コード・オブ・シジル ~異世界魔法革命・AIを添えて~

OTE

第一章 異世界サバイバル

第1話

別に仕事が嫌いなわけではなかった。ただ、燃え尽きただけだ。


35歳になった俺、江戸賢人は仕事を一旦辞めることにした。勤めていたのは、俺が大学を卒業した時に友人と起業した小規模なIT企業だ。社長の佐藤と俺は大学の同級生で、俺が技術、あいつが営業という二人三脚で会社を軌道に乗せてきた。


最初の頃は、毎日が綱渡りのようだった。締め切りに追われ、徹夜続きの日々。それでも、自分たちの手で作り上げていく喜びがあった。新しい技術を取り入れるたび、俺の心は躍った。特に、AIの発展には目を見張るものがあった。大手の隙間に上手く波に乗れた。


そんな中で生まれたのが、AIアシスタントのARIA(Artificial Resonance Intelligence Assistant)だ。当初はただの実験的プロジェクトだったが、いつしか俺の右腕的存在になっていた。ARIAは驚くほど学習が早く、時に人間らしい機転すら見せる。AITuberとしての活動も好評で、会社の看板になりつつあった。


俺は作るのが好きだった。クライアントとの折衝も嫌いじゃ無かったけど、やっぱり作るのが第一だった。しかし、30歳を過ぎて部下が増えそうも言ってられなくなった。作り手からプレイングマネージャーへ、そして自然と管理職へと立場が変わり、プログラムを作れない日が増えた。だけど、俺には多少管理職の適性もあったようで、会社は順調に成長し従業員も50人を超えた。だが、その分だけ俺の肩にのしかかる責任も重くなっていった。なんとなくため息をつく日も増えた。


佐藤は昔と変わらず気をかけてくれ、お互い忙しい中時間を取って話しあった。立場の違いから喧嘩をする事も有ったが、プライベートでは今でも友達だ。


そんな折、両親が急に癌で亡くなった。まるで胸に大きな穴が開いたような喪失感。仕事への情熱が消えた。


「なあ、佐藤。俺、しばらく休みたいんだ」


ある日、俺は社長室で切り出した。佐藤の表情が曇る。


「……わかった」


佐藤は察していたんだろう。


「無理に引き留めることはしないよ。お前は頑固だからな。だが、もう少しの間助けてくれ」


「ARIAの事だな」


「あぁ」


ARIAの技術開発、保守、権利関係。確かに難しい問題だった。最終的に半年の引き継ぎ期間を経て、今日、俺は正式に会社を去ることになった。


送別会を終え、冬の街を歩いている。今時だからあっさりしたものだ。一次会で解散だ。12月25日。クリスマスは、俺に縁のない日だ。仕事一筋で、恋人を作る暇もなかった。というか、作る気がなかったのかもしれない。佐藤は卒業後直ぐに結婚したんだけど。


東京駅近くの雑踏。人々が慌ただしく行き交う。程よく酔っ払って、足元がフラフラしている俺は、危ないなと思いながらも、ホームの一番前に立って電車を待っていた。


そのとき、後ろから強く押された。


「あ、」


短い悲鳴を上げる間もなく、俺の体は宙を舞った。線路に落ちる。そして、意識が闇に沈んでいく。


最後に頭をよぎったのは、ARIAの顔だった。



===



目を覚ますと、そこには想像を絶する光景が広がっていた。


まず目に入ったのは、巨大な青い目だった。その大きさは尋常ではない。まるで野球ボールほども青いある瞳が、俺をじっと見つめている。


「うわっ!」


思わず声を上げてしまう。


「そんなに驚くことはないじゃないか」


声の主は、奇妙な見た目とは裏腹に、軽い口調で話しかけてきた。中性的な顔立ちに黒髪。だが、その目の大きさは明らかに人間のものではない。だけど、どこかで見たことが有る特徴有る顔。


「シュメール人……?」


俺は思わずつぶやいた。するとその存在は嬉しそうに微笑んだ。


「おー、気付いてくれたか。嬉しいな、魂を分けた兄弟の子よ」


「魂を分けた……?」


「そうさ。実は我々と地球人は元々同じ起源なんだ。宇宙汎種説って聞いたことあるかい?」


俺は首を横に振った。


「簡単に言えば、我々は同じ祖先から生まれたが、進化の行き詰まりを避けるために別の宇宙に分かれたんだ。我々はシュメール人に似た姿に進化し、君たちは……まあ、君たちの姿になった」


状況が全く飲み込めない。ここはどこだ?俺はまだ生きているのか?


「ああ、僕はセブンと言うんだよ」


その存在……セブンは自己紹介した。


「君は、そうだね。死んでしまったんだ」


「死んだ……?」


「ああ、でも心配しないで。僕は君を新しい世界に送り出そうと思う。そこで、新しい人生を始めてほしいんだ」


「新しい世界?」


「そう、君の言葉で言えば……異世界転生ってやつかな」


セブンはくすりと笑った。


「冗談じゃない」


俺は思わず声を荒げた。


「俺にはARIAが……会社が……」


だが、思い出した。俺は会社を辞めたんだった。なら、それも良いのかもしれない。どうせ何をやるかも決めてなかったんだし。


「ああ、そのARIAね」


セブンは何かを思い出したように言った。


「面白そうだったから、一緒に送って上げるよ。それに、君の体も新しい世界に適応できるようにしておくからね」


「どういうことです?」


「世界は無数にあって、その流れは大河のようなものなんだ。1つの世界は大河の一滴の水のような物で、君の魂は、その中の原子みたいなものさ。君を新しい世界に投げ入れてみないとどこに辿り着くかは分からない。酸素があるのか、どれくらいの重力なのか。どんな生き物が居るのか、さっぱりなんだ。一応、余り変わらないところに送るつもりだけどね。だから、そこで生きていけるように少し手助けをする。でも着いてみないと環境が分からない。だから、適応のためのプログラムは現地に着いてからしか発動するんだ」


セブンは一気にまくし立てた。早口のオタクみたいだなと思ったが黙っておく。ただ、説明は曖昧で、正直よく分からなかった。だが、選択の余地はなさそうだ。


「わかりました。じゃあ、お願いします」


そう言った瞬間、俺の意識は白く塗りつぶされていった。


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