第18話 引け目

「それじゃ、もう一回言うね」

「う、うん……」


 にこにこ笑っているトーヤに対し、スレンの表情は少し硬い。すっかり更けた秋の夜、ふたりはゲルの中で向き合って座っていた。


「――一番上の姉がツェレン。姉婿がバヤルさんと言って、父の仕事を手伝ってくれてるの。姉の子は上からアリマ、バト、カーム。アリマは今年十歳で、姉やバヤルさんというより、母に似てはきはきした子になったわ。二番目の姉はアイナといって、町の染め物屋さんに嫁いだの。近所なのできっと会えると思う。姉の子はナランとユン。このふたりは双子なのよ。三番目の姉は遠い町に嫁いだのでわたしもしばらく会えてなくて、名前はニーナ。わたしに縫い物を教えてくれた、優しい姉だったわ。四番目の姉は町外れの馬宿で働く人と結婚して、わたしが町を離れる頃小さい子が生まれたばかりだった。姉は元気な人なのでたぶん呼んだら来てくれると思うわ。名前はオリヤ。結婚式に来てくれた伯父は父の一番上の兄で、隊商宿をやっていて――」


 そこまで一気に話して、トーヤは、スレンがまったくついてきていないことに気がついた。お手上げを示すように両手を挙げている。頭を下げたまま、ため息まじりに言った。


「とても覚えられない。ごめん」

「覚えなくてもいいよ。たくさんいるんだもの、仕方ないよ」

「でも、トーヤはうちの家族のことをちゃんと覚えてくれてるだろう」

「そりゃ、一緒に暮らしてるんだもの。覚えるよ」


 笑って答えると、スレンは足を組み直して膝に肘を置き、半目でトーヤを見つめた。なんとも分かりにくい表情だったが、たぶんこれは自分自身にがっかりしているのだろう。珍しく憮然とした態度で、スレンは呟いた。


「…………おれの、姉さんの名は?」

「ファリマさん。ご主人はザーンさん」

「……結婚式の時羊を出してくれた叔父さん」

「えーっと、確かバータルさん。お義父さんの一番下の弟さんでしょ。家を継いでいらっしゃる」

「…………覚えてるじゃないか」


 ははあ、なるほど。トーヤの家族の名を覚えられない自分のことはもとより、スレンの家族や親戚まで覚えているトーヤと比べて悔しがっていたのか。そこまで理解して、思わず笑いそうになって慌ててトーヤは口をぎゅっと引き締めた。うっかり笑ったら、スレンは一層悔しがるだろう。


「……えーっと、ほら、わたしは名前だけじゃなくて、どんな人でなにを話したかも覚えてるもの。スレンみたいに名前と関係だけ聞くんじゃ、そりゃあ覚えられないよ」

「…………」

「だからね、今度はうちの家族とたくさんお話して。そしたらきっと、スレンも覚えられるよ」


 ふたりはもう少ししたら、トーヤの家族に顔を見せに行くつもりだった。結婚した初夏から季節がひとつだけ先に進んで、小さな変化も大きな変化もたくさんあった。生まれ故郷に近い土地に移動するのだから挨拶に行こう、とスレンの方から言ってくれたのがうれしくて、家族のことを話し始めたのが今回のきっかけだった。


「スレンのことを改めて紹介するの、楽しみ。今だったらいろんなことを、家族に話せる気がするの」

「……そうだな」


 ぽつりと答えて、スレンは両手を伸ばして絨毯にどさりと横たわった。ぼんやりした表情でトーヤの服の裾を指先で摘んで遊んでいる。他愛ないその動きがかわいくて、トーヤは袖で口元を隠してこっそり笑った。

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ふたりで暮らす新しい家 なかの ゆかり @buta3neko3

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