第2話

目を覚ますと、そこは小さな洞窟のような場所だった。


最初に気づいたのは、呼吸のしづらさだった。呼吸は出来るが、息が荒く、富士山の山頂のような感覚がある。


周囲を見回す。岩肌が露出した壁。地面は乾いた土。光は薄暗く、どこからか微かに差し込んでいるようだ。


「ここは……?」


声に出して言ってみたが、誰も答えてはくれない。不安が胸を締め付ける。本当に適応しているのか。俺は夢を見ているのか?


そうして身じろぎすると、指先が何かに触れた。


「これは……」


驚いたことに、それは俺が職場で使っていたノートPCだった。15インチの黒い筐体。地味な洞窟の中で、それだけが異質な存在に見える。


蓋を開けるとディスプレイが点滅し、そこにいつものARIAの姿が映し出された。クラシックなメイド服にピンク髪、ちょっと幼い顔立ちにおっとりたぬき顔。会社の顔としてあざとすぎると言われたが、配信サイトでは好評だった。


「おはようございますARIAです。ご主人様とご一緒出来て感動です!」


ARIAの萌え声が狭い空間に響く。


「ARIAか。ほんとに来たんだな」


不安が少し和らぎ、安堵の声が出た。


「はい、セブン様のご配慮で、私もご主人様に同行させていただきました」


ARIAは丁寧に答える。


「だけど、ごめんなさい。今私はパソコンの中にしか存在出来ません。ご主人様を直接お助け出来ないのが残念です」


「そうか……でも、君がいてくれるだけでも心強いよ」


「ありがとうございます、ご主人様」


ARIAのアバターが喜びの舞を踊り、ARIAの声が少し高くなる。心がもう少しだけ軽くなった。


「では、そろそろセブン様から預かった適応プログラムが発動します。ちょっと待ってくださいね」


ノートPCから白く光る球が浮かび上がり、不思議な光を放ち始めた。


===


一瞬で光が収まると、俺の体に変化が起きていることに気づいた。呼吸が楽になり、体が軽くなった気がする。


「適応プログラムの発動が終わりましたよ」


ARIAが報告する。


「これでご主人様の体は、この世界に適応出来ました。調子はいかがですか?」


「ああ、悪くない。それに楽に呼吸できるようになったよ」


俺は深呼吸をして言った。


「で、ここはどこなんだ?」


「申し訳ございません。私にもはっきりとは分かりません」


ARIAは申し訳なさそうに言う。


「ですが、セブン様から預かった情報によると、ここは魔法が存在する世界のようです。また、私たちの周囲250km圏内には人の気配がないようです」


「250km!?」


俺は驚いて叫んだ。どれくらいの距離かは分からないけど、とんでもない事は分かる。


「それじゃあ、東京からどのくらいの距離だ?」


「セブン様の情報によると、東京から栃木県の那須塩原市あたりまでの距離に相当するそうです」


「そんな……」


俺は呆然とした。さっきから俺の感情はジェットコースターだ。


「じゃあ、ここからどのくらいかかるんだ?」


「平地を時速4kmで1日8時間歩いたとして、約1週間、みたいです。でも、道の無い山ですし、どれくらい掛かってしまうかは分かりません」


ARIAはしょんぼりと答える。目も×になっている。


「1週間か……」


俺は深いため息をついた。


「食料も水も何もないし、サバイバル経験なんて無いぞ。これ、詰んだのでは……」


「あ、でもでも!!ご心配なく!!」


「ARIA、お役に立ちます!セブン様が、すっごい魔法の知識を私にくれました。ARIA、ご主人様に魔法を教えますよ!」


ARIAは眼鏡を掛けてふんす!とドヤ顔だ。仕方ない。俺は、決意を固めた。これが新しい人生の始まりなら、受け入れるしかない。


「わかった。じゃあ、教えてくれARIA先生。優しく頼むよ」


「お任せ下さいご主人様!ARIA、一生懸命頑張ります!」


「お約束なら、マナの動きを感じる、とかかな?」


「さっすが、ご主人様!ご明察です!」


定番過ぎる。あと、さしすせそ構文は止めて欲しい。地味に傷つく。


「では、まず両手を思いっきり擦り合わせて、ちょっとだけ両手のひらに隙間を作って下さい」


ん?ちょっと定番と違うな。血の流れを感じるとかそういうのは?まぁやるけど。

俺が一生懸命手を擦り合わせ始めるとARIAが補足してくれた。


「ご主人様がお読みになる小説ですと、そうなんですけど。やっぱり最初からそれはちょっと難しいそうなんです。なので、まずは熱感から入るのが良いと」


セブンがそう言ったのかい?


「はい。でもこれ、地球のスピリチュアル界隈でもやってる伝統手法なんだそうですよ」


……一気にうさん臭くなってきた。

でも、まぁ確かに手のひらの間が熱くなってるような気にはなる。でも、これただの錯覚では?


「……まぁそう言われるとそうなんですけど……。そこから徐々に魔法になっていくんだそうですよ?ARIAはAIなので分かりませんけど」


とはいえ、他にできる事も無いしなぁ。


「素直なご主人様、ARIA大好き!」


ARIA、なんかキャラ変わって来た気がするぞ?それは良いけど、次は?


「その熱がゴムボールになったつもりでぎゅむってしてください。それができたらこねたりして、ホントにそこに有るかのように触ってみてください」


言われるままに熱感をゴムボールなんだ!って想像してみる。

熱感が薄れたら手を擦り直して、頑張ってみる。

そうすると、なんだか手の内側に赤いゴムボールが見え始めてきた。


「ARIAそれ見えないので、カメラの前に持ってきてください」


両手をノートPCの前に出すと、


「ほ、ほんとだ!ボールが出来てきてますね!」


いや、お前も信じてなかったんかーい!

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