繰り返される打算まみれの善行
ヒロインとの接触に失敗するというまさかの事態にわたくしは頭を抱えました。まさか声をかけることさえうまくいかないとは予想外です。
非常に残念ですがじっとしていても状況は悪くなる一方です。何しろ今はわたくしの悪い噂が広まりつつあります。これを打ち消さないといけません。
ほとぼりが冷めるのを待つためヒロインにはしばらく関わらないことにしたわたくしは、それ以外の方々に再び善行を積み重ねました。
春からは一学年生が新たに入ってきたので、彼女たち子女へとしっかり挨拶をしてゆきます。すれ違う度に、または出会う度に、そして誰にでも声をかけてゆきました。もちろん柔らかい笑みとともに。
「ごきげんよう」
「ご、ご機嫌麗しゅう、フェリシア様」
今も乙女館と淑女堂を繋ぐ屋根付きの回廊ですれ違ったご令嬢と挨拶を交わしました。相手の方の笑顔は引きつっています。あの噂が広まって以来、せっかく柔らかくなってきた皆さんの対応がまたぎこちなくなってしまいました。わたくしはとても悲しいです。
しかし、例え賽の河原に積み上げた石の山をぶち壊されようとも、わたくしは再び小石を拾って積み上げるしかありません。傷付いた名誉を再び輝かせるためにも挨拶は続けなくてはいけないのです。これで評判が良くなると信じて。
小さなことからこつこつと善行を積み重ねていますと、たまに思わぬ事態に遭遇することがあります。
とある日、知り合いのご令嬢から諍いの仲裁を求められました。二学年生の間ではまだわたくしの評判はそう悪くないのでこういうこともあるのです。
「フェリシア様、私の仲の良いケイシーとデイナが刺繍のことで喧嘩を始めてしまったんです。同じ花でも薔薇と百合のどちらがきれいかで」
「それはまた」
原因が些細なことにわたくしは内心脱力しました。より細かく申し上げますと赤い薔薇と白い百合のどちらが美しいかということでだそうですが、それで二つのグループが対立してしまったそうです。
「お互いそれぞれが好きで良いではありませんか」
「私もそう思うんですけど、お互いのお友達が自慢するときに相手の花をけなしちゃったみたいで、どちらも引っ込みがつかなくなったみたいなんです」
思わすわたくしは小さくため息をつきました。なんと愚かなと思いましたが口にはしません。恐らく勢いで口にしてしまったのでしょう。わたくしの取り巻きにもやらかしそうな者がいますからよくわかります。
ともかく、おおよその事情は理解しました。なので次は行動に移ります。
最初にケイシーとデイナを個別に呼んで庭園でお茶会を開きました。そのときに当の問題についてそれとなく話を振ってみまと、どちらも嬉しげに自分の好きな花を語り、相手の花をけなしました。それともうひとつ、その花というのが両人のお母様が好きな花らしいことが判明します。
どちらも引かない理由を知ったわたくしは頭を抱えました。当人の母親への思いも絡んでいるとなると簡単に説得できるとは思えません。さすがに一人では解決できないと考えたわたくしは頼れる侍女に相談します。
「カリスタ、自分の好きな刺繍をけなされて喧嘩をしているお二人を仲直りさせる方法はないかしら? しかもその刺繍の柄が自分のお母様が好きな花なのよ」
「難しいですね。いっそのこと両方の花を刺繍したものを用意してお話をしてはいかがですか?」
打開策になりそうな案を教えてもらったわたくしは早速知り合いのご令嬢にお願いをしました。その方は密かに人間ミシンと呼んでいるほど刺繍が上手で素早いのです。
そうしてすべての用意を済ませると、今度はケイシーとデイナのお友達も含めて庭園の東屋でのお茶会に誘いました。普通なら喧嘩をしている相手が参加するお茶会などに誘っても断られるものですが、ここでわたくしは侯爵家の威光をちらつかせます。あまりやりたくはないのですがここは仕方ありません。
こんな形で誘ったものですからお茶会の当初は冷ややかなものでした。いえ、ケイシーとデイナの集団を隣に配置したのである意味熱かったとも言えます。一触即発という意味で。
もちろんわたくしの取り巻きたちも当然参加してもらっています。今回はあらかじめ二つの集団をおもてなしするよう頼みました。あのダーシーでさえ顔を引きつらせていますが、とりあえずは何とかやってくれているようです。
そんな危なっかしい始まり方をしたお茶会ですが、わたくしは最初から余裕の笑みを浮かべて皆さんと談笑しました。もちろん雰囲気は最悪ですから話ははずみません。しかし、そんなことは最初から承知の上です。
今日のわたくしは首にスカーフを巻いていました。片方の端に赤い薔薇と白い百合をあしらったものです。それを皆さんに見せながらお話をして回りました。しかし、自分からそのスカーフのことは何も言いません。あくまでも見せるだけです。
このようにして皆さんとお話をしていますと、当然ケイシーとデイナそれにそのお友達の皆さんはスカーフに気付いて注目されました。そして、ついにケイシーがわたくしに尋ねていらっしゃいます。
「フェリシア様、そのスカーフはどうなされたのですか?」
「これですか? 知り合いの刺繍が得意な方からいただいたのです。あしらってあるお花も可愛らしいでしょう?」
「ええ」
「色も形も全然違うお花ですけど、こうして並べてみるとどちらもお互いを引き立ててよく見えると思いません?」
「あ、はい」
それまでの険悪な雰囲気だったお茶会が微妙な雰囲気に変化しました。お茶会としてはまだまだ良くないのですが、今回の目的はお茶会を楽しむことではないので構いません。
結局、お茶会は最後までそのままの雰囲気でした。ただし、ケイシーとデイナの仲はそこまで悪い感じではなくなっていました。今回のわたくしからのお願いをスカーフから読み取っていただけたようで嬉しいです。
その後、仲裁の相談をしてきたご令嬢によると二人は仲直りしたそうです。まだ態度はお互いに硬いらしいですが、それは相談してきたご令嬢と当人たちの問題なのでそっとしておきます。
難題をひとつ解決して安心していたわたくしですが、まるで狙っていたかのように次の相談が舞い込んできました。
お昼時、誠心堂内のテーブルで食事をしているときでした。いつもなら思ったことは何でも口にしてしまうダーシーが珍しくわたくしの顔を見て言いにくそうにしているではありませんか。
気になったわたくしが声をかけてみます。
「どうしたのですか、ダーシー。あなたが言い淀むなんて珍しい」
「あのですね、フェリシア様。相談したいことがあるんです」
「勉強の件でしたらまず自分で考えるべきですよ」
「今日は勉強じゃないんです! お友達の妹のことなんです。実は、そのお友達ってイレインのことなんですけど、その妹のフローラが今年学園に入ってきたんです。でも、ちょっと抜けているところがあってよく失敗するところがあって」
それからやたらと長い話を聞かされたので要約しますと、不器用なフローラという子が友達作りに失敗して孤立した上に悪い噂を流されているというものでした。一応姉であるイレインの集団には入っているそうですが、同学年ではお友達がいないのでやはり肩身が狭いらしいのです。
「ところで、その悪い噂というのはどういったものなのですか?」
「例えば、陰険だとか、意地悪だとか、性格が悪いだとか、そんな感じですわ」
まるで
今はまだ大した内容ではありませんが、これは放っておくとよりひどくなる可能性が高いです。
「わかりました。それでは、そのフローラという子の面倒はわたくしたちで見ましょう」
「フェリシア様!」
「ダーシー、わたくしたちの周りで今年入学してきた子達に声をかけさせるようにしましょう。姉がイレインなら、その集団に近しいところの子達が良いですね」
「わかりました。すぐにお話をします!」
「それと、フローラという子の良い噂を流しましょう。噂の出所を隠す必要はありません。あなたがイレインの妹を気にかけているという感じでよろしいでしょう」
今回の件はわたくしの名前を直接出すと逆にどぎつすぎるでしょう。噂もまだそこまでひどいものではないのでダーシーの名で充分なはずです。
この後、フローラはダーシーに頼まれたご令嬢とお付き合いするようになり、悪い噂もすぐに立ち消えになりました。
本人以上にダーシーに感謝されましたが、ともかく大事に至らなくて良かったです。
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