第8話・前々世の記憶

「……嘘でしょ、このキャラ、ひたすらかわいそうなだけじゃない」


 薄いモニターに映った画面と向き合いながら、私はぶつぶつと呟いていた。


 これは、前々世の記憶だ。


「生まれた実家ではいじめられて、引き取られていった本家でもメリルにいじめられて、家に仕えていた御者に裏切られて暗殺されかけて、その事件でフォートサイト家の当主と妻が亡くなってからはメリルにこき使われては虐げられてハンパに甘い蜜と鞭を与えられて、人格が歪んで絶望しきって、現実逃避に没頭した闇魔術の研究で偶然召喚した悪魔と契約して世界の破滅に向けて暗躍するものの、最後は契約した悪魔からも裏切られて、人ならざるものと化して『バケモノ』として主人公に倒される……。どこにも救いがない……」


 当時話題になっていた恋愛シミュレーション&ロールプレイングゲーム。主人公の選択肢によって、多少のルート変動はあるものの、ラスボスが救済できるようなルートは一切なかった。


 ラスボスであるギルフォードはひたすら『物語の悪役』になるべく作られたキャラクターという感じで、ひたすらずっと悲劇と困難の中で育つ。ゲーム本編で登場したときにはすでに成人した男性で、主人公が所属する魔導省の先輩魔術師のNPCという立ち位置のキャラなのだが、物語が終盤になるにつれ、国中を惑わす魔物騒動は彼の仕業であることが明かされていく。


 最期は唯一彼が心を開いた悪魔にすら裏切られて、身体も悪魔に乗っ取られて改造されて醜悪なバケモノとされるというもの。


 さすがにかわいそうというレビューもあれば、「やってきたことを思えば因果応報、妥当な最期」というレビューもあった。後者の意見のほうがやや多い様子だったろうか。

 確かに彼は他人の破滅を願い、嘘も平然とつくまごうことなき悪役だった。多くの人の命を奪い、不幸にして、虐殺を喜んでいた。


 私はというと、前者よりの視点で彼を見ていた。


「いやあ……これ、やっぱり最初がよくなかったよね。幼少期にまともに愛情を受ける機会がなくて、歪んだまま更生の機会もなく……って、さすがにこの環境で育ってきて最期これだけ悪いことしてきたから因果応報は、私には言えないかなー……」


 私はこのゲームを何回もクリアしている。

 少しでも、彼、ラスボス・ギルフォードの生い立ちや考えを知りたくて。


「もう少し、まともな幼少期を送っていれば、ここまでにはならなかったんじゃないかなあ、生まれつきの性格とかはあるかもしれないけどさ……」


 この辺りは心理学なんかを学んでいればもう少し詳細に考察できたのだろうか。一応買っては見たものの、積まれたままの心理学にまつわるテキストをちらりと横目で見る。

 教育心理学を勉強してる、教職課程を履修中の友達に聞いたら、素人にもわかりやすく教えてもらえるだろうか。


 ギルフォードはやっていることは極悪非道だけど、主人公に対しては優しいふるまいもするキャラクターだった。それだけに、初見プレイで「中盤以降で仲間になるやつだ」と思っていたのに実は……で「裏切られた!」と感じる人も多かったみたいだけれど……。


「その優しい立ち振る舞いも、根底では『他人に興味がないから』なのよね……。いずれはすべて全員殺すんだから、どうでもいい、っていうのがあるのよね……」


 我ながらギルフォード研究家か? みたいなことを唸りつつ、モニターにうつった彼のセリフをノートに書き写しながら「いまこのセリフを言ったときの心情とは……?」と考察する材料を探す。


「……やっぱり、キーはメリルなのかなあ。この子がギルフォードをいじめてさえいなければ……。フォートサイト家としては優秀な闇魔術の後継は残しておきたかったはずだから、ギルを虐げる理由はないわけで……。でも、メリルからギルフォードを庇おうとしていた当主とその妻は事件にとって命を落として、誰もメリルのいびりからギルフォードを救える人はいなくなってしまって……」


 ここで、ここでどうにかできていれば……。


 やはり、幼少期での体験は人格形成のうえで重大な時期である。もしも、ギルフォードを迎えた義姉メリルが優しくて、愛されて育ったならきっとギルフォードは闇堕ちせずに優秀な闇魔術師、そしてフォートサイト家の跡取りとして立派に育ったことだろう。


「こんなこと考えても公式でこうなってる以上、どうしようもないんだけどね……」


 でも、ifを考えてしまうのはファンの性というべきか。


 ゲームは一大ブームとなったくらい人気が出て、ノベライズやコミカライズ、アニメ化もされた。そのどれもがゲーム本編とはちょっとずつ違うシナリオだったけど、どれも共通しているのはラスボスギルフォードのエピソードだった。


(物語のラスボスがいないと締まらない、そもそも物語が始まらないのはそうなんだろうけど)


 複雑な気持ちになりながら、はあとため息をつく。


「もしも私がギルフォードのそばにいたら、絶対こんなふうに闇堕ちさせないで守ってみせるんだけどなあ」


 悪女の義姉メリルに睨まれたら怖いけど、そこはまあ、なんとかして……。


(なんでメリルはあそこまでギルフォードを虐めつくしてたんだろう。それもご都合主義といえばそうなんだけどさあ)


 歪みをもとを正す、という意味で、メリルにも救済は必要かもしれないな……とふと思う。

 御者を装った間者によって両親を殺害され、自身にも命の危機があったあの事件。あれも少なからず、メリルの人格形成に影響を与えていたのだろうか。


 歯止め役の両親がいなくなったことがギルフォードへのいびりを加速させたのか、あるいは彼女自身、あの事件をきっかけに歪みが強くなってしまったのか。両方、だろうか。


 メリルはゲーム本編でもちょくちょくギルフォードをいびる役として登場する。それを見た主人公たちはギルフォードに同情するのだが、そういうギルフォードの哀れな面を小出ししていくから余計に「ギルフォード先輩絶対あとから仲間になるキャラだ」と思われて、そして裏切られたショックが強まっていた。


 そういうギャップというか、ショックを強めさせるために配置されたキャラと設定とは理解できる……のだが。


「色々考えてるとメリルも救いたくなる……でも、わかりやすくかわいそうなギルフォードと違って、メリルはマジの嫌われキャラだからな……」


 ギルフォード救済ルートについては、私以外にも有志のファンが色々救済ルートを考えてくれてたりするのだが、メリルについては全くない。

 そういうところも込みで、なんだかかわいそうになってくるところがあるキャラだった。


「私がもしも異世界転移とか転生とかできたなら、フォートサイト家の使用人として潜り込んで二人の救済に奔走したかったな……」


 そんな淡い祈りのようなたわごとを呟きながら、ゲーム機とモニターの電源を落とす。


 明日は絶対落とせない単位の試験がある。資料持ち込み可だけど、その代わりひっかけ問題をよく出す教授の試験だから、よく寝て集中して臨まないと。


 今だからわかる。これが、前々世の私の、あまりにもあっけない最期の記憶だった。


(このときの私へ。使用人じゃなくてなぜかメリル本人に転生して、闇堕ちはなんとかなりましたが、代わりにギルフォードはなんだかよくない扉を開いてしまいましたよ)


 言って聞こえるわけではないけど、乾いた笑いを浮かべながらそう言いたくなってやまなかった。

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