第17話 贈り物

 草原の秋は駆け足に過ぎ去る。売り物にするチーズなどの乳成分、毛皮にフェルトを馬の背に山と積んで、スレンと父は街道沿いに立つ小さな市までやってきた。このあたりの遊牧民や商人が集まって、ものや家畜、人や情報のやりとりが盛んに行われ、賑やかだった。


「スレン、結婚したんだってなあ。おめでとう」

「祝儀だ、多めに持ってきな」


 結婚式に来てくれた親戚たちとはちがい、父の友人や仕事の付き合いがある人々はたまにしか会わない。それでも、父がスレンの結婚を伝えると我がことのように喜んでくれた。

 おかげで、少し実入りがあった。父はそれをスレンの懐に収めればいいと言ってくれた。一家の冬越しに必要なものは父の取り分から買い求め、帰りの荷物を馬に積み、しばらく、父は知り合いの商人や遊牧民と話し込んでいた。地域の情勢や知人の慶事、訃報を共有しているのだった。

 時間を潰すことになったスレンは、ホクホクした気持ちで市の通りをもう一度端から端まで歩き回った。脛覆いがもうすり切れそうになっているからそれを新調しようか。狩りの時に使う手甲や帽子も、もっとかっこいいやつが欲しいと思っていたところだった。

 いろいろ思案を巡らせながら歩いていると、ふと思わぬところで足が止まった。今まで、気に留めたこともなかった類の露店だった。


「いらっしゃい、お兄さん。いいのが揃ってるよ」


 :


 行商からスレンと義父が戻ってきたのは夕方だった。荷を下ろして仕分けて普段着に着替えてから、これ、とスレンは小さな包みをトーヤに渡した。


「おみやげ。トーヤに」

「わたしに? いいの?」


 うん、と頷いてスレンは少し視線を泳がせた。照れているのだとわかったけど、トーヤは単純にうれしくて、ありがとうと答えて包みを開けた。

 出てきたのは腕輪だった。黄色を基調とした色とりどりのビーズが繊細に組まれており、派手さはないがかわいらしい品だった。試しに腕にはめてみるとぴったりだった。肌なじみの良い色で、トーヤは一目見て気に入った。


「ありがとう、スレン。すごく素敵」

「本当は、もっときれいな石がついた首飾りとか、派手な指輪もあったんだ。でも、高くておれには手が出なくて。こういう、女のひと向けのもの見たのって初めてだったけど、小さいのにすごく値が張るんだな」


 相変わらず、スレンは視線を合わせず言い訳めいた言葉を重ねた。なんとなく、彼の気持ちは察しがついた。見たことがない種類の品は、華やかで派手なものに目が行きやすい。それを買えなかったことが悔しかったのかもしれない。


「せっかく、父さんがいくらかおれにくれたけど、足りないし、それだけ買うわけにも行かないし……」

「ほかには? ほかにはなにを買ったの?」

「え? いやほら、トーヤが言ってた布糸とか、あいつらに頼まれたお菓子とか……」


 ずいと膝を進めて近付くと、スレンは脇に置いた荷物からいくつか品物を出して前に並べた。どうやら、自分自身のものは狩ってこなかったらしい。出かける前は、あれが欲しいとかそれを見てくるとか楽しみにしていたはずなのに。

 すっかり自分のことを忘れて買い物を楽しんだらしい夫、トーヤだけではなく弟妹たちのことも忘れなかった彼がうれしくて、トーヤは意味もなくにこにこ笑った。


「…………なんで笑うの」

「うれしくて。ありがとうね、スレン」


 もう聞いたよ、とスレンは恥ずかしそうに身体を引いた。それを追いかけて顔を近づけて、もう一度、ありがとうとトーヤは言った。

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