第5話・俺がきみを大好きだから

「それで、最年少魔道博士になったと……」


 ギルフォードはこの世界における魔道研究職の上級位『魔道博士』の身分を得ていた。

 本来であれば、有益な研究を複数個成果に挙げていなければ取得できない身分だ。世紀に名を遺す大天才が、早くても五十代、六十代に差し掛かりようやく授与されるかという栄光を、彼は十三歳で得ている。


「結果的にそうなったね」


 肩書には頓着がないのかギルフォードはあっさりと答える。

 そう呼ばれるようになったのは、彼としては本心から「結果がそうなっただけ」なんだろう。


「でも、そのおかげでメリルを養ってあまりある財産を手に入れることができてよかったよ」

「そ、そうなのね」


 ニコニコとギルフォードは毒気なく笑う。

 ギルフォードはどんな研究をしていても注目され、いくらでもスポンサーがつき、なんらかの取材にひとつ応えるだけでひと季節暮らせるほどの金銭を得ることができるような立場にあった。


「……あ。もちろん、意図的にきみを転生させたこと事態は内緒にしてあるよ? あくまでそういう技法があると解明しただけ。魔導省は禁忌として転生術はすでに封印指定にしている。俺は禁忌とすることを承諾した対価として今の地位と金銭を得たってだけの話だよ」

「……左様ですか……」


 ……転生術の研究成果だけでも、もしかしたらもう一生暮らしていけるくらいなのかもしれない……。


 ギルフォードは私を転生させられたらそれでもういいんだもんね。転生術自体には興味ないもんね……。

 でも、ちゃっかりそれで目先の金銭と手に職をゲットしていてえらいぞ、かつてのかわいい弟ギル! ともちょっと思ってしまうのは義姉の性か。


 ギルフォードは小さく苦笑して、そっと私に手を伸ばして、頬に触れながら口を開く。


「メリル。前世の記憶と今の記憶があって、混乱しているだろうが……俺は、きみともう一度出会うために頑張ったつもりだよ」

「それを疑う気はないわ」


 頑張ったの一言で済む話じゃない、と思って困惑しているだけで。


「まだ記憶が蘇っていない幼いきみを引き取ったときから、今のいままで、俺の気持ちは変わっていない」


「……どうしてそんなに、私ともう一度会いたかったの?」


 本当は前世どころか前々世の記憶もあるんだけど、蛇足な気がして黙っておく。


 どうして、こんなにしてまで、私を転生させたかったのだろう。

 いくらギルフォードがゲーム本編だったらラスボスで、とんでもない魔力と頭脳と才能の持ち主だったとしても、その道のりは困難であったはずだ。


 常人であれば、そもそも魂を転生できる、なんて到底思いつかないし、人から聞いても信じられないようなことだろう。

 それなのに、どうして、ギルフォードは五歳のときから「いつかきっと転生させてみせる」と志して、それから十三歳までの貴重な幼少期の輝かしい期間を私を転生させるためだけに費やしてきたというのか。


 私の困惑に対して、ギルフォードはふわりと微笑んでみせる。


「簡単なことだ、俺がきみを大好きだからだよ」


 ……いやいや。

 それ、愛、重すぎじゃない?


「それだけ……?」


 あっけに取られて、ぽかんと呟く。


「うん。あんな突然の別れじゃ納得できなかった。もう一度会って、笑顔を見たかった」


 まあ、でも、結果的に、私を甦らせることに全力投球した結果、彼の闇落ちは回避されたようだし、よかった……のか?


「つまり、あなたは私の魂を転生させて、そして転生先の赤ん坊を根性で見つけだして引き取って、ずっと手元で育ててきて今に至るというわけで、あってる?」

「あってるよ」


 わざわざ経緯の確認をする私にギルフォードは眉を小さくひそめながら苦笑する。いや、苦笑するようなことじゃないんだけど、苦笑に収まるようなことじゃないと思うんだけど、すごいこれめちゃくちゃなことだと思うんだけど。


(……ラスボス補正、すごいな?)


 己を納得させるために「まあラスボスだから」と頭の中だけで呟く。

 ついしみじみとしてしまう。ラスボスだと、こういうこともできるんだあ、と。


 なんというか、末恐ろしい。


「……とりあえず、おおまかには、事情は理解したわ……」

「よかった。どう? 頭が痛かったり、気分がすぐれなかったりはしていない?」

「それは大丈夫、記憶が混濁してる、って感じはするけど」

「ああ、なるほど。無理もない、一気に前世の記憶を取り戻したんだから。脳の記憶領域にはキャパシティもあるものね」


 ニコニコとギルフォードは頷く。


「大事ないようでよかった。なにか気になることや不調があればすぐに教えて。きっと俺が治してみせるから」

「……ええ、ありがとう」


 ギルフォードの優しい声に、私も笑顔で返す。


「そうね、ただ、ちょっと疲れたみたい。今日はこのまま寝ていてもいいかしら」

「もちろん」

「ちょ、ちょっとまったなんで布団に入ってくるの」

「え? きみが寝付くまで添い寝してあげようと思って」

「わ、私は七歳のメリルじゃないのよ、七歳のときだってもう一人で寝ていたし!」

「……今のきみと俺は、毎日一緒に寝てたけど」

「――――え」


 ふっとギルフォードは優しく目を狭めて微笑む。


「やはり、記憶の混濁が出ているね。俺は今のきみを引き取ったその日からずっと、毎日きみと添い寝していたよ。きみがそうしたい、って言っていたから」

「う、うそ!」

「本当だよ、とはいっても、覚えていないならしょうがない。どう? 一人で寝れそう?」

「寝れるわよ、もちろん」

「そうか、じゃあ今日は俺は一緒じゃないほうがよさそうだ。……でも、今の記憶が戻ってきて、やっぱり寂しくなったらいつでも呼んでくれて構わないからね」

「ありがとう」


 多分、呼ばない。思い出しても、呼ばない。

 ……ギルフォードが小さい私を引き取ってくれたことは、覚えてる。

 そして、私は彼を父と慕っていたことも、覚えてる。


(言われてみると添い寝……してた、かもしれない……)


 最近の記憶はまだ薄らぼんやりしているけれど、引き取られたばかりで心細さから泣いてばかりの私をギルフォードは根気良くあやしながら寝かしつけてくれた記憶はあった。


(その延長でずっと一緒に寝てもらってた、ってこと? 我ながら、もう少ししっかりしててほしい)


 ギルフォードは嫌じゃない、むしろ、添い寝したがらないことのほうを残念がっていた様子だったけれど。

 でも、思春期の頃にそれは卒業していてほしかったし、ギルフォードには保護者として「そろそろそれはよくないよ」と嗜めていてほしかった。


 はあ、とため息をつく。ギルフォードはとっくに部屋を出て、どこかに行ってしまっていた。おそらく、研究室に戻ったか、物置状態の自室に寝に行ったのだろう。

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