにして、わたくしは改めてメルヴィン様のことをどう思っているのか考えてみました。


 最初は完全に乙女ゲームの攻略対象男性キャラとしてしか見ていませんでした。メルヴィン様の情報も前世のゲームの知識からのものばかりで、それこそデータを並べた感じにしか受け止めていなかったわけです。それが生徒会で共に仕事をするようになってからは、やはり生きている一人の男性なのだと思いを改めました。当たり前の話ですが、この世界は乙女ゲームに似ている世界であってゲームの世界そのものではありません。ですから、あの方はゲームのキャラではないということを強く認識しました。それだけに、ゲームの展開へと仕向けようとする世界の修正力には憤りを感じますが。


 そんな感じで生きた存在としてメルヴィン様を認識するようになったわけですが、では男性としてはどうなのかと申しますと正直何とも思っていないというのが実感です。良い方だとは思うのですが、どうしても断罪劇のあの場面を思い出してしまって恋心というところまでは傾きません。


 これを素直に皆さんへ伝えるわけにはいかないので、わたくしは言葉を選んでお話をします。


「とても素晴らしい方だと思います。生徒会長としてその責務を果たそうとされるお姿はとても尊敬しています」


「まぁ、そうなんですの! それ、他には?」


「他にはと言われても、それ以上は特に」


「え~、こうもっと殿方として魅力を感じるとかはないんですか!?」


「そういうのは、特に」


 質問を重ねられたわたくしはその都度正直に返答しましたが、皆さんの期待には応えられなかったようです。なんだか悪いことをしてしまったような気がしますが、こればかりは仕方ありません。


 少しの間意気消沈した取り巻きの皆さんですが、すぐに気を取り直して別の殿方の話題へと移っていきました。わたくしの回答への不満を解消するためなのか、様々な殿方のお名前が出ては消えてゆきます。


 今食堂にいらっしゃる殿方も多いのですが、聞かれる心配はまずありません。子弟は誠心堂の南側、子女は北側に固まって座る傾向があり、わたくしたちは北の端にあるテーブルを囲っているからです。ちなみに、在校生同士で婚約をしている方々ほど境界にあるテーブルに座る傾向があります。


 話をしながらもダーシーたちはたまに南側へと顔を向けていました。話題に出ている殿方を探し、見つけたらその方を眺めておしゃべりをするのです。あまり良い趣味とも言えませんが、やりたくなる気持ちはわかるので何も言いません。


 こういう殿方の話題になりますと、最もお名前が上がるのがメルヴィン様です。王太子殿下でいらっしゃるのである意味仕方ないことなのですが、それを抜きにしても眉目秀麗にて文武両道なお方ですから注目されることは不思議ではありません。


 取り巻きの皆さんの話題にも当然メルヴィン様のお名前が上がりましたが、今は既に誠心堂にはいらっしゃらないらしく、すぐに別の方へと話が移ってゆきます。


「ダーシー、見て! あそこにローレンス様がいらっしゃるわ」


「本当に! 今年に入学された中でも特にお顔が整っていらっしゃるわね」


「王太子様とはまた違った方向で素晴らしいですわ」


「あの愁いを帯びた目で見つめられて優しい言葉を囁かれるところを想像すると、もう!」


 皆さんが目を向ける先にわたくしも顔を向けました。遠く離れた場所にあるテーブルの一角にやや童顔の少年のような殿方が座っていらっしゃいます。


 ローレンス殿はネヴィル公爵家の嫡男でいずれは王国の宰相とも名高い次期公爵家当主です。他人と距離を置こうとする傾向があり、あのお歳で人生を達観していらっしゃいます。ちなみに、アレクサンドラ様の実弟でもあり、頭が上がらないそうです。


 この知識はいずれも前世のゲームの知識からのもので、つまりあの方も攻略対象男性キャラのお一人というわけですね。ハイスペックイケメンなので子女に人気が高いです。


 次いでダーシーが別の方の話を始めした。テーブルを共にする皆さんの目が一斉にその方向へと向かいます。


「あちらにハミルトン様がいらっしゃるわ! なんて凜々しいお方かしら!」


「ローレンス様のような貴族然とした方もいいけど、ああいう荒々しいところのある方もいいわよね」


「あの方に迫られたらどうしましょう!?」


 相変わらずわたくしの取り巻きの皆さんは元気に盛り上がっていました。遠く離れた別のテーブルを囲んで友人と歓談されている殿方の姿がここからも見えます。


 ハミルトン殿はオクロウリー伯爵家の三男で、未来の騎士団長と噂されるほど武勇に秀でた方です。わんぱく小僧のように活発で、それでいて困っている人を見かけたら放っておけない性格でもあります。ただ、何も考えずに勢いで行動されるのが困ったものですが。


 この殿方も攻略対象男性キャラのお一人です。ローレンス殿とはまったく違った魅力の持ち主なので、今年の一学年生では人気を二分しています。


 このお二方も要注意人物なので接触にはかなり気を遣う必要があります。今のところは出会う機会もありませんが、お目にかかっても付かず離れずでお付き合いするしかないでしょう。


 そんなことをわたくしが考えていますと、ダーシーが声をかけてきます。


「フェリシア様はあのお二人のことをどう思われますか?」


「特に何とも」


「ああもう、フェリシア様はさっきからそればっかりじゃありませんか!」


「そう言われても」


 どちらもメルヴィン様に並んでわたくしが破滅する原因になる方ですので、警戒する以外の感情などあるはずがありません。


 取り巻きの皆さんにどう答えたものかと悩み、わたくしはため息をつきました。

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