変わり者に見える侯爵令嬢(他者視点)
──学友ダーシー・テート視点──
歴史あるアスター学園に入学することを私はとっても楽しみにしていたの! 何しろここでたくさんのお友達を作って、すばらしい殿方と巡り会って、その後もずっと楽しく過ごさなきゃいけないんだから!
入学式当日、私は誠心堂で寄親であるクエイフ侯爵家のご令嬢フェリシア様をお待ちしていました。それまでも父上と母上が毎年年始のご挨拶でクエイフ侯爵家のお屋敷に参ったときに私も連れて行ってもらっていたんだけど、そのときに何度かお目にかかっていたのよね。
毎回お目にかかる度に思うんですけど、本っ当にフェリシア様ってすごい方ですのよ! もう何でもできてしまうんじゃないかっていうくらいに! 私じゃとてもあんな風にはなれないから心の底から尊敬しているの! あ~羨ましいなぁ。
待ちに待ったフェリシア様は誠心堂にいらっしゃると、まっすぐに王太子様の元へと向かわれました。そして、気負った様子もなくご挨拶なさるとそのまま離れられます。私だったらもっとお話をしようと頑張っちゃうんだけど、そこはさすがフェリシア様、あっさりとなさっていますわ。
ここで私の出番です。これから三年間ご一緒する身としては、ダーシー・テートここにありと印象付けておかないと、他の取り巻きに後れを取ってしまいます!
「フェリシア様、おはようございます! 今日からいよいよ学園生活が始まりますわね!」
「朝から元気ですわね、ダーシー」
「それはもちろん! 何しろ同学年生にあの王太子様がいらっしゃるんですから!」
「声が大きいですわよ、ダーシー」
「はっ!? 申し訳ありません」
早速やらかしてしまった! なんということかしら。これはすぐに挽回しないと!
そこで私は式が始まるまでの間、フェリシア様とお話をしました。飽きることがないようにそれはもう色々な話題を振りまいて。おかげで、どうにか先程の失態を取り繕うことができたみたい。良かった!
その後の学園生活はとても充実していて本当に楽しい! お優しいフェリシア様は誰とでも気軽にご挨拶なさって、悩める方がいれば誠心誠意ご相談に乗り、可能なら手を差し伸べられるんですのよ。しかも、分け隔てなく。その甲斐あって周りの評判も高まるばかり! さすが我らがフェリシア様! これからも苦手な算術を教えてください! あれ、全然わからないんです!
夏休み前には噂に聞いていたアスターパーティにも参加したけれど、本当にきらびやかで楽しかったわ! 惜しむらくはお相手が定まっていなかったことね。入学初年度の私たちだと珍しくないそうだけども。
来年こそは、フェリシア様もご一緒に婚約者を見つけて臨むわよ!
──侍女カリスタ・ソールズベリー視点──
私が今お仕えしている主人のフェリシア様は優秀なお方です。文学、算術、舞踏、礼儀作法などは早くから修得なされ、十歳を過ぎた辺りからはご当主様のお仕事の一部を手伝っていらっしゃったそうです。そのお姿を見た一族の方々は、これが男子であったならばと大層お嘆きになったとか。
そんなフェリシア様に私がお仕えするようになったのはアスター学園に入学される二年前です。今でこそ学園の寮生活全般のお世話をいたしておりますが、元々はお仕事のお手伝いをするためにクエイフ侯爵家が子女を求め、私が応じたのが始まりでした。
当初はその聡明なご令嬢にお仕えできた喜びでいっぱいだった私ですが、しばらくするとフェリシア様の別の面を知るようになります。いつもは非の打ち所がない主人なのですが、たまに言動が怪しくなるのです。
そうは言いましても、決して狂人のような奇行を行うわけではありません。少し怪しいだけなのです。例えば、真剣なお顔でげーむの設定だとか世界の修正力だとかつぶやかれたり、特に同年代の殿方とできるだけ会わないようになさったり、アスター学園に入学せずに済む方法を真剣に検討されたりされていました。
当初はあまりにも優秀すぎる故に凡人の私では理解できないのではと考えましたが、どうも単におかしいだけのように最近は思えてなりません。いずれも大事には至っていないのでそう強くお諫めいたしておりませんが。
ただ、やはり優秀なお方には違いありません。アスター学園に入学後、積極的にご学友と交流され、瞬く間に同学年子女の中心に収まったその手腕はさすがの一言です。しかも、身分の高低にかかわらず誰とも気さくにご挨拶なされ、関わる方々のお悩みをお聞きし、可能ならば解決しようとするそのお姿は本当にそばで見ていて誇らしいです。たまに怪しくなる言動は相変わらずですが、それさえなければ完璧と申し上げる他ありません。
そんな我が主人が学園内で噂になるのは当然でしょう。たまに他の子女にお仕えする方々とお話をする機会がありますが、主人の話になると決まって良い噂を耳にできるというのは実に幸せです。悪い噂は隠されているかもしれないと? そこはうまく聞き出す方法があるのですよ。
ですから、たまにつぶやかれる破滅しそうという言葉の意味がわかりません。今のフェリシア様にそのような兆候などないのですから。先日も、ついに生徒会役員になってしまったと頭を抱えていらっしゃいましたが、とても名誉なことではありませんか。
これからますます我が主人は光り輝かれることでしょう。
──王太子メルヴィン・ユニアック視点──
王族として生まれた以上、権力争いから逃れられないことは幼い頃から承知していた。しかし、それは諦めていたという意味であり、決して受け入れていたわけではない。まだ何の力もない子供の自分に媚びる大人の笑顔が気持ち悪くて仕方なかった。
では、大人だけ避ければ良かったのかというとそうではない。次の時代の家臣、将来の妃の候補、などという理由で同年代の子供とたまに会うことがあった。最初の頃こそ対等の友人というものに期待していたが、すぐにそれは幻想だと思い知る。親に
そんな子供時代を送ったものだったから、私はアスター学園に入る頃にはすっかり人を信用できなくなっていた。そんな折、入学式で数年ぶりにクエイフ侯爵家のフェリシア嬢を見かける。
「おはようございます、メルヴィン殿下」
「君は確か、クエイフ侯爵家のフェリシア嬢か。そういえば歳が同じだったな」
「はい。これから三年間、よろしくお願いします」
「ああ、こちらこそ」
私の素っ気ない態度を気にする様子もなく、フェリシア嬢はその場から離れて入学式に臨んだ。そういえば、前に会ったときもあんな感じだったことを思い出す。私に媚びることなく、逆に避けているようにすら見えた。彼女の態度はあのときと何も変わらない。
とはいえ、その後はほとんど関わることがなかった。同じ学園内とはいえ、アスター学園は基本的に子弟子女があまり接しないように配慮されている。積極的に関わるときと言えば、舞踏の稽古のときくらいだ。後は昼食時に誠心堂で食事をするときくらいか。
にもかかわらず、入学して一ヵ月を過ぎるとフェリシア嬢の噂が子弟の間にも流れ始めた。色々と他人の世話を焼いているらしい。今まで会った印象からはそのような感じはしなかったのだが、入学してから何かが変わったのだろうか。
この時点ではまだその程度の認識だった。噂だけなら他の子女の話も入ってきたので長く関心を持つこともなく、すぐに忘れてしまう。
ところが、夏期休暇前になって再びフェリシア嬢の名前を強く意識するようになった。親戚であるネヴィル公爵家のアレクサンドラことサンディから生徒会入りを打診されたのだ。入学前からこのことは承知していたので二つ返事で現生徒会長からの誘いに応じる。
するとどうだ、何とあのフェリシア嬢もサンディに誘われて生徒会に入ってきたではないか。しかも若干困惑した顔をして。普通は生徒会役員になることは名誉なことと喜ばれるものらしいが、彼女だけ違うのだろうか。
夏期休暇後は私が会長職に就くことになっているが、それまでは私も一役員でしかない。フェリシア嬢共々生徒会の雑用ををすることになった。そして、ここに至ってひとつはっきりとわかったことがある。
「私はフェリシア嬢に避けられている?」
あからさまにではなく、何となくなので最初はわかりにくかった。それだけに理由がまったくわからない。嫌われているわけではないようだが、好かれているわけでもない。素直に聞けば良いのかもしれないが、そうするほどではないという絶妙な避け方だ。
今までにない人間関係を求められた私は困惑した。これはなかなかに難しい。
フェリシア嬢というのは実に不思議な子女だ。
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