第3話 心の灯火
目を覚まして寒さにおどろいた。まだ秋口だが、ここは街より一足早く季節が進むようだった。トーヤがこの新しいゲルで暮らすようになったのは初夏で、ひとつひとつの変化がまだ目新しい。
えいやと掛け物から出ると、今までぬくもりの中にあった足先が空気の冷たさに震えた。体温を残した掛け物を肩から被って、ゲルの中心まで移動する。真ん中にあるかまどを挟んだ反対側では、夫のスレンが眠っていた。
天窓からかまどまで、煙突が伸びている。昨晩入れた火はすっかり消えて、中に煤が貯まっていた。煙突を叩いて煤を落として、きれいに掃き出す。この家で暮らすようになってから、トーヤが一番はじめに新しく覚えた仕事で、毎朝一番はじめにとりかかる作業だった。
『もう煙突を出しっぱなしにしていていいと思う』
昨晩スレンがそう言ったとき、トーヤはよく分からず首をかしげた。するとスレンは笑って、冬は夜も火を焚くから煙突を出しっぱなしにしておくんだよ、と言った。トーヤが嫁いできたのは夏の初めで、朝晩に煙突を取り外さなければならなかった。
『もう冬なの。まだ早いんじゃない』
『まだ冬じゃないけど、もう朝晩は冷えるから』
スレンが言って、そんなものかとトーヤはうなずいた。その時は分からなかったけど、こうして朝になって、スレンが言っていた意味がよく分かった。昨日までのようにいちいち煙突を付けてから火を焚いていては遅い。真冬には凍えてしまう。
きれいになったかまどに燃料である家畜の糞を入れ、火付けの木っ端に火種から火を移す。それが安定するよう息を吹きかけていると、最初はよく、スレンが火付けを手伝ってくれたことを思い出した。
街育ちのトーヤにとって、かまどは地面にくっついているものだったし、取り外しができる煙突も、布でできた天窓もなにもかもが不慣れだった。スレンも彼の家族も、辛抱強くトーヤにそれを教えてくれた。失敗することも多かったが、だれもトーヤをうっかり者だと笑わなかった。
季節によって服を替えるように、彼らは夏から秋、秋から冬に向けて家を移動する。気候にあわせて家の場所や作りを変えるのも、慣れないけれど理にかなっている気がした。トーヤは意外と、ここでの暮らしが肌に合っている自分に気が付いていた。
火が燃料に移って柔らかく暖かい炎が揺らぎ始めた。その頃には、トーヤの身体も起き抜けの冷たさがすっかり消えていた。
ふと視線を移すと、スレンが相変わらずすやすやよく眠っていた。トーヤが朝の支度に慣れて、ひとりでも問題なくできるようになってきたころ、トーヤは夫が本当は朝に弱いことを知った。それまでは、トーヤと一緒に起きていた。
かまどの火であたためられたせいだろうか。心がぽかぽかあたたかくなってきた。まだ外は薄暗い。さあ、乳を搾ってお茶をいれる準備をしよう。トーヤはにっこり笑って掛け物をたたみ始めた。
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