第11話 新しい家

 実家での式と草原での式と、ふたつの結婚式が滞りなく執り行われ、トーヤはスレンと夫婦になった。

 初夏の草原は草の色も匂いも濃く、家畜の群れの中には小さな仔羊や仔馬が楽しそうに駆け回っており、集まった親戚の子供たちが歓声を上げてそれを追い、にぎやかで、命の力強さに満ちていた。羊を解体して石焼きにしたものが振る舞われ、つるりときれいに食べきられた骨が皿に積み上げられていく。手拍子と歌で人が踊り、疲れたら草原に倒れ込み空を見上げて酒の杯をあおぐと、昼間の月がしらじらと浮かんでいた。やがて東の空が紫色に染まり、星が瞬き始める。宴席も終わりが近付いて、トーヤは伯父に案内されて新しい家に入った。


「新婚夫婦には新しい家を準備するものだと聞いて、おまえの父さんが親戚連中に頼んで、こちらのご家族にも見立ててもらって準備したんだ。立派なものだろう」


 あざやかな朱色の骨組みと真っ白な覆い布で組み立てられた真新しいゲルだった。トーヤには良し悪しが分からないが、汚れ一つないその調度がぴかぴか輝いているように見えた。興味深そうに覗く人々も、ほほうと感心したような声を出している。


「すごい、かっこいい!」

「こらこら、兄さんより先に入るんじゃない」


 スレンの弟が興奮した声をあげたが、親戚にたしなめられて引っ張り出された。どこかで杯を受けていたスレンが押し流されてきて、家に入ると目を輝かせた。


「すごい。立派なゲルだ。ありがとうございます」

「いやいや、婚家なんだから、これくらいはできないと」


 もう一度ありがとうございますと礼を言い伯父に頭を下げて、スレンは天幕を見上げた。きっちり美しく組み上げられた木枠に支えられており、てっぺんには窓が開いていた。


「今風の色だなあ。若夫婦にはちょうどいいや」

「かまども立派なのを入れてもらったなあ。これなら、この先もずっと使えるよ」


 確かに、先ほどまで式を行っていたスレンの両親が持つゲルは、少し古いものだということを差し引いても落ち着いた色合いの調度や木組みだった。ゲルの奥まで進んで棚やかまどを確認して、絨毯や布地にさわって確かめているスレンのはしゃぎっぷりがなんだかおかしくて、トーヤは口元を隠して少し笑った。するとスレンがぱっとこちらを見て破顔した。

 あ、と思わず見入ってしまう。

 それはあのときの笑顔。町外れの井戸で出会って、馬に水をやって笑った、自然体で開けっぴろげなあのときの笑顔と同じだった。


「最近の流行りの色合いなんです。大きな町の市でしか見たことなかった。本当に、ありがとうございます」


 ゲルにも流行りがあったとは。それをこんなに喜ぶ人だったとは。

 トーヤには良し悪しがわからない。けれどそれをこんなに喜ぶ人となら、一緒に住める気もした。

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