打算まみれの善行と取り巻きの躾
悪役令嬢の悪役令嬢たる所以はその悪意ある所業にあります。人の思いを踏みにじったり、人の行動を妨げたり、そして人を平気で傷つけたりするなど、他人に対して平気で害をなすところです。こうした行為を繰り返した結果、周囲の人望をなくし、ヒロインと対決したときに足下を掬われてしまうわけです。
ならばどうするべきか、わたくしは考えました。その結果、まずは自分でできる範囲の小さな善行を行うことにしたのです。打算まみれどころか打算そのものですが、自分の人生がかかっているのですから道徳や倫理などと言っていられません。
ということで、その第一歩が挨拶です。すれ違う度に、または出会う度に、そして誰にでも声をかけてゆくのです。これを下位貴族の令嬢がすると見境なく媚びを売っていると後ろ指を指されかねないですが、そこは上位貴族たる侯爵令嬢のわたくしがするのですから気兼ねする必要はありません。
「ごきげんよう」
「フェリシア様、ご機嫌麗しゅう」
今も乙女館と淑女堂を繋ぐ屋根付きの回廊ですれ違った令嬢と挨拶を交わしました。最初はぎこちなかった相手の態度も回を重ねるごとに柔らかくなり、今では笑顔を浮かべてくれるほどです。
こうして入学初日から挨拶を繰り返した結果、今や出会う方すべてが自ら挨拶をしてくださるようになりました。これでわたくしの評価も良くなるでしょう。
ただ、実際にやってみて困った点がひとつ判明しました。それは、出会う人が多いと延々と挨拶を繰り返す羽目になるという点です。挨拶をしていただく以上、返礼をしないわけにもいかず、ひたすら挨拶をするのはさすがに面倒です。
皆さんの感触が良くなってきたところで、わたくしは次の案を実行に移しました。それは、困っている相手の相談に乗るというものです。誰にでも悩みというものはありますが、それらを聞き、可能なら助言するのです。
「フェリシア様、わたし昨日友達のアビーと喧嘩しちゃったんです」
「思った以上に勉強が難しくて講義についていけませんの。フェリシア様、どうしましょう?」
「入学したときに何人かに別れて学園内を案内していただいた役員の方がいらっしゃったじゃないですか。私、あの方に一目惚れしちゃって」
友人関係、勉強、恋愛など相談の内容は様々でした。最初はわたくし自身の取り巻き相手から始まりましたが、自分で力不足なら他の方を紹介することを繰り返していると、そのうち別の集団の方の相談も舞い込むようになります。
十代半ばの小娘がそんな相談をこなせるのかと疑問に思う方もいらっしゃるでしょう。しかし、そこは前世の記憶を持つわたくしです。前世の人生を含めると、含めると、歳の話は止めましょう。ともかく、知識と経験だけは割とあるのでどうにか相談に乗れるのです。
人の輪が広がることは良いのですが、相談相手の人数が増えると自分の時間がみるみる減ってゆきます。そして、たまに重い相談も舞い込むようになって大変になってきました。実家の借金をどうにかならないかとわたくしに言われても、いえ、わたくしの実家でしたらどうにかできるのかもしれませんがさすがにそれは。
「フェリシア様、今日の講義全然わからなかったので教えてください!」
「あなた毎回ではありませんか。たまには自分で考えたらどうなのですか、ダーシー」
頼られるのは嬉しいですが、依存されるのは好ましくありません。特にダーシー、あなたはもっと自発的に勉強するべきです。
女子寮である乙女館、普段は食堂である誠心堂、そして座学のための淑女堂でわたくしは日々忙しく立ち回っておりました。本来の予定ですとこのまま生徒の評判を上げて来年に臨むつもりでしたが、上がった評判は別の方々から声をかけられるきっかけになりました。
一日の講義が終わったわたくしは今、教職員の方々が仕事をなさる先達館の教員室にいます。呼び出したのはブリジット教諭、舞踏指導員です。
「フェリシア嬢、あなた最近、一学年生の間で評判になっているそうですね」
「いえそんな」
「あちこちの子女の皆さんからお話は聞いています。そこで、折り入って相談があります」
「どのような相談でしょうか?」
「カーリー嬢をご存じですか?」
「オルグレン男爵のご令嬢でしたら」
「そのカーリー嬢です。舞踏の上達がうまくいかなくて近頃塞ぎがちなので、あなたがそれとなく面倒をみてもらえないかしら。私も相談に乗ろうとしているのだけれど、どうしても教員と生徒だとうまくいかないこともありますから」
悩ましげにブリジット教諭がわたくしに相談なされました。そういえば、最近元気がなかったですね、あの方。結局この件は引き受けることにしました。
こうして、わたくしの評判は教員の方々にも広まってゆきます。いざというときの味方は多い方が良いのですから、これは好ましいことです。その分負担は結構なものですが。
色々と思惑を秘め、時には予想外のことに遭遇しながらも、わたくしは地道な活動でいずれやって来る『あの日』に備えるのでした。
ついにわたくしの学園生活が始まったわけですが、大抵の方は数人で集まって小さな集団を形成なさいます。気の合う者同士数人で集まって遊びも勉強も常に一緒なわけですが、この集団同士にもやはり格というものがあります。大抵は中心的な人物の貴族階級が物を言うわけですけれども、同じ階級だと歴史の長さや領地の大きさ、過去の功績など細かく比較されて実に面倒だったりします。幸い、今のわたくしはメルヴィン様とアレクサンドラ様以外には同格な存在もいないのでその点はとても楽ですわね。
そして、特に子女の場合なのですが、この小さな集団が更に集まって大きな集団になることがあります。大抵は寄親寄子の関係から始まって、上級生と下級生、気の合う者同士などが寄り添うのです。今現在最も大きな集団はアレクサンドラ様を頂点とした『白百合』という集団ですね。大きくなるとこのような名も付くのです。
一方、一学年生とはいえ侯爵令嬢であるわたくしはと言いますと、寄親寄子の関係を中心にしていくつかの小さな集団をまとめています。中核はわたくしとダーシーなど取り巻きの集団で、これを中心に一学年生の小さい集団と繋がっているわけですね。
それでここからが本題なのです。わたくしは未来の破滅を回避するために日々細心の注意を払って品行方正に振る舞っていますが、取り巻きの皆さんは今ひとつ頼りありません。なので、よく誠心堂で一緒にお昼をいただくときに何度もことあるごとに皆さんへお話をしています。
「よいですか皆さん、人と接するときは常に礼儀正しくするべきです。そして、常に相手を思いやる気持ちを忘れずにしましょう」
「もちろんですわ、フェリシア様!」
「ありがとう、ダーシー。でも、それだけではありません。自分の立場を利用して、人にお願いを強要することもいけませんからね」
「もちろんですわ、フェリシア様!」
「よいお返事ですね。ところでダーシー、あなたこの前の文学の講義で事前に出されていた課題をやり忘れていたそうですね。そして、渋るお友達に写させてもらったとか」
「うっ」
顔を引きつらせたダーシーがわたくしから目を逸らしました。その姿を見てわたくしはため息をつきます。
数日前、別の集団に属する令嬢バーバラから相談を受けました。その講義では人の課題を写したことが判明すると写させた人も罰を与えられるそうです。
この話を聞いたときは目眩がしました。これ自体はそう大したことではありませんが、これを繰り返しているとやがて歯止めが利かなくなって大それたことをしてしまいます。
特にダーシー、この子は危なっかしいです。調子に乗りやすい性格をしているので何度も釘を刺しておかねばなりません。ただでさえファンディスクのヒロインがどこに潜んでいるかわからないというのに、わたくしの知らないところで勝手に暴走した結果、悪役令嬢に仕立て上げられるなんてことがあったら目も当てられません。
「ダーシー、このくらいいいでしょ、と言って最初は些細なことから始めて、いずれ大変な悪事を働いてしまうものです。特に、やがてこの者なら何をしても良いと思って虐めてしまいかねないので、課題の写本を強要することも絶対にしてはいけません」
「ううっ、申し訳ありません」
「そもそも課題は自分でするものですからね」
「うっ」
特に虐めはいけません。絶対にです。もしバーバラ嬢がファンディスクのヒロインだったらと思うと血の気が引いてしまいます。
来年入学してくる本編のヒロイン二人に余計なことをさせないためにも、今のうちに徹底的に躾けておきましょう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます