第6話・そんなこと毎日してたの?

 宣言通り、私はよく寝た。


 夢も見ず、懇々こんこんと。やっぱり、あれだけ怒涛の前世の記憶が蘇ると相応に疲れるらしい。また走馬灯のように夢を見ることになるだろうかと怯えていたけれど、もうさすがに蘇る記憶もないらしく、しっかりと寝られた。


 差し込む朝日は眩しいが爽やかで、心地よい。


「ギルフォードはもう起きているかな」


 ギルフォードはいつも私より先に起きていた、はずだ。現世の記憶はまだぼんやりとしているけど、なんとなくそれは覚えている。


 私が起きると、ギルフォードは必ず朝ごはんの支度をもう終えていて、「おはよう」と爽やかに笑いながら私をハグして、頬にキスして食卓に迎える――。


(まって、そんなこと毎日してたの、私)


 し――てた。してたはずだ。

 ベッドの上で頭を抱える。

 現世の私、本当に何をやっているんだ。それを当たり前と受け入れるな、思春期の頃にそれは卒業しておきなさい。


(……と、いうことはよ)


 まさかと思いながら、ギルフォードが待つリビングに向かう。


「おはよう、メリル」


 やはり、ギルフォードは予想通りすでに起きていて、ダイニングテーブルにはほかほかの朝ごはんが並んでいた。


 そしてギルフォードは私をぎゅうと抱きしめ、そして頬に唇を寄せる――のを、断固として拒否する。


「……どうしたの、メリル」

「もう、そういうことをする歳ではないと思って」


 きょとんとギルフォードは美しい青色の目を瞬きさせた。


「そう? 前世の姉さんもしてたじゃない」

「なっ、七歳と五歳がすることでしょ。今の私たちじゃ、全然違うわ」

「今のきみも、ずっとしてたんだけどなあ」

「そ、それは……そう、みたいだけど、でも、今日からはやめようと思うの」

「わかった、メリルが嫌なことはしないよ。さみしいけど」


 意外と物分かりよく、ギルフォードは引き下がった。


「きみからしたら、かわいかった弟がいきなり大きくなったようなものだろうしね。現世での記憶がハッキリしなくなってしまったのなら、なおさらだ」

「……あなたとずっと一緒に暮らしていたこと自体は覚えてるんだけど、いろんな思い出が前世の記憶と混じって、霧がかっている、って感じね」

「ナイフとフォークの使い方は大丈夫?」

「もちろん」


 ダイニングテーブルにつき、ギルフォードからナイフとフォークを受け取る。


 ギルフォードは使用人だって雇えるだろうに、こじんまりとした小さな屋敷を研究所兼自宅として使っていて、家事は自分でしている。


「……ギルフォード、あの、フォートサイトの家は……」


 我ながら間抜けな質問だが、なにしろ、今の自分では思い出せないのだからしょうがない。

 転生術を得る過程の中でギルフォードは魔導博士の称号を得たわけだけど、元々はフォートサイトの家を継ぐ予定だったはず。それはどうなっているのだろうか。


「――俺が継いだよ。あっちの屋敷の管理は執事に任せている」


 一瞬、ギルフォードはひどく顔をしかめてから、静かに応えた。

 ギルフォードは先に朝食を終えていたようでギルフォードの席の前にはホットコーヒーしか置かれていない。そのコーヒーを、一口飲んだようだった。


「領地の仕事は?」

「任せられることは任せて、文のやりとりと定期的に向こうにも赴いているからそれでなんとか回しているよ。フォートサイトの領地は治め易い恵まれた土地だから助けられているよ」

「……そう、大変ね……」


 話しながら、思い出してくる。


 あのとき、馬車で私を襲った男は、そのまま父と母にも凶刃を向けた。


(前世では死んじゃったあとのころだからわからなかったけど……今の私がギルフォードと会ったときには、もうお父様もお母様もこの世にはいなかった。ゲームでも、ギルフォードとメリルはかろうじて助かったけど、両親は亡くなっていたものね)


 なんて間抜けな質問をしたのだろう、と自分で自分が嫌になる。こんな大切なこと、ちゃんと覚えていれば。

 複雑そうな顔を浮かべたギルフォードを思い返し、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。ギルフォードも気を遣ったのだろう。私の記憶の混濁がどこまであるのかはギルフォードもわかっていない、両親の死を改めて告げるべきか、悩んだのだろう。


「私にもなにか手伝えることがあるなら教えて。今の記憶はぐちゃぐちゃだけど、そのうち思い出してくるだろうし、前世の記憶はハッキリしてるから、フォートサイト家のことなら手伝えると思う」

「メリルは何もしなくていいんだけど」


 言い方がややかんに触る。ギルフォードにその気はないのだろうけど。


「もう十六歳よ、なにもしないであなたの家でぐうたらしてるだけなんて不健全でしょ」

「メリルの仕事は俺のそばにいてくれるだけでいいんだけど」

「……甘やかすばかりが父性じゃないわよ」

じゃないんだけどなあ」


 はは、とギルフォードは軽い調子で笑う。


「ところで、なんだけど、その『ギルフォード』って呼ぶのやめない?」

「え?」

「前世のこと、思い出したんだろう? それなら、やっぱりきみからはギルって呼ばれたい」


 なるほど、そういうことか。

 ふう、とため息をつく。


「娘からギル、なんて呼ばれていいの?」

「世間的には娘で通ってはいるけど、俺にとったらメリルはずっとメリルだよ」

「なにそれ」


 まあ、ギル……ギルがそう呼ばれたいならいいけど。ギルフォード、よりもギル、のが言いやすいし。


「そう呼ばれたかったなら、今の私にもギルって呼んで、って最初から頼んでおけばよかったのに」

「それはそうなんだけどね、俺を『ぎるふぉーどさま』と舌足らずに一生懸命呼ぶきみがとてもかわいらしくて。今だけ、って思ったらつい、ね。でも、やっぱり思い出してくれたのなら、『ギル』と呼ばれたい」

「…………あ、ああ、そう」


 なんかちょっと気持ち悪い。『ギル』呼びにしとこう。そっちのほうが良さそうだ。


「ねえ、ギル、今何歳だっけ」

「二十九歳」


(……ということは、私とは十三歳差……。あ、そっか、ギルが13歳の時に転生術を見つけたって言ってたもんね……?)


 十六歳、ということで、今の私はわりとゲーム本編でのメリルの年齢に近い。


 転生したというが、私の容姿はゲーム本編でのメリルそのもの、だった。

 魂が別の身体に宿る……というよりも、本当にそっくりそのまま生まれ直した、というのが近いのかもしれない。

 ギルに聞いても、ギルは自分が天才すぎて人に説明をするのが下手だし、詳細に語られても理屈はきっと私には理解できないだろう。今は、「転生って、すごいんだなー」くらいで流しておこう。


(黒髪に目力の強い真っ黒な瞳、悪女メリルの容姿なのに……中身が私なせいでいまいち悪女感が薄いなあ)


 せっかくスタイルもいい美女! なのに、表情というか、雰囲気というか、そういうので美女オーラを台無しにしてしまっている気がする。


「……前世の私も、あのまま大きくなってたら今みたいな感じだったのかしら……」

「そうなんじゃないかな。七歳のときのメリルは、あの時のメリルまんまだったよ」

「そ、そう。そうなんだ……」


 自分で覚えていないから、うーんと思って苦笑してしまう。


 そんな私を、ギルは心から愛おし気に見つめていた。

 ちょっと居住まいの悪さを感じつつ、ギルが作ってくれた朝食を食べた。ふわふわのパンと、ベーコンエッグとコンソメスープはギルがよく作ってくれる朝ごはんの定番だ。シンプルにおいしい。

 小さいときはいろんな料理を試して作ってくれていたけれど、「これが一番おいしい」って言ったらこれが定番になったんだっけ。今はもうそんなことはないけど、小さいとき私は偏食で、ギルをずいぶん苦労させた気がする。


(……かつての義姉を、娘として育てるってどんな気持ちだったんだろう?)


 しかも、男手ひとつで。

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