第6話

「少し不思議な感じですね」


とARIAが言った。


確かにその通りだ。洞窟の入り口から見た時から、何か異質な印象を受けていた。大きな柱が立ち並ぶ様子は、まるで東京の地下神殿「首都圏外郭放水路」のような荘厳な雰囲気を醸し出していた。さらに奥に進むと、その様相は徐々に変化し、どこかのシェルターのような佇まいを見せ始めた。

エジプトのピラミッドのような単なる遺跡ではない。


「そうか、ここはシェルターなんだ」


と俺は呟いた。


入り口には巨大な白い扉があった。本来なら何らかのセキュリティシステムが機能していたはずだが、今は中途半端に開いていた。

恐らく認証用のパネル。5本指の手のひらが描かれている場所に手を触れる。

何か波打つような不思議な感覚がした。パネルは少し明るくなったがそれだけだった。ひょっとして、と思って魔力を押し出すようにしてみたが、明るさが変わるだけだった。

扉は人2人が通れるほどの隙間があった。それ以上開こうとしてもびくともしない。今の俺の力はかなり強い。牛程度の大型の動物を引きずって洞窟に戻れるくらいだ。

しかし、扉は沈黙したままだ。


ARIAはタブレットモードだ。ディスプレイを反対側にまで折り曲げている。そのARIAを左手に持って行動中だ。

最初はカバンの中に入れて置くつもりだったが、それでは何かをしようとする度に出したり仕舞ったりしなければならない。面倒くさかったし、今の俺なら1kg程のタブレットを持ったまま行動するのは苦にならない。

だから結局、こうして持ち歩くことにしたのだ。


「確かにご主人様の言うとおり、シェルターみたいですね。最後は悲惨だったのかも」


と筐体のカメラを通じてARIAが俺と同意する。


「ああ、確かにな」


内部は比較的整然と区画分けされていた。クリーム色だったり目に優しいグリーンなど、心が落ち着きそうな色の壁、扉をくぐってすぐに野球でも出来そうな広さの広間があった。

広間には何か、多くの遺物が散乱していた。鞄のようなもの、何かの工具のような物、剣のようなものや銃のような物もある。

それら全てが無秩序にちらばっている。

動物が荒らしたようには見えない。だって埃が積もったままだしね。

何か困ったことが起きたのだろう。ただ、ここに遺体の存在を示すものが無いのが不思議だった。


広場の奥には放射状に通路が伸びている。正面の通路は他のものより広く、両脇には店舗のようなものが並んでいた。数は多くないが、明らかに計画的に配置されている印象だった。

緊急事態が起こる前に計画されて作られた場所、のように見える。

似たような物を日本で見たことがある。

仮設住宅で作られた集落。建材も何もかも違うが、雰囲気が一緒に感じる。


「まずは中央から行ってみるか」

「そうですね。私もご主人様に賛成です」


俺は頷き、まっすぐ歩いて行った。

振り返ると、積もった埃の上に俺の足跡が雪の上を歩いたみたいに付いている。

ところどころ、白い棒のような物がある。ひょっとしたら遺骨なのかもしれない。なるべく避けて中央通路を目指した。


中央通路の幅は5m、天井までは10m程かな。天井には青系の色のパネル。天井まで建物が入っていて、4階建てといった感じか。

俺たちが通路に入る直前、灯りが付いた。ところどころ欠けているが通路に沿って街灯がある。

欧米の街並みのようなブロックになっている感じか。住宅じゃない。商店が連なっているような雰囲気だ。かなり遠くに大きな建物が見える。行政、役所みたいな物かも。

統一された規格じゃなくて、少し古い普通の街に見える。日本の、というよりはこれもヨーロッパの小都市、みたいな。俺が想像する遺跡とは違う。まるで、人が居ない抜け殻にしか見えない。


「ARIA」

「はい。ここは商店や事務所が入っていたようですね」

「かなり保存状態は良いな」

「えぇ、どれほどの年月が経っているかは分かりませんが、すごく状態が良いの不思議です。まさか街灯が付くとは思いませんでした。今の拠点より、こちらに引っ越すのも悪くないかもしれませんね」

「そうだな。まぁ調査次第ではあるけどなー」

「私のライトで進む羽目にならなくて良かったです」

「そうなったらホラーゲームだったな」


店舗とらしき所は、ガラスか樹脂か分からない質感のショーウィンドーがある。触れても埃が付かない。


「いじわるな姑の敵みたいなところだな」

「……」

「おい、何か言えよ」

「ご主人様にはたくさんの長所があります。お気になさらず」

「気にするに決まってるだろ。お前たまに刺してくるな」


俺の軽口にARIAも軽口で応える。従うだけじゃないのもARIAの良いところだ。

樹脂製のドアに触れてみる。

入口の大きな扉のように反応はするが、開く様子は無い。強めに魔力を流してみると、光は強くなるが、動く気配は無い。自然に動いた街灯と何が違うのか。


幾つかの店舗と事務所とおぼしき所を見て回っていくと、ドアが開きっぱなしの店舗が有った。

なんとなくコンビニっぽい。


中には陳列棚がいくつもあった。導線も考えられていて、そこもコンビニを思い出させる。


「これが平衡進化って奴かな」

「……そうですね。仰りたいことは分かります」


内部は荒らされたように散乱しており、何かあったことを物語っていた。

一部はある程度の形を残して居て、食料のパッケージのように見えるものもあった。中身は砂になっていたが。


”コンビニ”を出て、さらに商店街を歩き回る。中に、一際目を引く店舗があった。多分本屋かそれに類する店舗のようだ。蔵書の数は多く、普通に製本された本が並んでいた。しかし、ほとんどは触れただけで崩れるほどに劣化していた。その中で、樹脂で作られたようなカラーの本だけが形を保っており、遥か昔の生活を今に伝えていた。


俺はその中の一冊に目を向けた。不思議なことに、その文字は読むことができた。俺の知っている日本語でもアルファベットでもない文字だったが、意味が理解できたのだ。


「初めてのシジル入門」


俺は本を開いてみた。中身は、その文明での魔術の解説をしている。初めてのと書かれているように、子ども向けの本のようだ。


「これは……」

「シジル、ですか」


ARIAが解説を続けた。


「ご主人様、私の記憶に誤りが無ければ、魔術で登場するシジルという単語は、魔法の護符などに描かれている図形や文字のことですね」

「ちょっと腰を据えて見てみるか」

「はい。ところで、私にも本が見えるように調整していただけると助かります」


俺は、近くの棚や机を動かして、ARIAと俺が一緒に本を見ることができるように調整した。結構面倒くさかったが、仕方ない。


そうして、俺たちは「初めてのシジル入門」を読み始めた。

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コード・オブ・シジル ~異世界魔法革命・AIを添えて~ OTE @OTE

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