第14話 知らない味

 屠殺の瞬間は、女は見てはいけないことになっているらしい。男たちが皮を剥がして、肉と内臓を切り分けたところでそれらを受け取り、きれいに洗う。肋骨に溜まった血を洗った腸に詰めて、ぐらぐら沸いた湯で茹でる。


「大丈夫? トーヤさん」

「は……はい」


 血と肉の熱さ、生々しい匂いにくらくらしていると、めざとく義母が気付いてくれた。少し休みましょう、と率先して手を洗い小さな椅子に座ってくれたので、トーヤもほっとして隣に座った。義母は鷹揚に笑って足を伸ばした。


「町じゃあまり見ることないわよね、きっと」

「鶏を飼っていたので、それを絞めることはあったんですけど……羊は大きいですね」

「馬や牛はもっと大きいわよ」

「あ、そうか……」


 当たり前のことに言われて気が付いた。目を丸くしたトーヤを見て、義母はまなじりを下げた。まくりあげていた袖をするりと下ろして、まだ血の匂いが抜けない手を組んで伸びをする。体に馴染んだ自然な動きだった。スレンが馬に笑いかけるときと同じだ。スレンはどちらかというと母親似だと、そのとき気付いた。


「本当は、この時期はあまり家畜を潰さないの。夏と秋に肥えさせて冬の食料にするものだから。夏は、あまり保存もきかないしね」

「そうなんですか。なら、今日はどうして?」


 トーヤの疑問に、義母は晴れやかに笑った。


「あなたが来たからよ、トーヤさん。せっかく家族が増えたんだから」


 瞬いて、返す言葉を探していると――スレンが盆に乗せた肉を持ってやってきた。


「これ、次のぶん――どうかした?」

「……ううん、なんでもない」


 スレンはトーヤと義母とを見比べながら尋ねた。義母が答えないようだったので、トーヤは笑って首を振る。スレンは不思議そうに首を傾げてから、母親を見て言った。


「この辺はスープにしちまおうって」

「まあそれがいいだろうね。……スープにすれば、骨についてる肉も落ちて、骨も肉も全部使えるからね」


 後半はトーヤに向けて説明してくれた。なるほどと頷くトーヤを横目に、スレンは鍋の中身を見て言った。


「できてるなら食っていい?」

「少しなら。その辺は茹で上がってるから」


 スレンは小さなナイフを出すと、できたての血の腸詰を小さく切って口に運んだ。トーヤは思わずまじまじとそれを見つめた。血の腸詰なんて、トーヤは食べたことがない。どんな味がするのか風味がするのかさっぱり想像もつかず、それをあっさりと食べたスレンが信じられない気持ちだった。

 トーヤの視線に気付いて、スレンは続けて小さく腸詰を切り取った。


「トーヤも食べる?」

「えっ!? えーっと……」


 ごくりと唾を飲む。正直に言うと怖い。食べたことがないものを食べるのは怖いし、それがさっきまで生きていた羊の血の塊とくればなおさらだった。

 ――けれど。こんなことで尻込みしていられない。


「――――もらう!」


 えいやと手を伸ばしてかけらをもらって口に入れる。

 モグモグ口を動かすのを、スレンと義母がよく似た顔で見ている。まっすぐな視線にますます緊張して――――ろくに味を感じないまま、ごくりと飲み込んだ。


「どうだった?」


 問うスレンはどこか面白がっているようでもあり、うれしそうにも見えた。飲み込んだものが喉を通って食道を落ち胃に収まるのを感じながら、トーヤは目を白黒させて答えた。


「……なんか、濃い。血の味って、こんなふうなのね」


 食べ慣れる日が来るのかはわからない。率直な感想に、スレンと義母がおかしそうに笑った。

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